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幸せな執事になるまでに 最終話

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一晩ぐっすり眠って元気になった僕はーー
音句は仕事の休憩時間を利用して燕尾服の
まま背筋をピンと伸ばし紙袋を携えていた。

自分でも微力になれる。
そんな自信がお腹の底から湧いてきており
実際に力になりたいと思っている友人を
訪問するために向かっていた。

朝の申し送りによると友人の八観さんは
来週にでも海外へ出発するそうだ。
夢のためとはいえ一人で心細いだろう。
ならば、計画した任務を遂行しよう。

「ーーーー。」

最近仕事を休みがちと聞く友だちの
環路くんの部屋の前に仁王立ちした。
青年の瞳は純粋で勇気のあるものだった。
息を深く吸い…思いきって扉をノックする。

こんこんこん

「………誰スか、体調良くないんスけど。」

扉の向かい側からは聞いたことないくらい
低く、怪獣のような友人の唸り声に僅かに
後ろにたじろいだが青年は顎を下げ、
眉をきりっと吊り上げた。

「音句です。ドアを開けてもらえますか?」

「……音句、か。具合悪いから今日はやめて
おいてくれ。また今度にしてくれ。」

そう言って扉の封印は解いて貰えない。
もう一度、咳払いをして仕切り直す。

「コホン、その…旅行に行ってきました。
お土産が沢山あるんです、日持ちしない
饅頭もあるので今日、いいですか?」

「………。」

宣言なしに引き戸がゆるりと開いた。
ひげもまちまちに伸びて不健康にげっそり
痩せた環路くんは誰だか分からない人相に
変わり果てていたが、その驚いた瞳には
見覚えがある。彼にスマイルする。

「…いや、本当に音句か。いつもならこれで
カシコマリマシタって言って下がるだろ?
意外…まあ、開けたから…入れよ。」

「失礼します。」

部屋の中も真っ暗だったが電気を点ければ
僕の部屋と変わらない作りの清潔な部屋だ。
荒んだ生活を送っているのは本人だけか。

多様な調理器具やレシピの数々は小部屋に
厨房を切り抜いて移したような不思議な
光景が眼前に広がった。
音句は辺りを見渡した後、適当な椅子に
ちょこんと座る。

「ふーーーー…。」

疲れきったため息をついた環路くんは
定位置であろうベッドに寝転がる。
不衛生さは感じないが思わず聞いてしまった。

「ちゃんとご飯、食べてます?お風呂は?」

「おかんかよ…。ちゃんとやってるよ。
ヒゲとヘアセットしてないだけ。」

それを聞いて少し安堵する。
しかしここへ来た目的を忘れてはいけない。
高鳴る拍動を理性で落ち着かせ、慎重に
紙袋を彼の前に差し出した。

「お土産です。お口にあえばいいですが。」

「俺は貰ったものは全部食う。あんがと。
要件は終わりか?なら寝たいんだけど。」

「いいえ、これはただの口実です。」

「………。」

音句らしくない不敵な笑顔に環路は一瞬、
魅了されて固まった。
それから大げさな咳払いで誤魔化した。

「要件は、友人の八観さんのことです。
君の恋人と仲直りさせるためにきました。」

「ほー?八観がお前に泣きついたのか?」

「いいえ、一度もそういった相談は受けた
ことがありません。これは僕の独断です。」

差し出した紙袋を奪い返し、堂々と漁り
お気に入りの大福を取り出して手渡す。
環路はしぶしぶ、封を開けて和菓子の端を
一口かじった。

「…ん、ぅま。」

ほんの少し、シェフの顔色が和らいだ。

「僕…僕、喧嘩の仲直りなんてさせたこと
ありません。でもいつもあなた達が助けて
くれるから僕も力になりたいんです。
どうかお願いします仲直りしてください。」

不器用な青年は必死に思いを伝えた。
回りくどいキザなセリフや気の利いた
誘導は彼には実現出来ない。
直球な言葉に環路は深くため息をつく。

「まあ………、でもよ、あいつも清々してると
思うぜ?重いウザい彼氏が消えて夢のために
ぱあ~って飛び出すんだ。気楽だろ?
このままそっとおさらばしたほうがあいつの
ためだと思うんだよな。」

「…どうしてそんなこと分かるんですか?」

「あ?」

青年は怒りで震えそうになる声を抑えた。
感情的に飲まれてはいけない、そう思うが
自分では上手く制御できない。
潤む瞳で友人を強く睨みつけた。

「どうして八観さんも寂しがってるって
思わないんですか?彼女は、ここじゃない、
見知らぬ土地に一人で行くんですよ。
それなのにお気楽で自由だってどうして
ここに残るあなたが言えるんですか?」

「ーーーーー。」

大福をかじる手が、止まった。

「これも、僕の経験にないので予測ですが…
僕も、僕にも好きな人が出来ました!
その人に、遠くへ行くことを告げるとき
僕なら『帰る場所』が欲しいです。
そうじゃないと寂しくて…怖いです。」

「俺が…あいつの帰る、場所。」

そういってしばらく、考え込んでしまう。
タイミングを見計らって音句は続けた。

「そうです。それにあなたも愛した彼女を
片道切符に乗せて見送ってそれでいいの
ですか?本当に、それでいいんですか?」

「それは…嫌だよ、だって俺はあいつが…
あいつが、好き、だから…。他の男との
幸せを夢見るなら俺がもっと幸せにする!
俺にはあいつしか考えられねえよ!」

「だったら仲直りしてください!」

「するよ!」

刹那、怒ったのかと思ったがシェフは
床を踏み鳴らして部屋を出ていき、
しばらくすると清潔を整えたいつもの
環路の姿に戻っていた。
少し痩せているのは誤魔化せないが、
輝かしい笑顔になっていた。

「しょうがねえ!おじちゃん土下座してでも
許してもらってくるわ!ありがとな!!」

「いってらっしゃい!」

その返事に安心した音句は笑顔で見送る。
若いシェフはそのまま部屋を出てった。
青年は…頬を弛ませ、手を合わせた。
上手くいきますようにーーーー。
それから腕時計をチラと確認。

「…よし!」

休憩時間はじきに終わる。
だが心は晴れやかな気分だった。
午後の仕事に急いで降りていく。

数時間後…。

日中の仕事は終了。
大きなトラブルなく一日終わった。
音句は燕尾服を脱いで「執事」から
「青年」へと戻る。

給仕の仕事はあるものの、これからは
極糖様とは恋人同士として会うことになる。
それに今夜もスルんだろうなあと顔を
だらしなく弛ませてシャツとパンツに
着替える。

コンコンコン

「…あっ?はーい。」

突然の訪問者に戸惑いつつも身だしなみと
弛みきった顔を整えて慌てて扉を開けた。

ドアの先には満面の笑顔の環路くんと
八観さんが並んで立っていた。
しっかりちゃっかり手を繋いでる。

「仲直りした!!」

「気にかけてくれてありがと、音句くん。」

内心行動が早すぎることに驚いたが
喜ばしいことだと気付いて頬肉が上がる。

「良かった…本当に良かった。」

そんなつもりじゃなかったのにその場に
へたれこんでしまう。足の力が抜けた。

元々喧嘩するような二人じゃなかったんだ。
お互い逢うのが気まずくなっていただけで
解決が早まり、元の鞘に戻ったことを喜ぶ。
やっぱり友人二人にも幸せで居て欲しい。
思いが通じて心は満たされていた。

「お屋敷に帰って来たら沢山お土産と
お土産話持ってくるからよろしくね。」

八観さんもちょっとやつれていたが
笑顔になればやはりいつもの彼女だった。
それからその言葉でハッと思い出す。

「あっーーこれ、こっちは八観さんへの
お土産です。お口にあえばいいですが…。」

「待ってた♪ありがとう、ご馳走さま。」

嬉々と紙袋を受け取った彼女は繋いだ手と
おなじくらい大切に袋を腕に抱いた。
環路は見せつけるように短いキスを彼女の
こめかみの辺りに落とした。
少女は穏やかに微笑んだ。

「後から思えばびっくりしたよ。そういや
音句にも好きな人が出来たんだって?」

「こら、おじさん詮索しないの。
初恋なんでしょ?頑張ってね、音句くん。」

「あ、う…はい、頑張ります!」

答えられない質問だったので彼女の
気の利いたフォローに思わずありがとうと
感謝しそうになる。
不審に思われ問い詰められそうなので
口に出す感謝はぐっと堪えた。

「はっ、ごめんごめん。まだ執事は仕事、
あるんだよな?来週八観は留学するけど
それまでに休みがあればパーティーとか
開きたいよな。」

「いいですね、僕の誕生日会くらい豪華な
パーティー開きましょ!」

「あう、私は二人だけ、でいいな…、
あはは、照れちゃうから…。」

三人はご機嫌に歓談した。

「まあ残された時間でゆっくり考えよう!
それじゃ、おやすみ音句。」

「おやすみなさい。」

「はいおやすみなさい八観さん、環路くん。」


明るい気持ちで友人二人を見送ると
今度は自分の番だ。

「早く僕も、極糖様に会いたいな。」

思わずそう口ずさんで駆け足になって
愛するご主人様の元へと向かった…。







「ーーーということがあったんです。」

「ふーんいいことしたじゃん、よしよし。」

「えへへぇ…。」

青年はどや顔で先ほどのことを語って
主人に褒美として頭を撫でてもらいご満悦。
しかしご主人様は複雑な表情をした。

「それでですね…!」

「あー…待て待て、なあ、その続き…。
セックスの最中に聞かなきゃダメか?」

結合部で繋がったまま主人は尋ねた。
青年は元気よく頷く。

「もう少し!えっちなやつされちゃうと
どこか忘れちゃいますからもう少しだけ♡
お話付き合ってください。終わったら、
ご主人様が好きなやつしてください♡」

「よし全部話せ。」

現金なご主人様は真顔で即答した。
音句は幸せに包まれ、くふくふ笑う。

「極糖様…僕はあなたが好きで、あなた様に
愛されてすごく…幸せです。」

「小出しにしていけよ?一生あるからな。」

「はい♡大好きです…ご主人様♡」

「んん、まあ…今はいいか。」

そうして二人は深く体を合わせた。

その幸せは絶えず長く、続いたそうな。






♡HAPPY END♡
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