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兄との時間

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「……」
「……」

 馬車に乗ってからも、テレンス兄様の手は離れなかった。
 元から穏やかな人柄が前面に出てるキャラデザ…もとい、顔立ちだけれども、その真価を存分に発揮するかのような慈愛に満ちた微笑みで私を見下ろしている。

 その違和感の根拠が明確な私以外から見れば、さぞ和やかで微笑ましいシスコンの図だと思う。

「…兄様、先ほどの対応は、いくらエルネスト相手とはいえ失礼だと思います」
「不快にさせたかい? ごめんねクラウディア」
「……」

(調子狂う)

 こういう「クラウディアに甘々な」状態のテレンスと、「私」は接したことが無いのだ。
 ゲーム知識としてどういうキャラか知ってるとはいえ、直接対面は初である。
 …というか、「クラウディアを疎んじている」モード全開のテレンスに慣れ過ぎて、何かをして軽蔑される反応の想像の方が容易いのだ。

 緊張を拭えないのが伝わっているのか、テレンス兄様は腰に回していた手で私の二の腕あたりをさすった。

「そんな風に、私に対して身構えないで。私は酷い兄ではないだろう?」
「……えぇ」
「私はお前を守るよ。怖い目には遭わせない。誓うよ、クラウディア。私は全てから、お前を守る」
「兄様?」

 酷い兄ではないですよね、現時点では…などと心の中でツッコミを入れていたが、それにしても唐突な発言に感じて首をひねる。

 まるでこの後、私が何か酷い目に遭うとわかっているかのようではないか。

「兄様、一体どうしたというの?」
「……」

 テレンス兄様は答えず、困ったような笑顔を浮かべ、私の肩を抱き寄せて髪に頬を寄せた。

 温かな体温。


 …今まで「クラウディアを殺すための装置」としてしか見てこなかったテレンス兄様の、ゲームキャラにはあり得ないリアルな温もりを感じて、私の心にジワリと不安が広がる。




 彼らは「私」とは無関係で、あくまで「クラウディア」というキャラクターと同じく空想上の存在。
 だからこそ、どんな目に遭わされても所詮これらは、クラウディアの目を通して見させられているだけ。
 その前提が、「私」にとってのセーフティネットだ。
 クラウディアの「死」を何度経験してきても、私はその前提を覆すつもりがなかった。
 そうでもしないと、必ず迎える「死」があまりに近すぎて、精神がどうにかなってしまうから。



(……今さら困る。優しくされたり、大切にされたりなんてゴメンだわ。クラウディアも彼らも作り物であって、「私」とは別次元のものなのだから)


 私は何も言わないテレンス兄様から視線を外し、馬車の窓から見える景色を眺めた。

 今回は、永くこの世界に留まらなければならない。
 今までのクラウディアの言動をなぞる努力など、さっさと捨ててしまおうか。
 そう思った途端、「放してください」と口にしていた。
 一瞬どきりとしたけど、開き直るきっかけだと思い直す。

「クラウディア?」
「…兄様、放して」
「どうしたんだい?」
「もう私のことは放っておいて欲しいの。兄だから妹だからと、こうして構わなくて結構です」
「どうしたの、クラウディア。怒っているの?」
「私は貴方の妹じゃないわ。だから」
「クラウディア、」
「貴方の愛なんて、いらない」


 テレンス兄様の妹への愛情は「ホンモノのクラウディア」のもの。
 それ以上の愛情はリリィのものと決まっている。


 この世界の中で、「私」に向けられる愛など、ただのひとつもないのだ。
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