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第一章

12.「居るだけでいい王妃」の日常(2)

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 読書の他にさくらの気を引いたのは、「お洒落」だった。同じ年頃のテナーが、さくらのお洒落心に上手く火を付けた。

 さくらは普段過ごしているこの部屋が、自分の部屋でありながら、どうも他人の部屋のような余所余所しい気持ちが抜けず、必要最低限の物しか手に触れなかった。そのため、自分がどれだけの衣類や装飾品を持っているのか知らなかった。

 テナーは、この部屋にあるものはすべてさくらのものだと切々と説明し、美しい三面鏡や装飾台に納められている宝石箱の中身を手に取るように勧めた。恐る恐る宝石箱を開けると、その中には首飾りや指輪などの素晴らしい装飾品が数多く並んでいた。その一つ一つを手に取るたびに、「ホゥ・・・」と溜息を漏らさずにはいられない。それらは今までのさくらの生活からでは、触る事はむろん、お目にかかることすらないであろうと思われる一品ばかりだ。

 そして、同じように美しい数多く用意されている衣類。素材はどれもシルクやシフォンなど、とても柔らかでしなやかなものばかりだ。形はチュニック型のドレスがほとんどだが、さくらがとにかく気に入ったのは色合いだった。爽やかなパステルカラーのような色合いが多く使われておりとても可愛らしい。見ているだけで優しい気持ちになり、心穏やかになる。

 さくらはあっという間にこれらのものに心を奪われた。もともとお洒落を楽しむ年頃の娘なのだ。そのことに夢中になり他の事など忘れてしまうくらいの年頃。さくらも例にもれず、ここにあるドレスや宝石に夢中になり、毎日お洒落を楽しむようになった。そのことが、さくらを日々の虚しさから救い出してくれた。

 しかし、現実はいくら着飾ったところで、行くところは所詮西の塔の図書室。そこで一日読書に耽る。そんな毎日だった。もともと根気の続く方ではないさくらが、そんな日々に飽きないわけがなかった。


☆彡


 ある日、図書室で本を広げながら、何の気なしに窓の外を眺めた。そこには広大な敷地が広がっている。手前には庭木の手入れがよく行き届いた庭園。そしてその奥には、まるで森のような鬱蒼とした緑が広がっている。さくらは普段何気なく見ている風景に、今まで何も関心を持っていなかったことに気が付いた。

(そうだ、庭を散策しよう!)

 またまた新しい「やる事」を見つけた途端、さくらの気持ちは上昇し、居ても経ってもいられなくなった。すぐにルノーを探し出し、庭に出てもいいか聞いてみた。

「『第一の宮殿』の庭園内でしたら、よろしゅうございます。しかし、『第二の宮殿』はお一人でお入りになってはなりません」

 さくらはそれを聞くと、分かりました!と一言うやいなや、一目散に庭に駆け出していった。驚いたルノーはすぐに、お供をしようと追いかけたが、さくらの速さについて行けず、あっという間に見失ってしまった。

 庭園に出たさくらは、爽やかな風と燦々と降り注ぐ日の光に夢中になった。思えば、今まで外に出たのは、婚儀の儀式の時に、第一の宮殿と第二の宮殿を結ぶ中庭を歩いた時だけだ。久々に自ら進んで屋外に出たさくらは、自由と開放感に満たされた。大きく息を吸い、思いっきり吐き出してみる。なんとも言えない充実した気持ちになった。

 さくらは、大きな庭園をぐるりと見渡した。宮殿の入り口から一直線に伸びている参道を中心に、左右対照的に美しい芝が青々と広がっている。参道の途中途中には美しく装飾された石造りのベンチが置いてあり、いつでも休息できる状態になっている。そして奥には人工的に作られた滝と池があり、この庭園の終わりを告げていた。

 しかし、その更に奥に大きな森が広がっていた。途方もない広さにさくらは子供の頃に持っていた、冒険心が沸々と甦ってくる思いがした。これから始める探検に何か素敵な事が待っているかもしれないと、そんな子供じみた思いが頭を過った。
 その一方、とにかく虚無な時間の浪費から逃れ、心癒される場所を探したいという、くたびれた中年女のような願いも急速に強まる。
 そんな二つの思いが相まって、さくらは興奮気味に庭園に足を踏み入れた。

 そして、これがさくらに思わぬ出会いを招く事になる。
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