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第一章

21.お礼

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 翌朝、さくらは自分の部屋に置いてある果物を、バスケットに入るだけ詰めて、森に向かった。相変わらず奥に進むほど歩きづらい。バスケットの重さが辛い。調子に乗って入れ過ぎた。両手で持ちながら、えっちらおっちら進んでいった。

 やっと、昨日の洞窟の場所まできた。さくらはバスケットを置くと、


「うーん」

と大きく伸びをして辺りを見回した。誰もいない。さくらは洞窟に目をやった。

(中にいるのかな・・・?)

 さくらは、ゆっくり洞窟に近づき、中を覗いた。そして恐る恐る奥に向かって、

「おーい」

と声をかけた。しかし洞窟の中はシーンとしている。

(いないのかな・・・)

「おーい!」

もう一度叫ぶが、やはりシーンと静まり返り、何の返事もない。

 さくらは、諦めて池に近づいた。すると向こう岸の草が揺れるのに気が付いた。よく見ると、茂みの中にドラゴンが隠れて、こちらの様子を伺っていた。

 目が合ったさくらは、一瞬怯んだが勇気を出してドラゴンに向かって手を振った。すると、それに対しドラゴンは、気だるそうに顎を手前に突き出し軽く振った。まるで、

『帰れ』

とでも言っているようだ。しかし、さくらはもう一度手を振って叫んだ。

「おーい! ドラゴーン!!」

ドラゴンは慌てて首を横に振り、周りを見渡した。そして苛立たし気に顎でもと来た道の方を指し、「帰れ」と促した。

 帰れと言っているくらいなのだから自分を襲うことはないと確信したさくらは、僅かに残っていた恐怖心も消え失せてしまい、逆に居直った。

「お礼を言いに来たのー!」

 再びドラゴンに向かって大声で叫んだ。
 
 次の瞬間、ドラゴンが茂みから飛び出し、さくらの横にドスンと舞い降りた。一瞬の出来事だった。
 改めて傍に立たれると、大きさに圧倒される。少しばかり恐怖心が戻ってきたが、さくらはじっとドラゴンを見つめた。ドラゴンの方もさくらを見つめている。ちょっとイライラしているようだ。改めて、顎でもと来た道を帰るようにさくらを促した。
 さくらはそれを無視してバスケットを持ってくると、ドラゴンの前に差し出した。

「お礼に果物を持ってきたの」

 ドラゴンはイライラしながらも差し出されたバスケットの中をチラッと見た。少しは興味があるようだ。

 さくらはバスケットを下に置き、中からりんごを一つ取り出すとドラゴンに差し出した。すると、なんと意外にも素直にそのりんごを食べたではないか。さくらはもう一つりんごを差し出した。やはり素直に食べる。

 嬉しくなって次から次と果物をドラゴンに差し出した。そして巨大なグレープフルーツのような柑橘類を差し出したとき、ドラゴンは躊躇した。じっと果物を見ている。そしてさくらを見ると、顎でその柑橘類を指した。

「え? 嫌いなの?」

さくらが聞くと、大きく首を振った。

「食べられるの?」

と聞くと、大きく頷く。

「じゃあ、何で食べないの?」 

改めて聞くと、イライラした様子で果物とさくらを交互に顎で指した。

「・・・もしかして、私にむけって言ってる?」

 そう聞くと、大きく頷いた。さくらは思いもよらない傲慢な態度に驚いたというよりも呆れた。仕方なくむこうとすると、グレープフルーツ以上に皮が硬い。

(これを知っていたのね・・・)

 さくらが必死に皮をむいているのを、ドラゴンは澄ました様子で待っている。

(ちょっと・・・。このドラゴン、何様?)

 しかし、こちらは命を助けてもらった立場だ。正直、果物の皮をむくぐらいなど大したことではない。やっとの思いで皮をむいて差し出すと、ドラゴンは満足げな顔をして一口で食べてしまい、もう一つ同じものをむくようにバスケットの中を顎で指した。

(もう、この果物は持ってくるまい・・・)

 さくらは渋々皮をむいた。しかし、気分はなんだか晴れやかだった。
 恐ろしいと思っていたドラゴンが、こんなにも近くにいるうえに自分に気を許したようだ。

 さくらは親指が真っ赤になるまで、果物の皮をむき続けた。

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