空を泳ぐ夢鯨と僕らの夢

佐武ろく

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雨、嵐、雷

雨、嵐、雷12

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「一年ぐらいずっと嫌がらせをしてたその犯人は――真人だったんだ」
「えっ?」

 俺は衝撃過ぎて先に自分の耳を疑った。話を聞く限り真人さんは親友だったはず。なのにその人がずっと嫌がらせをしてたなんて……。

「で、でも、真人さんってずっと仲良かったはずじゃ……」
「僕も驚いたよ。というか凄いショックだった。最初は何かの間違いかと思ったんだけどそうじゃなくて」

 思わず手で目を覆い顔を俯かせる蒼空さん。

「――それがどんな嫌がらせより一番堪えてさ。その時、自分の中で何かが崩れた気がしたんだよね。何か大切な物が壊れた気がした。それから少し寝込んじゃって、体調はすぐに良くなったけど――もうこれ以上やっていける気がしなくて。だから僕は辞めることにしたんだ。そして真人とは彼の仕業って分かった時以来会ってない」
「でもその後も真人さんは続けてましたよね? そういう事してたのに続けられるんですか? その業界的にっていうか」
「それはどうか分からないけど、僕は今までの事が真人の仕業だって誰にも言ってないからね」

 それは俺が話を聞いてるだけの第三者だからなのか、ただ分からなかった。

「どうして。そんな事されたのに……」
「んー。どうしてだろうね」

 そう言いながら蒼空さんは顔を上げた。

「――でも真人がそんな事をするような嫌な奴じゃないことは知ってるから、もしかしたら何か理由があるのかもって思ったのかも。それにまだ話もちゃんと出来てないから分かんないじゃん」

 俺は正直、蒼空さんの言葉に呆れてしまった。良い人と言えばそうなのかもしれないが、そんな事をされておきながら庇うような事をしたりまだ友達と思ったりする彼が、俺の感覚から言えば理解出来ない。言葉を選ばずに言うなら馬鹿だとさえ思ってしまう。表面的な話を聞いた限りは、だが。

「だけど、今の今までそういう場を作ろうとしなかったのは、やっぱり怖かったんだろうね。ずっと一緒に頑張って来た、親友だと思ってた真人がそうじゃなくなるのが――離れていくのが怖かったんだと思う。だから勝手に仕方のない理由が何かあるのかもって思って自分を誤魔化してきたのかも。そうやってちゃんと話さないといけないって分かってながら――それを避けてきた」
「もし真人さんが蒼空さんの事を、嫌いになってやったとしたらどうするんですか?」

 その時はちゃんとした決断が出来るのかが少し心配だった。また変な人の良さが出てしまうんじゃないかって。話を聞いたからこそ蒼空さんの事が心配だった。

「そうだね。もしそうだったら――僕は……」

 すると蒼空さんの言葉より先に二階からあの男性が下りてきた。その音に蒼空さんは彼を見遣るが堪えるように何かを言う訳でもなく、その男性が座り話し始めるのを待ちただ視線でその姿を追い続けていた。
 そして一人用ソファに腰を下ろした男性は蒼空さんの方を見るとゆっくりと口を開いた。

「残念だが夢抜きをしてもこのままだと厳しいだろうな」
「そんな……」
「あの、それってつまり」
「簡単に言うと、このままだとあの夢喰いは死ぬ」

 俺はその言葉に思わず蒼空さんを見た。信じられず現実を受け止められないといった表情が男性へ向けられている。彼にとっては真人さんはまだ親友で、その親友が危篤状態だなんて――そんなことを経験したことのない俺には想像出来ないような気持ちなんだろう。しかも彼の場合はもっと複雑だ。

「どうにかならないんですか?」
「無理だ。あそこまで喰った夢喰いを元通りにする方法はない」
「ありますよ」

 するといつの間に入って来たのだろうか軍服の男性が蒼空さんにとっては希望の一言を口にした。その男性は姿勢正しく足を進め白髭の男性の隣に立った。

「一つだけ。ありますよ」
「それは――」
「マルク」

 白髭の男性は蒼空さんの声を遮りながら溜息交じりに(軍服の男性のだろう)名前を口にした。

「賽月さんの言いたい事は分かります。ですがあるのは事実です」

 軍服のマルクさんは白髭の男性――賽月さんを見下ろしながら反論するように言った。

「信憑性の問題だ」
「あの、それって何なんですか?」

 堪らずと言ったように蒼空さんは二人の話している方法について尋ねた。

「方法と言っても保管されている古い資料に書かれていたものだ。その資料以外での例も無ければ行った者さえおらんようなモノだ」
「教えてください!」

 藁にでさえ縋るように蒼空さんの体が前のめりになる。

「そこに書かれていたのは、とある薬を作るレシピとその材料についてです。材料自体は少なく工程もさほど難しいモノではありません」
「じゃあ――」
「問題は。その材料にあります。その材料が取れる場所は……」
「夢鯨の中だ」

 その賽月さんの声がリビング内に消えても尚、辺りは静まり返ったままだった。
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