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第三章:夕日が沈む

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 着付けや化粧、昼食を終え馴染み客への返事を書き終えた私は妹分へ諸芸の稽古をつけてやっていた。
 将来の花魁候補として楼主と御上に見込まれた禿は幼い頃から英才教育を受けさせられ遊女として成長していく。三味線や和歌、舞など学ぶべき事は多岐に渡り、それらを遣り手婆様や付いた姐さんから学んでいくのだ。もちろん店や姐さんの世話などの雑用をこなしながら。そして特に期待の高い子をお付きとして受け持った私も彼女たちに色々と学ばせてやらないといけない。時間の合間を縫っては稽古をつけたり基本的な事などを教えるのも仕事の一部という訳だ。だけど私にとっては彼女たちと一緒に居る時間はむしろ一日の中でも楽しいひととき。それは稽古でありながらも愛らしい彼女たちと接しながら遊んでいるような感覚だった。
 そしてこの日は彼女たちの教育を主にしている婆様から言われた稽古を早めに切り上げ最後は囲碁を打っていた。たまにはサボるのも大事だ。とは言いつつもちゃんとこれも教育の一部でもある。ただ婆様から言われてないと言うだけ。でも彼女たちはどうやら稽古の中でも特に囲碁が好きなようで(ちなみに私も囲碁が一番好きだった)打つ時は毎回楽しそうにしていた。だから他のあまり好きじゃない稽古の時間を減らし囲碁を打つ事はサボりと言えばサボりになるのかもしれない。ただ私の前に並べた四つの囲碁盤の向かいにそれぞれ座り打つその表情は真剣そのもの。その姿がまた愛らしい。

「また負けたぁ」
「夕顔姐さん強すぎるよ」
「またわっちの一人勝ちやなぁ」

 皆、悔しそうにしながらもその表情には子どもらしい表情が浮かんでいた。その表情を見る度に朗らかな――まるで蒼々とした広大な草原に立ち温かな陽光と爽やかな風を全身で浴びているような気持ちになれる。でも同時に無垢な彼女たちも心憂く過酷な未来からもう逃れる事の出来ないのだと思うと澄み渡る蒼穹にも暗雲が垂れ込める。

「ほな。今日はここまで。みんな行ってええで。そやけど婆様に囲碁の事は内緒やさかいね」
「はーい」

 元気な返事をすると各々囲碁盤を押し入れに戻し順に部屋を出て行く。

「初音」

 だが最後に部屋を出ようとした初音を呼び止めると手招きで呼び戻した。彼女は襖の前から小走りで私の前へ。

「お願いがあるんやけど。これ三好のおにいに届けて欲しいんやけど。ええ?」

 私は言葉と共に彼女へ一通の手紙を差し出した。

「うん!」
「それとこら誰にも言うたらあかんさかいね。二人だけの秘密やで?」
「分かった!」
「ええ子やな」

 そう言って頭を撫でた後、私は引き出しからある物を取り出しそれも同じように初音へ差し出した。今度は掌に乗せて。

「これもみんなには秘密やで?」

 私が初音に上げたのは一つの飴。

「これ貰っていいの?」
「バレへんようにこっそり食べーな」
「やった! 夕顔姐さん大好き!」

 嬉しさのあまり私に抱き付く初音は可愛くて毎日でも上げたくなる程だった。

「わっちもやで」

 小さな体を抱き締め返し少しの間だけそうすると彼女はゆっくりと離れていった。まだ喜色満面としながら。

「ほな。それやろしゅうね」
「うん」

 そして初音は半ばスキップ気味に部屋を出て行った。
 私が彼女に渡した手紙はもちろん八助さんへの返事。今日、朝食を食べながら考えて他の客への手紙を書く時に一番最初に書き上げた。こんなにも気楽に手紙を書いたのは初めてかもしれない。これまでは面倒なモノだと思っていたけど手紙というのも案外悪くないのかも。そう思える程には書いてて楽しかった。
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