ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第九章 火光待宵~かぎろいまつよい~

第八十五話

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 黒く光る、破敵剣の刀身に雪がはらりと落ちる。その雪はすぐに溶けて消えていく。
 斬撃が、炎と木々を一閃する。

「大方、オレを殺す気なんてねえんだろ?それが甘いんだっての。」

 一切の容赦ない苛烈な攻撃が、白斗の水の結界を打ち砕いていく。

「こないだ攻めてきた時は、手加減してたってこと?若いと伸び代があっていいね?
 水護みずまもり。」

 当然のごとく、白斗あおとが結界を修復をする。これまでは、自身の霊力で作った結界を、行で補完するのが常だったが、もう斎王の力はない。すべて自身の霊力を練り上げていくしかないのだが、そこはやはり陰陽頭。並みの人間ではなかった。が、それは対する陽も同じことで、作り上げたそばから打ち砕かれる。その繰り返しだった。否、どちらかといえば火の勢いがやや優勢だった。
 己の霊力だけを使うのであれば、陽も消耗は激しいはずだ。あの破敵剣のせいか、とうに堕ちたか、嫌な想像ばかりが巡るのを白斗あおとは振り払う。

「五十嵐くん、君にも、辛い役目を背負わせたね。君が怒る気持ちも最もだと思うが、私とて人である以上は、君を止めない訳には行かないのでね。」

 白斗あおとの援護に回る形で毘笈びきゅうが水の結界を補強していく。陽の出す斬撃をいなす白斗あおと、この場にいる3人に火が当たらぬように絶えず水を出し続ける毘笈あおと。炎と斬撃と水が交互に入り乱れる主戦場。
 その穏やかな声音に対しても、陽は一切怯む様子はないし、攻撃の手は緩まない。

玄蕃げんばさん、アンタは母さんのこともあるから、恨んじゃいないけど、それとこれとは話が別だからな。」 

 陽の言葉に、世羅がほんの少し顔をあげた。疑念の表情が一瞬だけ浮かぶ。

「オレ相手に新旧陰陽頭まで割いてご苦労なこったよな。
 こっちはともかく、外にどれだけ配備できたか知らねえけど、全員オレより弱いだろ。」
「だからそうならないように、僕がいるんだけど。」

 火の斬撃は、世羅の神通力がいくつかその軌道を変える。優勢だった火の勢いが、押されつつある。やはり数の差は歴然だった。それでも、陽の表情は涼しいまま。

「和泉ちゃんを助けたのを、後悔してるのはいつの話?こないだ?それとも、あの夏休み?」
「どっちでもいいだろ。」
「あんまり教育上いいことを教えた記憶はないけど。こんな風にするつもりは、なかったけどね。」
「てめぇこそ、全部、嘘で塗り固めておいて、今更説教できるクチかよ。
 戦で目が見えなくなって、顔も醜く変わっちまったんだって?だったらそのまま凛と慎ましく暮らしてりゃ良かったのにな。」

 いまだ和泉の姿のままの世羅の表情が凍りつく。

「…犀破に、聞いたのか。」

 陽には、話していない。知らないはずだった。それこそ、凛と、道雅、瀬莉以外は知りえない。何せ700年も前の、古い話だからだ。

「斎王の話をした時から、思ってたよ、まだなんか隠してんだろうなって。もう今となってはどうでもいいけど。」

 古傷を抉るような陽の発言に、世羅は思い起こす。
 人であった時の、記憶。斎王の話が出た時に、いつかは話さなければと思ってはいた。


 ***


 あれは、外つ国の者たちが、この日の本に攻めてきた頃だった。野武士だったのか御家人だったのか、僕もまた、戦ったのだと思う。戦いの中で失明し、ロクな恩賞ももらえず、山奥に引きこもった。酷い怪我がもとで顔が醜く変容してしまったから里に降りれば人を怖がらせた。家族がいたかどうかは、覚えていない。

 ある夜、勝手口の隅にうずくまる獣を見つけた。

 目が見えなくなったことで、神経が研ぎ澄まされたのかはわからないが、怪我をしている小さな獣だと直感した。夕食の残りを手近な木の葉に乗せて近くへ置いてやれば、翌朝にはなくなっていた。

「私を助けても恩返しなどしてやらんからな。」

 その夜、怪我をしていたあの獣が再び現れた。人の言葉を話したことに多少驚いたものの、その姿は見えないからさして怖くなどなかった。

「そんなつもりは…ないよ。ただ、ここ最近1人だったから、僕以外の誰かがいるのが新鮮だっただけだ。
 ……哀れみが気に触ったのなら、すまない。」
「ふん。怪我が治ったらお前を喰ってしまうつもりかもしれんぞ。」
「それならそれで、別に。この世に未練などない。1人じゃ死にきれなかったから、手伝ってくれるなら助かる。」

 結局その妖は、僕を喰ったりなどしなかった。怪我などとうに癒えているのに、幾度となくやってきては飯を食った。いずれ僕を食うつもりで見張っているのだろうと思っていたが、怪我が治ってもまたすぐ怪我をして、やってきた。その繰り返し。

 手当をしようとすると激しく怒るので、いつもの如く水と食事をほんの少しだけ分けてやる。
 そうして穏やかに慎ましやかに暮らして、寿命を終えるのも悪くは無いと思った矢先。住んでいた山が火事にあった。

 ああ、このままここで火に巻かれて死ぬのだなと思っていたが、ふと、気になった。

 あの獣の妖は大丈夫だろうか、ちゃんと逃げられただろうかと、それだけが気になった。
 熱さと、煙に恐怖を感じて、まだ生存本能があるのかと悲しくなったところで、不意に着物ごと、掴まれた。何か大きなものに掴まれ、ふわふわとした毛が、その手に触れる。

 あの獣の妖が、背中に載せてくれたのだと気づくのにさほど時間はかからない。獣は何も言わぬまま、恐ろしいほどの速さで山を降りた。…また、生き延びてしまった。

 この時、世の中は混沌としていた。あれほど牽制を奮っていた国の政治を執り行ってきたなんとかという一族の権威は傾き、世の中が荒れている。民草の生活は一向に楽にならない。

 僕を連れ出した獣の姿が目立つせいか、よく襲われた。それこそ昼夜、人と妖問わず。怪我が耐えなかった理由はこれだった。目の見えない自分なんぞ放り出して、どこぞに逃げればいいと言っても、この獣は言うことを聞かなかった。それどころか、変化の術を使って、僕を獣の姿にした。どこにでもいるありふれた茶の毛並みを持つ狐。

 幾年ぶりの陽の光があまりに眩しくて、そして、そばに居た獣があまりにも美しくて、息を飲んだのを昨日の事のように覚えている。
 月の光のように銀に輝く、毛並み。熟れた実のように真っ赤な瞳。美しい、以外で形容する言葉が見当たらないその姿にしばし見惚れた。

「なんだ、あまりジロジロ見るなら目玉を潰すぞ」
「…いいさ、もう視力はないんだ。
 君のその姿が見られてよかった。ありがとう。」

 獣はやはり、僕の目は潰さなかった。それどころか、変化をかけたままにしていることが多くなった。

 戯れで狐になって過ごしていたところを、獣が人間に狙われて負傷する。かなりの深手だった。妖怪討伐を生業にする人間たちに見つかったのがとにかく不運で、どうにか身を隠そうと駆け込んだのが、瀬莉の家だった。

「道雅さま、この子手当してもいいかしら。」
「珍しい。片方は白い狐だね、神様の御使いかもしれない。まずは汚れを落とそうか。」

 若い男女、敵意はないと判断して任せた。

「こちらの狐は、大丈夫そうだね。」

 そう。瀬莉と道雅に、出会ってしまった。今となっては、会わない方がよかったのかもしれないとさえ、思う。

「ねえ、白い子と普通の子なんて呼び方じゃ、可哀想だから、名前をつけてもいいかしら。
 …そうね、あなたは世羅。こちらの白い子は、凛。」
「君の名前から、一つとったのか。」
「そうよ、この子達も夫婦みたいじゃない?」

 屈託なく笑う、長い黒髪の美しい少女とそれを愛おしそうに見つめる、黒髪の美しい青年。青年は若いのに杖をついて歩いていた。

 なんて、穏やかな場所なのだと、思う。それは獣も…凛も感じたようで、怪我が癒えていくにつれて、少しずつ色んなことを話すようになった。口調がきついのは元々の彼女らしさなのだということもわかったし、そもそも性別の概念があることも今更知った。

「あなたが人間だったなんて、驚いたわ。すっかり狐の夫婦だと思っていたから。ごめんなさいね。」

 元の名よりも、この少女のくれた名の方が居心地が良かった。名前だけじゃない、傷を癒す時間と、温もりと、たくさんのものを2人はくれた。そんな日は永遠に続かないと、心のどこかで分かっていたはずなのに、見ないふりをした。

 そんなある日、瀬莉が神妙な面持ちで話し始めた。

「私ね、遠くへ行かなければならないの。大事な、お務めなんですって。」

 瀬莉が、今の人の世においてそれなりの身分の姫であることは、共に暮らす中でなんとなく分かってきた。そして、共に住まう道雅もまた、所謂上流階級という身分なのだろう。足に不自由があって、こんな僻地に追いやられているのは想像にかたくない。そんな訳ありの姫に課されるお務め。一体なんの事か、全くもって想像がつかない。

「お務めが終わったら、祝言を挙げるの。2人とも、それまで待っててくださる?」
「私は妖よ。人間の待て、なんて瞬きほどだわ。」

 歯牙にもかけない凛の物言いに、瀬莉がころころと笑う。素直じゃない凛の言葉は、寂しさの裏返しであることは僕も、瀬莉もとっくにわかっていた。

「悪いけど、僕は人だ。あまり待たされるとおじいさんになってしまうよ。
 それに、道雅さまが寂しがるから。早く戻っておいで。」
「そうなの、あのひとね、結構寂しがり屋さんなの。だから…2人が相手してあげて。
 約束よ。」

 ほんの少しだけの辛抱だと、誰もが思っていた。瀬莉のお務めについて、詳しくは知らなかったが、帝が変われば戻ってこられるものらしい。
 荒れた世の中だ、帝なんぞすぐに代わる。その予想通り、先の帝が隠岐に配流され、新たな帝が立った。

 だというのに。

 瀬莉は、一向に戻ってこなかった。


「話が、違う…状況が変わったのなら通達をよこせ、いつだ、いつなら瀬莉は帰る!」

 朝廷に直談判しに行った道雅は納得がいっていない。それはそうだ、やれ帝が2人も擁立してどうのこうのと朝廷の回答は会話にならない。道雅は方方を当たったが、瀬莉は戻らない。

 そして。

 知ってしまった。

 瀬莉のお務め。斎王が、神に仕える者でも、帝の代理でもなんでもなく、人が人智を超える力を使うためだけの、ただの器であることを。

 瀬莉を無理にでも連れ帰る決断をしたのは必然の流れだったのだ。

「僕も、凛も、あなたがたに恩がある。…ご恩を、お返ししたい。」

 ご恩。

 とっくに忘れたと思っていた、形骸化した言葉を口にしたとき、生きている実感を帯びた。

 その見返りは、とうにもらっているのだから。今こそ、報いる時だと。

 そうして、道雅と共に、瀬莉を救うために、動いた。浅はかだった。足が不自由な道雅が戦えることもなく、目の見えない元御家人などなんの役にも立たず。唯一凛だけが、何度か都を焼いても、陰陽師を含む追討軍に責め立てられ傷を負う。ならばと、瀬莉のいる伊勢へ向かったがその頃には立派な謀反人扱い。道を歩くことすらままならない。

 普通に戦っても勝てない、道雅があらゆる手段を試して行き着いた、邪法も、なんら厭わなくなるほどに、追い詰められた。
 このころはまだ、道雅も人の心があったのだろうと思う。妖堕ちを試してみないかと、提案し、その危険性すら開示してくれた。こんなことになっても、まだこちらの身を案じてくれた。

「この身は、あなたがたに捧げたものです。それに、目も碌に見えないこんな弱い体より、強い体になって、貢献したい。…好きに、使ってください。

 ただ、叶うのならば、彼女に、凜に釣り合う美しさをいただきたい。」

 どこかで、選択を間違えたのかも、しれない。それでも、あのときの僕は、2人を見捨てることなどできやしなかった。
 いや。鼻からそんなものは、建前だったのかもしれない。美しくありたいなどという、矮小な願いを重ねていくなど、余りに愚かだったと思う。

 やっと見つけた居心地のいい場所を、奪われたくなかっただけだった。あの時から、なんて醜い化け物になってしまったんだろうと、今は思う。
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