ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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夜行性ガールズの日常

ほろ酔い おやすみ

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◼◼◼


「ったく、マジで須藤、いつかぶっ飛ばすっッ! 」

「ちょっ、ちょいッッ…… 茜、声がデカイからっッ 」

 妙齢の女性が発したとは思えない茜の暴言を聞くなり、隣に座っていた息吹が慌てて 彼女の口元をおしぼりで塞いだ。桜の事前情報通り、今日の茜はいつもにも増して荒れていた。注文した中生の半分はあっと言う間に空いているし、多分ここにくるまでに既に幾らか飲んでいる。そんな雰囲気だった。

「参ったよー、改札で会ってから、ずっとこの調子でさー ちょっと…… 困ったちゃんだねー 」

 桜は慌てるような様子を見せることもなく、ため息混じりにハイボールで喉を潤すと、静かにタバコに火をつけた。同性から見ても、ちょっとした所作が様になる。無造作に纏められたブロンドヘアーは、店の間接照明も相まって今日も艶やかだ。

 朱美と息吹は全く事情が見えてこなかったが、須藤という単語を聞いて、とりあえず早朝の生放送に問題があったことには察しがついた。

「須藤って、スパーキン須藤のこと?あんたの番組の? 」

 息吹が茜に尋ねながら、半個室の障子をずらした。茜は一応有名人なので、他人の悪口を連呼したり顔が周囲に見えるのは いろいろと都合が悪い。しかも始末が悪いことに喋り手であるから、声が良く通るのだ。

「もうね…… 毎日まーいにち、まぁあーーいにち、あいつのセクハラ・パワハラ言動に反吐がでそう……っつツ、ヒクッっ…… 」

 茜が話しながらも勢いよく、中生をグイッと煽った。ボブヘアーがさらりと舞い、髪が前髪まで乱れる。身なりはいかにもキャリアウーマン風の幾何学柄のワンピースで決まっているのに、その仕草はまるで新橋のサラリーマンにしか見えない。そんな様子を見かねたのか、桜はすかさずツッコミをいれた。

「茜さあ…… 一応日本中の女子の憧れの関東放送のアナウンサーなんだからさあ…… 少しは周り気にしなよ 」

「はあ? 私は存在自体が嫌味なオジサン小舅の小言を聞かされるために、アナウンサーになった訳ではないからね。我慢にも限界があるの 」

 茜は頬を高揚させながら呟くと、ジョッキを手で覆った。

「今日なんか、急に差し交わった原稿で私がちょーっとトチリかけて…… でも根性で、ギリギリ噛まずに読んだのよ。そしたらー、CMに入った途端、私が普段は安定エースで…… 滅多に噛まないもんだからあー、ここぞとばかりにプロ意識ないだのー 前任者は完璧だったのー、もう集中攻撃っッッ。今日なんか本気で泣いてキレそうだったからねッ! あの、クソ中年他局出禁野郎っッ 」

 茜は勢いでジョッキの中身をすべて飲み切ると、すぐさま呼び出しボタンを連打し始めた。桜が軽く手をかけ茜を制止するが、三人の若干のドン引きは否めなかった。

◆◆◆


 茜が一年前から早朝ラジオでタッグを組むスパーキン須藤は、遠慮のない物言いとブッコミ爆弾発言で遅咲きのブレイクを果たした妙齢なタレントだ。一時期は団塊の世代を中心に潜在視聴率トップ10入りするくらい人気があったらしい。しかし年齢を重ねたことと世間の人気が比例して、態度がだんだん横柄になっていったのだろう。数々の不適切発言、あまつはて勢いで出馬した参院選の落選と重なり、今や彼の級友が編成局長をやっている、茜のラジオ局の早朝番組で 何とか食いつないでるようなヤツだった。
 そもそも何故これほどまでに須藤のことが詳しく書かれているかと言うと、いつも茜の愚痴で何十回と聞かされているからに他ならない。

「まあまあ、落ち着いて。それはホントーに酷いヤツだった 」 

 息吹が朱美のジョッキを自然に取り上げつつ、その手の先に彼女の好物の梅水晶を回した。
 でも茜の酔いは、深みを増していた。既に目の奥は座っているように見えるし、まだブツクサと「あのカタカナ野郎」とか「さっさと、酒よこせ」だの訳のわからないことを呟いている。
 すると桜が隣にいた朱美に、静かに耳打ちした。

「決めた…… 」

「へっ? 」

「今日は、特に酷い…… サッサと潰そう。その方がみんな平和だ…… 」

 朱美は思わず桜を振り返った。
 桜ねぇ、今さらっとスゴいことを言ったよね?
 しかし桜はそんな朱美の視線に構うことなく、メニューの焼酎のページを捲りだした。

「わかった、茜、今日は飲もう。私も今日は飲むことにするから。焼酎なら何でもいい? 」

「もちろん! 桜ねぇありがとーっ。やっぱり、飲まなきゃ、やってられないときもあるよねっッ 」

 茜は一瞬笑顔になると、息吹のレモンサワーを奪い また怒涛の如く飲み始めた。
   その一連のやり取りに、息吹は悲鳴を上げかける。しかし桜は一睨みで一蹴した。息吹は一瞬、桜のを見たような錯覚に陥り、背筋が凍る思いがする。しかし抵抗の素振りなど、見せるわけにはいかない。桜は店員に強めの焼酎をロックで二杯頼むと、優しい笑顔で茜に微笑みかける。その様子を見た朱美は、思わず桜を振り返った。

「ちょっ、桜ねぇっ! そんなの魔王を飲ませたら、茜が寝ちゃうじゃん! 」

「いいよ。だいたい、我を忘れて公衆の面前でギャーギャー騒いで。その方がよっぽどヤバいっしょ。いくらラジオのアナウンサーとは言え、誰に見られてるかもわかんないし。今すぐ黙らせないと、あとで後悔するのは本人だよ? うちらと茜は、立場違うんだから…… 」

「それは そうだけど…… 」

 朱美と息吹は同時に顔を見合わせると、同じタイミングで「はあ」と溜め息を付いた。いつの頃からか、いや、もしかしたら完徹同盟の結成当初からかもしれないが、桜はいつもこのチームの答えだった。桜がイエスと言えばそれは正義だし、ノーと言えばいつもそれは悪なのだ。

「桜ねぇ? 」

 息吹は恐る恐る、桜に声をかけた。

「なに? 」

 桜の若干ぶっきらぼうな返事に、息吹は一瞬寒気がした。しかしながら言い出した手前、話は続けるしかない。

「桜ねぇ…… やっぱり、まだ現役だよね? 」

 息吹は恐る恐る、そのカリスマ性の権化を模索する。
 これは ただの興味の域の詮索だ。
 でも直ぐに桜の鋭い視線が息吹に返ってきて、息吹の表情は思わず引きつった。

「はあ……? 何を言ってんのよ。こんなの、私の前職以前の話だわ。昔の私なら そんな廻りクドいことなんかしないで、外に捨てて他人のフリか、ボコッて黙らすか、どっちか…… 」

 桜様っっッ!?
 ボコるって、ナンデスカっッ!?

 朱美と息吹の酔いは、一瞬にして飛ぶしかなかった。そもそも 一般人である我々が 桜と友達であることすら奇跡に感じられる。
 そんな二人の心情を知ってか知らずか、桜は届いた焼酎を寝ぼけ眼の茜の前に置く。そして「ふう」と一息付くと、自分の酒を飲み始めた。

「茜…… 気持ちは、解らなくもないよ。私も店長とやり合うしさ。私も店長には勝てないし 」

「うん…… 」

 茜は目を閉じながらグラスに手をかけ、静かに桜の話しに耳を傾けていた。

「だけどさ……いちいち間に受けてたら、やってられないよ。そういうヤツは、どこの現場でも嫌われてる。それでイイじゃん。あんたがキレることに使う時間こそ、勿体無いとは思わない? 」

「うん。わかってる。私も本人に面と向かって抗議もせずに、影でギャーギャー言っててさ…… 」

 茜は俯きながら焼酎に口をつけると、ゴクリといい音をたてて飲み始めた。

「私も仕事の休憩中に、たまに茜の番組を聞くけどさ。私はあのオジサンは、持ってあと1年ちょっととかだと思うよ。大体、あの人が言ってることって詰まらないよね。世の中の毒舌ブームは、もう終わってるし 」

「あっ、やっぱり そうだよね? 桜ねぇも、そう思うよね!? 」

 茜は一瞬テーブルに身を乗り出すと、またパタンと席に腰かけた。

「茜……? 」

 心配そうに 息吹が茜の肩を優しく小突く。すると茜はあっさりと壁に持たれて、そのまま目を閉じていた。道中の一人酒の効果が現れ始めたのだろう。そのままズルズルと体を倒しすと、寝息を立て始めている。その様子を見ていた桜はやれやれとばかりに、次のタバコに火を付けた。

「ったく。世話の焼ける妹を持った気分だよ 」

「でも、流石だね。茜、堕ちたよ…… 」

 息吹もタバコを手に取りながら、呆れた顔で茜を見下ろしていた。

「案外、あっさりだったね。こりゃ、ここに来るまでに、相当飲んでるわ 」

 桜は息吹にも火を勧めた。息吹もそれを貰って煙草を口に含むと、二人で同時にフーっと煙を天井に吹いた。

「っていうか、道中で人様に迷惑かけてないといいけど 」

「うん 」

 息吹はスマホで時刻を確認した。
 赤坂から八重洲までタクシーで来たならともかく、恐らく電車、しかもラッシュアワーに乗って参上したとなると、茜は些か目立っていたかもしれない。しかも一般人であっても朝の酔っぱらいは目立つのに、こともあろうか茜は芸能人のようなものだ。二人は、世俗離れした朱美を他所に「はあ…… 」と溜め息をつく。
 するとその様子を見ていた朱美が、桜にこんな問いかけをした。

「あのさ、さっきのって本当なの? 」

「さっきのって? 」

「えっと、店長とやりあった、云々かんぬんのくだり…… 」

「はあ? あんなの嘘に決まってんじゃん。そもそも私は店長と喧嘩なんかしたことないし 」


……!?

 それは、二人が良好な関係だから?
 それとも、桜ねぇが、ねじ伏せてるってことっッ?

 聞きたくても聞けない空気がその場に流れるのは、今日に始まったことじゃない。朱美は温くなったグラスを手にすると、グイッっと思いっきり煽る。もはや酒の味などどうでもいいくらい、徹夜明けの体にはアルコールは廻っていた。

「じゃ、桜さまの酔っぱらい介抱所は店じまいしたからね。あとは朱美、あんたが茜を送りなよ 」

「えっ? なんであたしっ!? 」

 朱美は驚いた表情で、桜を二度見した。だいたい茜の家の正確な場所なんて、よく知らないしっッ。

「だって明日も平日だから、息吹は仕事でしょ。私は、ちゃんと寝かしけるとこまではしたし。朱美がここに居るってことは、締め切り明けってことだから今日はあんたの番。場所はあとで地図送ってあげる 」

「えーっっッ?! マジでーっ。面倒っっッ! 」

「朱美は諦めな。そろそろ静かに飲むよ…… 」

 桜はそう呟くと、茜の分の焼酎もチビリチビリと飲み始めた。



◆◆◆



 遠藤桜。現職は某有名ファミリーレストラン店副店長。一応、この四人組の中では一歳年上のお姉さんになる。
 本人曰わく、桜の前職とは 以前に少しばかりヤンチャや悪さを働いていたときのことを指しているらしい。だけど そういう類の自己申告は、往々にして過小評価だったりする。桜のチームは、地元の千葉では全域を支配するようなヤンキーグループで、しかも幹部クラスの存在だったらしい。と言うのは本人談でなく、朱美がネタに困ってネットサーフィンをしていたとき偶然見つけたものだった。
 逮捕は免れていたようだが、事情聴取や補導なんかは当たり前の世界だったったと言うのだから、今の職業や夜勤をバリバリこなす真面目さからは想像がつかない。
 桜には姉御肌とか そういう言葉だけでは表しきれない、人を惹きつける魅力がある気がする。なんと言っても、数百人を束ねていた人間だ。それなりの人徳がないと、人はついては来ない。それはここ二年で知り合った完徹同盟のメンバーも、若干は感じている部分だった。

「そういえば、桜ねぇ。明日は仕事? 」

 朱美が話題を変えようと、桜に話しかけた。

「明日は、休み 」

「なっっッ!? じゃあ、桜ねぇも一緒に茜の家に行けないかな……? 」

 朱美は直ぐ様 休みという単語に反応するが、その思いは桜にあっさりと一蹴された。

「ごめん。今日はこれから地元に野暮用があってね。今日は、夕方のバスで帰りたいんだ。そうでなければ、私もこんなピッチでは飲まないよ。若くないし 」

「えっ、何っ? 桜ねぇ、これから実家に帰るの!?じゃあさ、落花生を買ってきてよ。やっぱり房総産のは、味が違うからね 」

 朱美は目を丸々とさせて、桜を上目遣いで見つめる。

「はあ? 落花生? 」

「うん、お金はちゃーんと払うから! 」

 桜は一瞬遠くを見つめたような顔をすると、また煙草を口に含んだ。

「うーん。っていうか、正確には実家じゃなくて。子守をしにダチ友達の家に行くだけなんだけど 」

 桜は顔を歪ませながらも、灰を落として スマホを取り出すと、メモ欄に【落花生】と打ち込む。

「えー、ありがとー!  じゃあ、仕方ない。今日の茜は適当にやっとくわ 」

「……朱美の単純さには助かるよ 」

「あはは、それはどうも 」
  
 これって、褒められているんだろうか?
 すると二人の一連のやりとりを聞いていた息吹が、苦笑しながら割って入った。

「桜ねぇ。そう言えば、お腹は空いてない? 料理はこれ以上は頼んではないけど 」

「そうだね。店のまかないを食べてきたから、あんまり空いてないけど 」

 桜はそう言いつつもメニューに手を掛けると、甘味ページを物色し始めた。

「……焼酎と甘いのって合うの? 」

 そう質問したのは息吹だった。

「合うよ。一番ってくらいに。特に生クリームとのマリアージュは、最高だと思うけど 」

 桜の口から 生クリームという単語がさらり出たことに二人は若干の違和感を覚えたが、桜は構わずにマイペースに酒を楽しんだ。

 現在時刻は、午前十一時。
 夜勤女子の彼女たちにとっては、終電間近の二十三時の光景だった。





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