ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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夜行性ガールズの日常

秘密の場所の桜

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◼◼◼


 まだ、連絡はないけど…… 茜は無事に家に帰れたのだろうか。
 桜はスマホの着信を確認すると、少しだけ窓のカーテンを捲った。高速バスが 長く続いたアクアラインのトンネルを抜けて、海上の橋へ上昇し始める。相変わらず空は雲だらけで、いつ雨が振り出しても おかしくないような色をしていた。
    別れ際に 茜を送り届けたら連絡をするようにと、口酸っぱく朱美に言ったつもりではあった。恐らく連絡を忘れているだけだとは思うが、こんなに気になるなら自分が茜を送ってやるべきだった、と思わずにはいられない。ただこれから小さな子どもに会うのに、シャワーも浴びず、しかも酒臭さを残した状態で向かうのは避けたかった。そうなると一度自宅で身支度を整えて、夕方にはバスに乗ることを考えると、今日ばかりは茜の面倒を看るのは物理的に不可能だった。
 桜はまたカーテンをピシャリと戻すと、ふっとため息をつく。煙草も吸えないし何となく手持ち無沙汰だ。
 平日の夕方だから、道はそれほど混んではいない。橋を渡りきれば、目的地はもうすぐだ。
 
 桜が木更津に来るのは、それほど珍しいことではない。しかし昔は所謂 ヤンキーグループのトップのような立場でいたこともあり、富津にある実家とは正月と盆に顔を出すくらいと、少し疎遠になってはいる。だけど用事があれば、房総半島自体には東京駅から一時間もかからずにバスで帰れるのだ。
 ただ……
 いつもバスを降りてから目的地までを 少し伏し目がちで歩くのは、何となくこれから行く先に後ろめたさがあるからだった。



◼◼◼


ガラガラ……

「あっ、いらっしゃい。お客さん、すみません、今ちょっと仕込み中で 」

 店主は手にしていた中華包丁の動きを止めると、店の入り口に向かって頭を上げた。
 すると桜を見て直ぐに、
「ああ、ごめん。急に連絡して悪かった 」
と言いながら、カウンターの中からその引き締まった身体を見せる。白衣には相変わらずソースやらスープやらが飛んでできた 無数のシミがあり、両腕は勲章とばかりの火傷の痕が数えられない程に広がっていた。

「思ったより、早かったな。道は空いてたのか? 」

「うん。まあ、いつもよりは…… 五十日ごとうびだから、覚悟してわりにはね 」

 桜は道中でかいた汗を軽く拭いながら、店主の問いかけに返答した。店内は ある程度は冷やしてあるはずなのに、少しもその恩恵が感じられないのは 何故だろうか……?

「あの。これ、お土産…… 量はあんまりないけど 」

 桜は持ってきた紙袋を、ぶっきらぼうに店主へと差し出した。

「いつも、こっちが頼ってるのに ありがとな。しかもこれって、あの東京駅で超並ぶ店のバームクーヘンじゃん。チビたちが喜ぶわ 」

「うん。今日はいつもより列が短かったから、思わず買っちゃった 」

 桜は客椅子に荷物を置くと、羽織っていたカーディガンを鞄にしまった。これから小さなギャングたちを相手にすることを考えると、引っ張られそうな長めの服は、予め脱いだ方がいいことを最近やっと学習したところだった。

「チビたちは、今日はもう裏にいるんだ 」

「あれ? まだ六時を回ってないのに早くない? 」

「今日は…… 少し早めに迎えに行ったから 」

 店主は店の奥にある扉へと向かうと、腰についている鍵を使ってドアを開く。桜も慣れた様子で店主の後をついていくと、その扉は店の裏の居住スペースへと繋がっているのだった。

「ほら、愛郁あいく美羽みう! 桜ねーちゃんが来てくれたぞ 」

 店主は扉から顔を覗かせると、部屋の奥へと向かって大声をあげた。すると間もなくして、奥から聞き馴染みのある 子どもたちの小さな足音が響いてくる。

「桜姉ちゃんだぁー! 」

「さくちゃんだー! 」

「愛郁、美羽! いい子にしてたかなー? 」

 靴を脱ぐ間もなく、桜は両手に乙女を抱えると そのまま一回転して二人をあやした。

「明日の遠足は、桜姉ちゃんが連れてってくれるの? 」

「そうだよ。明日は羊さんとか山羊さんとかに、いーぱい会えるんだよ 」

 桜はそう言いながら、子どもたちと手を繋ぐ。すると子どもたちは力一杯桜の両腕を引っ張って、奥の部屋に誘導した。

「おい、お前たち。桜をあんまり引っ張るなよ。姉ちゃんは寝ないで仕事をして ここに来てくれてるから、疲れてるんだからな 」

 店主が慌てて桜と子どもの間に入り込もうとするが、年頃の娘たちは素早しっこい。二人は店主の攻防をさらりと交わすと、また桜の影へと隠れた。

「桜姉ちゃんは、愛郁たちと あそぶの! パパは、あっちに行ってて!」

「おー、わかったわかった。好きにしろ。ただお前ら、ちゃんといい子にしておくんだぞ。桜ねーちゃんに迷惑はかけるなよ 」

「凌ちゃんは、二人に厳しすぎ。いつも愛郁も美羽も、お利口にしてるものね。じゃあ、今日は何をして遊ぼっか? おままごと? お人形さんごっこ? 」

 桜は靴を脱ぎながら、二人の目線に会わせてしゃがみ込む。すべすべの肌、クルリとした目、全てが愛おしいと思えるくらい、やっぱり子どもは可愛いかった。

「悪いな、桜…… 少しの間、コイツらの相手をお願いしていいか? 俺が殆どコイツらに、構ってやれねーからさ…… 」

「勿論大丈夫。私は ここには二人に会いに来てるようなものだから…… 」
 
    桜は手にしていたシュシュで、自前の髪の毛を無造作に束ねながら、凌平の要請に応えた。そんな間にも、桜の膝には交代交代で、子どもたちが無邪気にしがみついている。

「桜…… 俺も仕込みが終わったら、メシを作りに一旦戻るから 」

「うん。あっ、でも、いいよ。私が作るよ。忙しいでしょ? 」

「あっ、いや。でも流石にそこまで頼るのは悪いし…… 」

 店主は申し訳なさそうな顔をして、桜を見つめた。

「別に平気。一応ファミレスの副店長だし、一応キッチンも一通り出来るから 」

「そう? 悪いな。今日はチビたちはオムライスにしようかと…… 」

「わかった。任せといて 」

 桜は笑みを浮かべて、店主を振り向く。
 そこには仲良し四人組にも見せない、もうひとつの桜の顔があった。




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