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キラキラした世界

ときめきモーニング②

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「なっ、何っッ! ちょっ、息吹、怪しすぎっッ…… なんか乙女モード突入してない? 」

 息吹の不自然な態度は、ほろ酔いぎみだった茜の事情聴取スイッチも刺激した。茜は息吹の隣に膝歩きで近づくと、そのまま隣にぴったりと腰を下ろした。

「ちゃんと説明責任果たさないと、あたしいぶちゃんのことを、こうしちゃうからっ 」

 茜は両手を出して 息吹の目の前でうにょうにょさせると、そのまま息吹の脇の前まで持っていく。その様をみた息吹は、慌ててこう声をあげた。

「わかった!わかった! 茜がマジなのはわかったから、その手を止めて! 人の家で叫び声とかは、上げたくないし…… 」

「わかれば、宜しい 」

 茜は悪い笑みを朱美と桜に見せると、軽くウィンクをした。この辺りの機転のよさは、さすが一世を風靡した女子アナの手腕といった感じだ。

「別に、そんなたいしたことじゃないんだけど…… 」

 息吹はこう前置きすると目線を伏せた。その様子を見た一同は固唾を飲んで話の続きを見守る。そして息吹は深呼吸を一回つくと、聞き取りづらいボソボソとした話し方でこう続けた。

「合コンで会った人から、デートに誘われたの…… 」

「えっーーっッ!? 」

 その息吹の一声を聞いて、一同は声をハモらせて驚いた。
 一同の酔いは、一気にクライマックスへ向う。

「へぇー、よかったじゃん 」

 レッドアイを片手に桜は息吹に祝福の声をかけると、続いて一番の悲鳴を上げた朱美が 恐る恐る茜に質問をした。    

「ちょっ、そんなの聞いてなかったんだけどっッ!? 」

「そりゃ、そうでしょ。だって誰にも言ってないし、聞かれてもないし 」

朱美:
じゃあせめて、元々の幹事はあたしだったんだから、みんなより先に教えてくれてもいいじゃんっッ!?
息吹: 
一応、この前電話したけど、朱美が出なかったんだよね。それにパパラッチとか大変なことになってたし、朱美が一番楽しみにしてたから言いづらくてさ…… 
朱美: 
あれ、そういう意味だったんかいっ!?

「あんたたち、なに、目と目で会話してんの……? 」

 桜が半ば呆れた様子で、二人のただならぬ様子に突っ込みを入れる。だが、その問いに二人は、

「そんなこと、してないっッ!!」

と息を揃えて返答した。

 一同に嫌な沈黙が流れた。
 いまこの空間がかろうじて静寂に陥らなかったのは、鍋のグヅグヅ音のお陰だ。これがタコパーだったら危機的な静けさになっていたかもしれない。
 朱美の方は無言で、そばにあった発泡酒の缶をあけると一気に煽った。今日 何本開けたかは、もはやどうでもいい。ダブルのショックは、とにかく酒で浄化するしかない。もうテーブル上の酒の殆どは、ほぼ常温で酒本来の味わいは失われていて、もはや酔うための道具と化していた。一方、息吹は卵を割って軽く解きほぐすと、そのまま箸をすき焼きに進めた。

「あのさ…… 息ちゃん。で、相手なんだけど…… どんな人なの? 年とか仕事とか 」

 こういうときに ちょっと酔いの廻った茜の突破力は、この同盟では貴重な存在だった。

「………驚かないって、約束してくれる? 」

「もちろん 」

 息吹は目配せで、朱美や桜にも同意を求める。もちろん二人も同調するように深く頷く。息吹はその三人の様子をみると、箸をおいて口を開いた。

「えっと…… その…… 年齢は私より下なんだよね 」

 息吹の発言を聞いた瞬間、一同は一斉に各々の動きを静止した。
 予想外の展開だった。

「だから、驚かないでって、念押したのにッ! めっちゃ、みんな固まってるじゃん! だからイヤだったのぉ、みんなに言うのっ!」

 息吹は顔の火照りをさらに加速させると、急に体育座りをして頭を下げた。その様子をみた三人は、慌てて息吹にかける言葉を取り繕い始めた。

「いや、私は…… 私は驚かないでって前振りが凄かったから。一回りくらい上かなー、とか思ってた。だから逆に安心したというか、なんというか…… 」

 朱美はタジタジになりながらも、すかさずフォローをいれた。しかし朱美の発言は、結論としては何も擁護できてはいなかった。

「朱美の担当の友達と合コンをセッティングしてもらったんだから、そんなお兄ちゃん世代が来るわけないっしょ…… 」
 息吹はあっさりと朱美に言ってのけると、そのまま溜め息をついて再び肉を頬張り出した。

「ひっッ……! それは……、その…… 」
 
 朱美は苦い顔をしながら、思わず茜と桜を見た。フォローのつもりが 完全に仇となった。茜に至っては何の話かわからずキョトンとしているし、桜は呆れた様子で二人のやり取りを忘却した。

「まあまあ、二人とも。事情はよくわからないけど落ち着きなよ。でさぁ、で、息吹…… 本題だけど、彼とはいくつ年違うの? 」

 こういう場面でいつも丸く治めるのは姉御肌で、実際に姉さんの桜だ。

「えっ? あの、その…… 私も正確なところは良くわかってないんだけど。三つくらい……かな…… 」

「三つって、じゃあ…… 今の彼は二十五ってこと? 」

「そうだね。第一印象は、凄い落ち着いてて、でも上には見えなかったかな。同世代か一コか二コ下くらいかなー、って感じだったんだけど 」

「ちなみに仕事は? 」

「仕事は…… 私もよくわかんないんだけど、オンコウ? って言ってた 」

すると、息吹の発言を聞いた三人は一斉に、

「音効っッ!?」

と、見事な合唱を披露した。

桜:
オンコウって、何?アンコウってこと?
朱美: 
桜ねぇ、違うっッ! 音効ってのは、映画とかドラマとかアニメの効果音を作る人のことだからっッ。とにかく、なかなかなることが出来ない、超倍率高いお仕事だよ。
茜:
 でも、ってことは、どっちかというとそっち寄りってこと?
朱美:
 まぁ、分類的には私たち漫画家チームと同じだよね。 クリエーターってところでは……


「……みんな、いま無言で会話してるでしょ? 」

 息吹は体を震わせて三人をギョット睨む。
 すると三人は思わず、

「そんな、器用なマネ出来るわけ無いじゃん。漫画やドラマじゃあるまいし 」

 と口を揃えて、野菜だらけのすき焼きを示し合わせたようにつつき始めた。

「っていうか、息吹…… 」

「なに? 」

 息吹に話しかけたのは朱美だった。

「音効さんって、めっちゃ仕事が忙しそうだよね。休みとかあんまりなさそうなイメージというか…… 」

「確かに。夜中二時とかに連絡くることも、けっこうあるんだよね 」

 するとその話を聞いた茜が思いっきり息吹に食いついた。

「なっ、何!? もう、そんな仲良しな感じなのっ!? 夜中なんて、ディープな時間にっッ 」

「うん。まあ、私も基本的に夜行性だし。連絡はいつでもいいよ、って言っちゃったからだとは思うんだけど 」

「なんか、彼の方は、若いって感じだねー。思い立ったら、直ぐに行動に移せるパワーとか羨ましすぎるっッ。私ももう一回、二十代前半に戻りたいわー 」

 茜は、あーあー とか、いいなー とか、一連の羨望の言葉を呟きながら、例の薄い酎ハイを煽いだ。

「でさぁ、息吹? あんた、その彼と何で意気投合しちゃったの? 元々そんなに二次元とかドラマとか映画の類い興味ないじゃん。なんでまた……? 」

「まー、そうなんだよね。合コンでは、女子チームと彼らでは、全然 話が合わなくて…… 」

「そりゃ、そうだろうねー 」

 息吹の話に割り込んだのは、事情のすべてに察しがつく朱美だった。
 今回、合コンで集まった朱美以外のメンバーは完全な一般人。一方、吉岡は落研出身でCGデザイン専攻で、あまつはて漫画の編集なんかになっちゃった、なかなかの強者なのだ。
 そいつが自称数少ない友達を連れてくると言えば、やはりかなりの確率で、身内やら界隈の人間に声をかけたのは容易に想像がつくところだった。

「でもね、朱美のお陰で、かなり助かったんだよね 」

「へっ? 」

 朱美は耳を疑った。
 自分は合コンをセッティングした言い出しっぺなのに、思いっきりトンズラしたハズだった。もしかしたら、意中の彼といい感じだから息吹はそんなことを言ったのかもしれないけれど、それ以上に迷惑料も被っただろうはずだった。

「ずっと会話もなくて、みんな沈黙してたから。私は乙ゲーはするけど、アニメほぼ見ないから。だからダメ元で朱美の【恋するリセエンヌ】読んでるって話したの。そしたら彼も吉岡さんの影響で読んでるらしくて……意気投合。恋リセで、めっちゃ盛り上がっちゃった 」

「へー。マジか。朱美、凄いじゃん。キューピットだよ 」

 その話を聞いた桜が、すかさず朱美は肘で小突く。
 朱美は意外な言葉に驚きと、ニヤニヤや照れを隠さずにはいられなかった。

「身内の作品誉めて手前味噌とは思ったけど、私、あの話が大好きだから。朱美は友達だけど作者だし、会社だと、なかなか恋リセの内容は話せないし。そしたら、お互いに一番好きなシーンが、あの逃亡シーンからの和解のとこって一緒でさ 」

 熱弁する息吹の様子を見て、桜と茜はポカーンとしていた。茜は朱美の漫画のファンが縁で元々仲良くなっているから、話の内容はわかっているはずだったが、最近控えぎみだったこともあり酔いが回ってきたのか、ちょっとボンヤリとしはじめていた。
 それに桜はと言うと、読み物は専ら谷崎潤一郎とゆうギャップ萌え系で、朱美の創作物でさえ読んだことはある位のレベルだった。

「あのさ…… 」

 恐る恐る口を開いたのは、朱美だった。

「もしかして、息吹…… 私と友達って、彼に言っちゃったの?」

「ううん、言わなかった。彼ら朱美が来るの、知ってる風じゃなかったし。それに…… 」

「それに……って、なに? 」

「……えっ、あっ、その…… あっ、そうそう。タバコもまだ言ってない。っていうか、酒豪キャラも封印してるし 」

 息吹は何かを誤魔化すかのように自分の鞄を手に取ると、中身を三人に見せた。中には、ここ最近いつも必ず常備している携帯ゲームと煙草がない。

「とりあえず今日一日は禁煙しようと思って。とりあえずは形から 」

「あのさぁ、息ちゃん? アレ、入ってなくない? 」

「なっ、なに、茜? 乙ゲーも暫くは自粛しようと思ってるとこだけど…… 」

「イヤ。乙ゲーじゃない。CADの講習受けるんでしょ? なのに筆箱もノートもなにもない」

「へっ? あっ!? それは…… そのー 」

 息吹は慌てて鞄をしまいにかかったが、時すでに遅かった。

「息吹…… あんたバカね。ここ来た瞬間から珍しく墓穴……かなり掘ってるよ 」

 桜が呆れた顔で、レッドアイに口をつける。

「それに、私はともかく 喋りのプロの茜の観察力と洞察力と、漫画家の朱美の妄想力には、素人のうちらじゃ敵わないよ…… 」

 いやいや、桜姉ぇの総長のカリスマ性と相手の追い詰め方も なかなかだよ、と朱美は感じていたが、そこにツッコミを入れて良さそうな空気ではい。
 すると息吹はムッとした表情で三人を見渡した。
 表情を赤らめて、ふぅと深い息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

「そーよ。今日も夕方から、初めてサシでデートに誘われた。ちょっと服も若向きのパステルカラーにしちゃったし、今日は朝から酒も飲まないっッ。何か文句あるっッ!? 」

「いや、何も…… 」

 こうなったら、息吹に残る手段は開き直りしかなかった。
 息吹はルイボス茶を一気に飲み干すと、鍋に新しい肉を追加し始めた。三人はそんな息吹のプンスカするさまを、ただただ見守ることしか出来なかった。

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