竜人族の婿様は、今日も私を抱いてくれない

西尾六朗

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【02】今日こそ説明していただきます!

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「もう七日です! 貴方と結婚してから一度も共に眠っていません!」

 突然大声を上げた私に、マクマトさまは大きく目を見開いた。驚くと瞳孔が細くなる。猫のようだ、なんて感想を持つ余裕もない。

「至らぬところがあるなら直します!! 性格ですか、顔ですか、身体ですか! 確かに少々発育が乏しい部分はありますが、補う事はできます! それとも、補いきれないほど私は駄目な妻ですか!?」
「ちょ、待ってくれフレイア」
「待ちません! はっきり仰って! 共に並んで眠りたくないほど問題のある妻なのですか!?」
「そうじゃない、違うんだ」
「違うというなら、せめておやすみのキスくらいして下さってもいいじゃありませんか!!」

 ああ、言ってしまった。
 ほとんど睨みつける気持ちでマクマトさまを見上げる。
 彼は困り果てた顔で、後ろ頭を軽く掻いた。

「……参ったな」

 と、呟く声は心からそう思っているようで、正しくどうしたものかと困惑していた。
 起き抜けに新妻に怒鳴られたら誰だってそうなるだろう。マクマトさまはううんと低く唸ってから、とりあえず座ってくれと、今まで座っていた椅子を私にすすめた。暖かく日差しの差し込む窓辺の席。だけれど陽光は、少しも心を照らしてはくれない。

「……正直に仰って下さい。こんな日々をずっと繰り返すのは嫌です」

 絞り出した声に、マクマトさまは、ああ、と、難しい息を漏らした。

「悪かった。俺もどうしたものかと考えてはいたんだが」
「やっぱり、私に問題があるのですね。それも言いづらい何かが」
「いや、そうじゃなくて。君がというより場所が、だな」
「場所?」
「……枕が柔すぎて、横になれないんだよ」

 これがあるから――
 そう、マクマトさまは自らの頭を指さした。
 そこには左右対称の、頭一つ分の高さを追加するほど立派な角があった。

 銀鱗の民の角は白く、分厚く、形としては羊に似ていた。
 なだらかな円を描いて後頭部に向かって伸びて、先端が尖っている。色とりどりのビーズ紐を結わえて飾られたそれは、尻尾と同じくらい雄弁な、竜人族の証でもある。
 その角を見上げて、私は首を傾げる。

「つの…… が、どうなさったのです?」

 彼は竜人族であるのだから、当然生えているものだろうけれども……

「俺たちは、羽枕みたいな柔い枕じゃ頭を支えられない。仰向けにも横向きにもなれないし、角で布地を引っかけたらずたずたにしちまうんだ」
「あっ…… だから枕!? 私の隣で眠らないのは、私がどうっていうのじゃなくて――!」
「そう、単純に、物理的に、難しいんだ」

 と、マクマトさまは肩を竦めた。

「頭の形に合わせた硬い枕を角の間に入れて、身体を斜めにして眠るのが一般的なんだが…… そんな寝具、こっちにはないだろ?」

 枕が合わない。ベッドが合わない。
 それが、彼が一緒に眠らなかった、理由……

「そ…… そんなの! どうして早く言って下さらなかったの!?」

 思わず前のめりになって、私は彼に詰め寄った。

「言って下されば用意しました! いえ、受け入れ側の落ち度ではあるのですが…… そうですよね、生活様式が異なるのですから、こちらからお伺いするのが筋でした。それが妻として、国として当然でした、なんて粗忽!」
「知らなかったんだから用意も何もないさ。そもそも秘密主義はうちの主張だ。知ってたら逆に驚く」

 なんてマクマトさまは慰めてくれるが、私の気が落ち着くわけもない。

 確かに彼の言う通り、竜人族は秘匿の種族。自らの文化や生態を明かさない。結婚が決まった時に彼らについて学ぼうとしたけれど、ろくな文献が残っていなかった。
 力の強さ、角や尾を持つ事、排他的である事。
 それ以外はよそから見た一方的な憶測でしかなく、密着した生活の様子など、どこにも学べなかった。枕の形なんて知る由もない。

 でも、それでも。

(結婚してすぐに、よく見ていたら気が付いたはず)

 大きな角を持つ種族なのだから、興味が自然と湧くはずだ。
 私は彼を見ているようで、結局何も見ていなかった。不便に気づけず、こんな問い詰める真似までしてしまった――

「黙っていて悪かった。どうにか地元から取り寄せるか、代用できないかって考えてはいたんだがな」

 彼は何も悪くないのに、そっと手に手を触れて謝ってくれた。
 ひんやりと冷たい、硬い皮膚。雨に打たれた後のような温度に驚いた。

(そうだ私、この人に、自分から触れた事すらなかったんだわ)

 口づけも抱擁も、一緒に眠るのも。
 待ってばかりいた。私からすればよかったのに。そうしたらもっと早く、気づけたかもしれない。

(至らない妻。その通りじゃない)

 悔しい。恥ずかしい、申し訳ない気持ちが込み上げてくる――でも。

(知ったからには、このままになんかしておけない)

 私は涙腺を引き締め、情けない涙をこぼす前に顔を上げた。
 失敗をして落ち込むのは誰にだってできる。そこから立ち上がって、同じ事を繰り返さないようつとめる方がよっぽど大事だ。

 私は顔を上げ、しっかとマクマトさまを見つめた。

「気が利かなくて申し訳ありませんでした。他に不便はありませんか?」
「いや、まあ、なくはないが」
「なら仰って。今すぐ!」

 私が詰め寄って求めると、マクマトさまはええ? と首を傾げた。
 表情は笑っているけれど、いつものそれとは違う。困ったとか、仕方がないとか、どうしようかな、とか。そんな色々な感情が混ざり合った、だけど素敵な表情だった。ただ優しく笑われるより、ずっと嬉しい笑顔だった。

「もうご不便をかけたくありません。私は貴方と、きちんと夫婦になりたいのです。お願いします!」
「……そうか、うん。そうだよな」

 思案顔の彼はそのままの表情で、じゃあ、と口を開く。

「いくつか言わせてもらおう。実は結構困った事が多かったんだ。まず――」

 言って、マクマトさまは指を折りながら、一つ一つ口にしだした。
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