竜人族の婿様は、今日も私を抱いてくれない

西尾六朗

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【03】こんなに文化が違うとは

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「何よりも気候だな。トワルは寒冷地だろ? 俺たちは火山地帯に棲んでるから、ここはだいぶ寒いんだ。だから昼間、日当たりのいい場所でうとうとしてた。湿気も低いのが難点だな。尾の鱗が乾いて痛む。加湿できるとありがたい。
 あと家具。尻尾が引っかかるから、基本は床に座るんだよ。椅子の場合は背もたれがない方が助かる。尾を出す場所がないから尻の収まりが悪いんだ。その点この椅子はいいよな、隙間があるから根元から通せて気に入ってる。
 食事については問題ないんだが、歯ごたえがなあ。俺たちの牙は生涯伸びるんだ。硬いもん食ってると削れるから骨のついた肉があると良い。あっちじゃ甘い枝とかを齧るんだが、その辺の樹を失敬するわけにもいかんだろうし、あと……」

「た、たくさんあるじゃないですか!!!」

 なんて事だ。苦労させっぱなしだった。
 彼口に出さないだけで、こんなにも生活に不便を抱えていたのだ。指折り数えられるくらいに!

「すぐに手配します、ああもう最初から言ってくれたら……!」
「だから、我慢できないほどじゃないんだって。でも、君は叶えてくれたがってる。それなら甘えるさ」
「ええ甘えてください! まず部屋の調度…… はすぐにはできないとして、植物を沢山置くと部屋の湿度が上がると聞いた事があります! 庭師に鉢植えを持ってくるように言いますね、いくつがいいかしら、どこに置けば!? ええとあとは……」

 と、ばたばたと慌てる私を見て、マクマトさまは喉で笑い出した。ぎょっとする。そんな、おかしくてたまらないみたいな顔をされるなんて。

「何笑ってるんですか! 大事な事ですよ!!?」
「すまない、いや、でもなあ、うん。すごく良いと思って」
「何がですか! 人が慌てふためく様子がですか!」
「君の声がとても大きいから、魅力的だと言ったんだよ」

 ますます訳がわからない事を言う。
 また声を荒げそうになった私は、口を大きく開けて、それから固まった。マクマトさまの瞳が、蕩けるような煌めきを持って細められて、私を見つめていたからだ

「もう一つ教えよう。竜人族にとっちゃ、声の大きさは重要な魅力なんだ。君は十八の氏族と比べても、誰より大きくてよく通る、いい喉を持ってる」
「こ、声の大きさなんて…… こちらでは何の良さにもなりませんよ。むしろはしたなくてよろしくない……」

 褒められた事は嬉しくても、声が大きいのは恥ずかしい。手の置き場もないままぎゅっと胸元を押さえた私の肩を、マクマトさまはぽんと叩いた。

「まさに文化の違いって奴だな。でも俺には好ましいよ。で、さっそくなんだが」

 と、もう一つの手で床を指さす。

「色々正直に打ち明けたところで、床に座っても構わないか?」
「え、床に直接…… あっ、椅子の文化ではないから」
「ああ。トワルの紡織技術は高い。手触りのよさそうな絨毯を見ると、試してみたくてたまらなくなるんだ」

 絨毯に直接座る。した事がないわけではないけれど、私にとっては専用の場所で行うものだ。
 だけれどそれが彼らの当たり前であるならそうしたい。私はうんと頷いて、自分から、毛足の長い絨毯の上に、裾を折って座ってみせた。

「どうぞ! あ、クッションとかあった方が良いですか? ひざ掛けも……」
「いや、要らないよ。それよりお邪魔させてもらう方がいい」

そう言うなり、マクマトさまは内履きの靴をぽいぽいと脱ぎ、私の膝に仰向けに頭を預けた。ああ、絨毯の上では素足になるのね――なんて一つ学んでいる状況じゃない。

 膝枕だった。
 突然の、膝枕初体験だった。

「マクマトさま!?」
「嫁さんの膝が、竜人族にとっちゃ一番の枕だ」

 長いまつげを伏せて、ご機嫌の様子でマクマトさまは言った。

「いや、冗談ぬきでさ。膝の外っ側に角を逃がせるから具合がいいんだよ。枕も嫁の膝の高さを測って作ったりするし。何より嫁の膝だ、柔くていい匂いがして気持ちがいい」
「本当に? 冗談で言っているのではなく?」
「今の君ならどんな無茶を言っても『うちの一族じゃ当たり前』で済ませてもらえそうだが、さすがにそこまで悪趣味じゃない」

 はあ、と、私は気の抜けた返事をするほかなかった。
 どうやら本当に、膝枕は一般的であるらしい。説明は理にかなっていて、マクマトさまの大きな角は、丁度、私の太腿の外側に抜けて、後ろ頭を足で支える事が出来ていた。癖毛の黒髪の間からぬっと突き出た角は、近くで見ると細かなおうとつがあって、まるで大樹の年輪のようだ。

(いい匂い…… 香水?)

 柔らかい黒髪は、近づくと分かる。なんだか不思議な香りがしていた。
 彼は女性をいい匂いと言ったけれど、マクマトさまが身に着けている香辛料のような匂いは、私にとっても新鮮だった。ぴりぴり痺れて、頭の奥の方がふわふわするような、不思議な感覚だ。

(なんだろう、胸の奥が、変な感じ)

 ドキドキする、とは少し違う。匂いのせいか、それとも膝枕なんてものを初めて体験して、身体が驚いているんだろうか。
 頬が熱い。胸の高鳴りのままに、黒髪のひと房に、そっと触れる。

「ン」

 マクマトさまが小さく声を上げた。片目が開いて、目が合う。

「く、くすぐったかったですか」
「いいや、続けて」
「わたしの膝、お気に召しましたか……?」
「うん、最高」

 良かった。何か一つでも彼を快適にする事が出来て、とてもうれしい。

 髪を撫ぜても、マクマトさまは何も言わなくなった。瞼が再び閉じられて、ふう、と、長い息が薄い唇から漏れる音を聞く。白銀の長い尻尾が一度きゅっと丸まってから伸びていくのが、何だか可愛らしかった。

「でも、まずいな。こんなに居心地よくちゃあ離れ難くなる。足を痺れさせてしまうかも」

 こんなに華奢な足だから、と、マクマトさまは私の膝を、くしゃくしゃになったスカートごしにそっと撫ぜた。
 どくんと、心臓が飛び出すくらいに震えた。
 男の人にそんな場所を触られた事はない。正真正銘初めてだった。じかではないにせよ、足をさすりあげられるなんて!

「あ、あ、あの……」
「そういえば、まだ答えていない事があった。キスの一つもしないのは何故かって」

 ひどく蠱惑的な、潤みのある瞳が私を見た。瞼の隙間から細められて向けられた視線に、ますます心音が跳ね上がる。
 文字通り身動きがとれない私に向けて、手が伸びて来た。大きな手。彩られた爪、が、当たらないように指の背で撫でられる。

「あんまり君が、初心で可愛らしいから。どうしたら怖がらせず抱けるのか作戦を練ってた。竜の愛し方が通用するのか、そのあたりも気がかりで」
「りゅう、の、愛し方?」
「でも、心配はなさそうだ。君は俺を心地よくさせたいと願ってくれるみたいだから。それなら心置きなく抱ける」
「だっ……!?」

 言葉をおうむ返しにする事しか、ついに私はできなくなった。
 求めていた言葉を貰えたのに、どうしたらいいのか分からない。だってこんな風にいきなり、そういう方向に舵を切られるなんて思っていなかった!
 いなかったのに、ああ、膝枕していた頭が少しだけ浮いて――

「これからは君の膝か胸で、ぐっすり眠らせてもらえそうだ」

 なんて囁いて、触れるだけの口づけ。

 顔から火が出るほど熱くなったからか、待ち焦がれていたマクマトさまの唇は、ひんやり冷たくて大層柔らかかった。
 くらくらする感触に倒れそうになりながら、私は思う。

(今夜は、いちばんいいお夜着を用意してもらわなくちゃ……)
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