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第7章

第86話  最寄りの街

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「──────身分証の提示を」

「私は冒険者だからタグを提示するとしよう」

「……確認した。ようこそ、領主様が治める街、クランカーへ」



 空を駆けるリュウデリアに乗って国境を越えたオリヴィアは、門番をしている2人の兵士の内、片方に身分証として冒険者のタグを提示し、許可を得て街の中へと入っていった。上げることが出来る橋があるのでそれを渡り、入っていくようになっている。下には深い堀があるので、魔物が街の中に入るのを防いでいる。

 外壁は石造りで、厚さは50センチ程度だろうか。剛腕を持つオーガ等が手に持つ武器を叩き付けない限りは壊されることはないだろう。やはり人が住む以上はある程度の外からの攻撃に対する防御の手段は持っておく必要があるだろう。故に、街や国といった大きな組織は、外壁を防壁としているのだ。

 街の中に入ったオリヴィアと、彼女の使い魔として肩に乗っているリュウデリアは、街の中は平和を享受していると感じる。圧制を受けている様子も無く、道行く人は笑顔だ。まあ仮に、圧制を強いられて民衆が貧富の差によって苦しんでいたとしても、彼等は何とも思わないのだが。



「さて、何か食べるか?それとも冒険者ギルドの方へ行くか?」

「ボアを喰ったばかりだから、取り敢えず冒険者ギルドの方へ行く。変わった依頼があるかも知れん」

「そんなに変わるものか……?まあいい。じゃあ冒険者ギルドへ向かうぞ。……あぁそこの者、すまないが冒険者ギルドはどこにある?」

「ん……?あぁ、この街にやって来た人かな。冒険者ギルドならこの通りを少し行ったら左側にあるよ」

「分かった。助かったぞ」

「いえいえ!では良い日を」



 先ず何をやろうかという話になり、取り敢えずの方針として冒険者ギルドへ行くことにした。場所が分からないので近くを歩いていた若い男性に声を掛けて場所を聞き出す。やはり国境を越えて一番近くにある街であり、訪れる者達が多いからか質問に慣れている感じだ。

 大通りを真っ直ぐ進んで行けば見えてくるとのことなので、オリヴィアは悠々と歩みを進めた。因みになのだが、冒険者であると証明するためのタグは、前まで首に掛けていたのだが、今は手首に掛けている。理由としては、首に掛けているとフードを外すかタグを一々外さなくてはならないためだ。

 無くさず持っていて、提示を求められたら見せれば良いだけなので、付ける場所はこれといって指定は無い。それに手首に巻いておけばすぐに見せられるので便利だ。攻撃を受けたら外れてしまうという理由で、殆どの冒険者は手首には巻かないが、オリヴィアに今更攻撃を与えられる者は居ないだろう。仮に居たとしたらリュウデリアが出て来るので結局は同じ事だ。

 純黒のローブを着ているオリヴィアはかなり浮いているが、冒険者で魔導士をしている者がローブを着て大通りを歩いていたりするので、住民は特にこれといった反応は示さなかった。それどころか、あまり見ない奴であり、街に来たばかりだと判断した店の者達が呼び込もうと声を掛けてくるくらいだ。

 適当に手を上げて拒否しながら歩いて行き、冒険者ギルドの看板が見えてきた。冒険者ギルドの名前は『金色の甲虫ゴールデンビートル』といい、2階建ての木造建築である。入口の扉を開けて中に入ると、昼間なのに騒がしい雰囲気だ。大体の冒険者ギルドは静かなときが無いので、騒がしいのがデフォルトと言っても過言ではない。



「おぉ……?こりゃまた真っ黒な奴が来たなぁ?」

「ここは冒険者ギルドだぞー?ママのおつかいならこんなところに来ちゃいけねーぜ!わっはははは!」

「ご用件はナニかなー?んー?」

「弱い者イジメは良くねーぜ!」

「いいぞいいぞー!喧嘩しろー!はははははは!」



「……あの純黒のローブ……もしかして……っ!?」



 オリヴィアとリュウデリアが入ってくると、洗礼のようなものを受ける。この程度で怖じ気づく程度ならば到底命の危険が付き纏う冒険者なんてものはやってられないからだ。だがこの洗礼というのは、冒険者登録をしていない気の弱い者達に効果のある洗礼だ。登録を済ませて、虚仮にされるのを嫌う者にすることではない。

 バカにした様子で笑っている冒険者達。その殆どが男であり、チラホラと女が見えるが助ける様子は無く、呆れたような表情をしているだけだった。そんな中で、受付嬢をしている20代くらいの女性がオリヴィアの格好を見て、何かに気付いたようでカウンターから出て来る。

 しかし遅かった。依頼が貼られている掲示板に向かっているオリヴィアの進行方向に出て来た男が居た。腰に付けた剣には細かな傷が目立ち、身につけている鎧にも使ってきたという証が刻まれている。身長は180程でオリヴィアよりも大きく、見下ろしている。顔に浮かべるのは笑み。出方を窺っているような目をしている。



「よぉ、何しに来たんだ?依頼でも受けに来たのか?言っちゃ悪いがお前みたいなひょろい奴は魔物にすーぐ食い殺されちま──────」

「邪魔だ。退け」

「……何?」

「退けと言っている。あと3秒以内に退かなければ、診療所に厄介になることとなるぞ」

「へぇ……そりゃ楽しみだなァ?」

「そうか──────精々後悔するがいい」



 男は挑発的な笑みを浮かべていたが、周囲の空気が変わった事を肌で感じ取った。騒がしかったギルド内が一気に静かになった。殺意……ではないが、身の毛もよだつ何かが流れている。このままだとどうなるか解らない。そんなものだ。

 見下ろしている純黒のローブを着た、声からして女だろうコイツから不穏な気配が向けられる。肩に乗っている見たことのない使い魔らしい魔物が黄金の瞳で見つめてきて、尻尾がゆらりと揺れた。その瞬間、男は恐ろしい程強大な攻撃的気配を感じた。

 変な脂汗を額に掻き始め、無意識の内に腰に付けた愛用の剣に手が伸びていて、本気で……殺す気で振るおうとしている。少し度胸を見るつもりで声を掛けただけなのだが、大変な事態になっていることを自覚した。静まり返った空気の中、男は使い続けている愛剣を引き抜く。



「──────そこまでです!」



「──────っ!!」

「……………………。」



 だが、男の愛剣が抜かれることはなかった。睨み合う両者の間に駆け付けた受付嬢が滑り込み、両手をそれぞれに向けてストップを掛けたのだ。殺伐とした空気が緩和されていく。男は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめて戯けている。だが内心では割って入って来てくれた受付嬢に感謝していた。

 恐らく、このまま剣を抜いていれば死ぬことになっていた。別にそこまでやり合うつもりはなかったので、正直助かったと思っていた。その件の受付嬢は眉間に皺を寄せて怒っています!という表情をし、男の鍛えられた胸筋に人差し指を突き付けているのだが。



「トラバさん!あなたは今、とっても危なかったんですからね!」

「悪かったよ。そこの黒い嬢ちゃん傷つけちまうところだった」

「はい?……あぁ違いますよ。トラバさん本当に危なかったんです!この人はオリヴィアさん。Dランク冒険者でありながら、隣国を襲った魔物の大群で多大な活躍をし、更にはその中に居た推定Sランク相当の突然変異オーガを単独で斃したというとんでもない実力者です!」

「は……はぁ!?Sランクの魔物を単独!?何かの間違いだろ!今ヒナちゃんがDランクだって言ったじゃねーか!」

「オリヴィアさんは飛び級のランク上昇を拒否しているので、普通の速度でランクを上げているだけです!冒険者協会からはAランク冒険者の3人を一度に再起不能にしたという記録もあります!正当防衛が成り立っていますが、相手は四肢を斬り落とされる重傷……今剣を抜いて斬り掛かっていれば、トラバさんは今頃冒険者を続けられない体になっていましたよ!反省して下さい!バカにしていた他の方々もです!」

「こ、コイツが……そんな奴だったとは……」



 受付嬢の介入によって、絡んできた男であるトラバは信じられないものを見るような目でオリヴィアを見ていた。周りに居た冒険者達も、サラッとやって来た奴がそんな大物だったとは知らず、もしかしたら受付嬢が話した四肢を斬り落とされて再起不能になったAランク冒険者みたいになっていたかも知れないと思うと生唾を飲み込んだ。

 ということは、あの時感じた不穏な気配というのは、割と本気で危険な状態だったのかと反省したトラバと、素直に謝りながら頭を下げる彼に、腰に手を当てて怒っている受付嬢の構図がある。それを尻目に、オリヴィアはその横を通り過ぎていき、さっさと依頼が貼られた掲示板の前まで行ってしまった。

 最早トラバの事など眼中に無いという行動に少し思うものがあるが、次絡みに行けば十中八九ぶちのめされると解ったので、何も言わずに座っていた席へと戻っていった。謝罪も受け取ろうとしていない感じなので、先までのやりとりのすぐ後で話し掛けても嫌がられるだろうと考えて近付くのをやめた。

 トラバの冒険者ランクはA。ベテランと言っても良いほどの実力者なのだが、同じAランク冒険者が3人同時にやられたともなれば、自信に勝ち目は殆ど無いだろう。引き際を見極めるのも、冒険者をやっていく上で必要なスキルなので、それに従うのだ。



「ゴーレム3体の討伐。誰かが造ったのか……?……土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した存在がゴーレムか。なるほど……変わった魔物だからこれにするか」

「あの……オリヴィアさん?」

「……先の受付嬢か。何用だ?」

「えっと、先程は勝手にオリヴィアさんの事を話して申し訳ありませんでした!……いくらトラバさんを止めるのと、他の方々の牽制するためだとしても個人情報を勝手に漏洩してしまったので謝罪をと思いまして……」

「既に情報を漏らしてしまった以上、どうしようが意味は無い。ならばもう良い。咄嗟であり、意図していないならば赦す。だがまた同じ事をした場合は故意によるものと判断してそれ相応の罰は受けてもらう。良いな?」

「はい……ありがとうございます。そして本当にすみませんでした……っ」

「解ったからもう良い。それよりこの依頼を受ける。手続きをしろ」

「あ、はい!お任せ下さい!」



 わざとではないにしても、冒険者の個人情報を勝手に他の者達に話してしまったので誠心誠意の謝罪をした。深々と頭を下げる受付嬢に、1つ溜め息をして赦してやった。だが同じ事をすれば、それは故意であったものとみなすと警告を入れておく。別に喋られて困るものでもないが、勝手に喋られるのは不快だ。

 掲示板から依頼書を千切って頭を上げた受付嬢に渡すと、パタパタと急いで受付カウンターの方へ行って手続きを始めた。他の冒険者達は、相当な実力者だと解ったオリヴィアの事を遠目に見てさり気なく観察しているので、受付はスムーズに進んだ。

 ゴーレムを討伐する依頼は冒険者ランクDから受けられるものなので、オリヴィアが受けられることを受付嬢は知っている。なのでタグの提示はせずに手続きは完了した。その旨を受付嬢が話すと、その場から踵を返して扉から出て行ってしまった。

 彼女達のことを見ていた冒険者達は、はぁ……と息を吐き出した。Aランク冒険者を歯牙に掛けず、Sランク相当の魔物を斃す存在が、血気盛んだったらどうしようかと警戒していたのだ。あとバカにした事への報復を恐れていたという節もあるが。






 手を出したりバカにするのはやめよう。そう心に誓った冒険者達とは別に、オリヴィアとリュウデリアは仲良く笑い合いながら目的のゴーレムの元へ向かっていった。





 ──────────────────


 街・クランカー

 辺境伯が治める街で、国境を越えた者達が大体寄る。レッテンブルと同じくらいの広さを持ち、魔物が居るので外壁の外側は堀がある。出入り口は2箇所あり、北側と南側に設置されている。上げることが出来る橋が架かっているので、いざという時は上げて誰も中へ入れないようにする。




 受付嬢・ヒナ

 冒険者協会からのお達しで、オリヴィアの特徴等を把握していたので、絡みにいくと重すぎる返しが来ることを察し、殺伐とした雰囲気の中に入り込んだ女性。受付嬢歴は6年。なので冒険者達の全員と顔馴染みであり、冒険者達は彼女の言うことにはちゃんと従う。

 年齢は20代であり、彼氏は居ない。良いかも……と思っている男性が居る。同じ20代の細身で筋肉質な男性。笑顔が素敵らしい。




 オリヴィア

 ギルドでトラバに絡まれた時は、自身が四肢を斬り落としてやろうと考えていたが、受付嬢が止めたのでやることは無かった。だがしつこく絡んでくる奴が居れば遠慮なくやる所存。




 リュウデリア

 トラバがオリヴィアに斬り掛かろうとした時、密かに尻尾の先に純黒なる魔力で形成した刃を用意していた。抜剣していたら確実に達磨にしてた。




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