【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
33 / 247
帝都の大学

親子の差

しおりを挟む
 少しばかり迷いそうになったが、どうにか辿りつたリュディガーの父ローベルトが住む家。

 扉の前で大きく何度か深呼吸してから、静かに扉をノックする。

 はい、と返事があってから、やや間を置いて、杖をつく音と足を引きずる音が近づき、やっと扉が開く。

 応答に続き、足は不自由なままなだが、それ以外は先日見かけた彼と変わらずな様子に、キルシェは安堵した。

「キルシェさんじゃないか」

 あまりにも予想外だったのだろう。最初こそ驚くリュディガーの父ローベルトだが、すぐに柔和な笑みで歓迎の意を示した。

「お独りかい? どうしてまた。カーチェを聞かせに来てくれた感じでもなさそうだが」

「あの……えぇっと……ご、ご飯は大丈夫かな、と思いまして」

 当たり障りのない質問を選んだつもりだったが、それだけでローベルトは察したらしく、表情が真剣なものになった。

「……リュディガーに何かあったんだね?」

 図星をつかれ、一瞬息を飲んだキルシェ。

 __ということは、報せはまだ来ていない……。

 なんと間の悪い。

 しかしもはや、観念して頷くしかなかった。ここで今取り繕っても、必ず身内の彼には、リュディガーの状況を報せに来るはずだ。

「はい……。あの……召集が昨日あって、魔穴の対応へ大学から向かったそうで」

 おやまぁ、とローベルトは眉間に皺を寄せた。

「詳しくはわからないのですが、まだ戻ってくるには時間がかかるようです。大きな怪我はしていないそうですが、瘴気に当てられて床についたままだと、大学に報せが。峠は超えたとも聞いています」

「なら、お勤めは無事に果たして戻ったわけだね。それは僥倖だ」

 うんうん、と満足気に頷くローベルト。

 彼は慣れているのだろうか。あまり動じた風がなくて、身内でもないキルシェの方が浮きし立っている温度差に戸惑ってしまう。

 そうか。そもそも、現役で龍騎士だった頃なら、今日のようなことは常に起こり得て、死の淵に佇んでいるような状況だった。__本人も家族も、腹を括っている。

 無論、死んで平気な顔でいるわけではないし、生きて帰ってくれ、と願ってやまないことに違いないだろう。

 落ち着いていたローベルトは、はっ、としてキルシェを見た。

「__って、まさか、あの子が動けないから、それで、私を気にかけてわざわざ来てくれたのかい?」

「はい。お節介とは思ったのですが……食べ物をリュディガーが運んでいましたし、お御足が悪かったようにお見受けしていたので」

「これは、なんともありがたい。一応、細々とすれば一週間は食いつなげるようリュディガーがしていってくれるんだが……いいお友達を持ったようだね、あの子は」

 いいお友達、とは光栄なことだ。少しばかりこそばゆい。

「何か、作っていきます。明日、また食材で足りないものとかお持ちしますので、それまでの食事ということで」

「いいのかね?」

「はい、勿論です」

 悪いね、と眉根を寄せて、ローベルトは中へ誘った。



 どうせ作るのなら食べていくといい、という勧めもあり、キルシェはリュディガーのことをわかる範囲で話す心づもりでいたから、流れでご相伴に預かることになった。

 調理をしながら、必要そうなものを頭の片隅に記憶していく。

 そうして、ありあわせでできたものは、豆のスープ、馬鈴薯とベーコンを炒めた物、炒り卵で、あとはパン、チーズ、腸詰め、それから酢漬けの胡瓜を添えられたぐらい。

 幸いにして、薬草学を修了したリュディガーが用意したからなのか、香辛料には事欠かなかったから、ありきたりな料理も味を冴えさせることができた。

 お世辞かもしれないが、美味しい美味しいといって食べるローベルトと同じテーブルを囲う。

「手際がいいね、キルシェさんは」

 調理用の台所の暖炉に火を入れるところからだったから、もう少し掛かりそうだったものの、思いの外全てが順調に済んだのは幸いだった。

「__明日はもう少し早い時間に来られると思います」

 水差しからローベルトのグラスに水を注いで足し、自分のグラスにも注ぐ。

「無理のないように。一応、大家さんも、私やリュディガーのことを承知で、たまに声をかけてくれているから」

 それを聞いて、キルシェはいくらか安堵する。

「そうですか。心強いですね」

「リュディガーがここを見つけてくれたからね。奥まっているが、大家さんの為人で決めたらしい」

 嬉しそうに言って布巾で口を拭い、ローベルトは水を一口飲んだ。

「何もそこまでしなくていいのに、と思うぐらい良くしてくれてね……。あの子はほら、養子だろう? なのに、こんなに細やかに世話を__」

「え__」

 キルシェは、養子、という言葉にひとつ心臓がはずんで、思わず手を止める。

「おや、聞いていないのかい?」

 ぎこちなく、こくり、と頷く。

「おやまぁ……そうかい」

 __何故、言わなかったのかしら……。

 自分が養子だ、と明かしたとき、私も、と言いそうなものなのに__。

 茶色い髪と髭には白髪が混じり、やや灰色がかった青い瞳のローベルト。対してリュディガーは榛色の髪に、穏やかでありながら深く強い眼差しの紫よりの青。

 __お母様似なのだと思ってたいたのだけれど……。

「__なら、実の父親と認めてくれてはいるのかもしれないね。面と向かっては改めて言わないけれど。まあ、言われたところで、なんて顔していいかわからないし、こそばゆいから、言わないでくれてよかったか」

 仲睦まじいやりとり。皮肉のひとつやふたつも言い合っていたその様子は、親子としか思えなかった。

 なるほど、とキルシェは納得した。

 その可能性はある。彼と自分では、養父に対する温度差が違うのだ。

 これまで育ててもらって、そしてこうして大学へ在籍していられるのは、養父のお陰だ。その点は感謝している。だが__。
 
 __どうにも、反りが合わないのよね……。

 恩を感じているからこそ手助けしたくて進んで動いていたが、父にはそれが疎ましく思えたのだろう。

 キルシェは当時を思い出し、内心ため息を零してしまう。

「今じゃあんだけ立派な体格になっているがね、最初会ったときは、ガリガリに痩せこけててねぇ。かなり苦労してたみたいだったよ。聞けば身寄りはいないと言うじゃないか。心配だったから、様子を見るのも兼ねて、明日もおいでと言って簡単な農作業を毎日手伝ってもらううちに、流れで養子に迎えたんだ」

「そう、でしたか……」

「私は、領地管理人だったんだよ。ゲブラー州のとある貴族さんとこの。私の手伝いをしてくれているうちに、リュディガーは読み書き計算を覚えた。とても要領よくてね。慣れてくると、私の間違いを指摘してくるぐらいだった。__本当に、いい息子だよ。私にはもったいないぐらいの」

 握るグラスを、懐かしむような視線で見つめるローベルト。

 __彼は、恵まれた家族に巡り会えたのね……。

 羨みはしないし、嫉妬もない。ただ純粋に、よかったと思える。
 この父のもとだったから、今の彼がある。

 __私のように、ひねくれもしなかった。

 自嘲していれば、暖炉の上の壁にかけられた時計が7つ鐘を打った。この家へ訪れて、およそ3時間は経っている。

「おや、これは長く捕まえてしまったようだね」

「いえ、こちらこそ、長居しすぎました」

 片付けます、と言って席を立ち、食器類をまとめて台所へ運び、食器を洗っていく。

「__食器は、明日片付けますので、このままで」

「なんだか悪いね、何から何まで」

 恐縮するローベルトが座るテーブルに、明日の朝、彼が最低限の動きで済むよう朝食の配膳を済ませて、温めるスープなども台所で準備を済ます。

「本当に、無理のないように。学業が本業なんだから、キルシェさんは」

 はい、と笑んで、キルシェは一礼をし、出入り口の扉を開けた。

「おっ……と」

 扉を開けたと同時に、驚き一歩下がる気配。

「?」

 咄嗟に手を止め、薄く開けた扉越しに外を覗けば、キルシェは目を剥くほど驚いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子
恋愛
辺境の小国サイオンの王女スーは、ある日父親から「おまえは明日、帝国に嫁入りをする」と告げられる。 幼い頃から帝国クラウディアとの政略結婚には覚悟を決めていたが、「明日!?」という、あまりにも突然の知らせだった。 ろくな支度もできずに帝国へ旅立ったスーだったが、お相手である帝国の皇太子ルカに一目惚れしてしまう。 絶対におしどり夫婦になって見せると意気込むスーとは裏腹に、皇太子であるルカには何か思惑があるようで……?

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

王妃候補は、留守番中

里中一叶
恋愛
貧乏伯爵の娘セリーナは、ひょんなことから王太子の花嫁候補の身代りに王宮へ行くことに。 花嫁候補バトルに参加せずに期間満了での帰宅目指してがんばるつもりが、王太子に気に入られて困ってます。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

処理中です...