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帝都の大学
人馬一体の試み Ⅱ
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__あれは……弓?
「__今ですか?」
まさか、と思っているキルシェ以上に、リュディガーのほうが驚いていた。
「やれる、という触れ込みだが?」
「それは、自覚なしというもので__」
「なに、外したってかまわんさ。試しにやってみる、と思って。いずれやるのだし」
「……承知いたしました」
離れたキルシェにもわかるほど、彼の顔は渋い顔になっていた。
ヘルゲに教わりながら、矢筒を袈裟懸けに腰だめ近い背中に負い、腰当てに固定して、弓を持って片手で手綱を捌き馬をマルギットが待機する場所まで走らせる。
__やるの……。
「矢筒には5本入っている。我らが龍帝御一門の五宮家を表していることが始まりであるが、万が一の予備が含まれての数だな。まぁ、矢筒から抜く時ならいざしらず、番えるときに落としたら、もう一矢__などとは間に合わないものだと思ってくれ」
ゲオルクの言葉は、リュディガーも含むすべての候補者に向けられたもの。
馬場の半分をめぐるように、やや速歩でサリックスを走らせるリュディガーは、立ち上がったまま、しきりに矢筒の中程に手を差し込むような動きを繰り返していた。
よくよく見れば、矢筒の中程は剥き出しで、そこから矢を引き抜くような形らしい。
次に、両腕を捲くり、実際に矢を取り出しては、そのまま流れる動きで弓に番える動きを反復する。そうして馬場をめぐること2周__彼の視線は的を凝視するようになった。
その横顔を見、キルシェは息を呑んだ。
馬に跨った__もとい、立ち乗りをしたままの彼の様が、獲物を虎視眈々と狙う獰猛な獣のそれに見えたのだ。
__弓射のときとは違う……。
キルシェが弓射のときの彼と比べていれば、リュディガーがやや身を倒し、手綱を持って馬の首を返してマルギットの方へと戻っていく。
「__参ります!」
よし、と馬上で腕を組むゲオルクの許可が下り、マルギットの元で回り込むように向きを変えるや否や、急激にサリックスが加速した。
それと同時にリュディガーは手綱を離して早速一矢取り出し、弓を取り直しつつ番え、的を通り過ぎ様に放った。
たっ、と小気味いい音を発した的は、しかしそのままそこにあった。掠めただけのようである。その音を聞き、キルシェは胸が高鳴った。
「嘘……当たった……?」
的は当たれば砕けやすいよう、薄い板でできている。当たった、射抜いた、ということが確実に遠目にでもわかるように。
音がしたのであれば、当たったのは確実__と考える隙があらばこそ、彼はすでに2つ目の的に至っていたのだが、番えるのが間に合わず、それを見送って最後の的を狙い始めた。
それはしかしながら、最初の的同様、小気味いい音を立てただけだった。
「ああぁ……っ!」
走り抜け、悔しげな呻きを漏らすリュディガー。
それは、弓射の鍛錬でもなかった反応で、キルシェは驚きに目を見開いた。
__あれほど感情を顕にするなんて、これまで見たことがないわ。
リュディガーは、手綱をとりつつ鞍に座った。的を振り返って改めてその成績を見た彼は、やれやれ、と首を振る。そこで視線があったキルシェに、肩を竦めて自嘲をしてみせた。
ぶっつけ本番でこれほどの成果を出せたのだ。なぜ詰る必要があるだろう、と思うキルシェは笑顔で首を振って称賛の意を示す。
その最中、ゲオルクが大きく拍手を送るので、皆も我に返って次第に拍手を贈り始めた。
当たらないだろうと思っていた候補者らからは、驚きとも感嘆ともわからない声がこぼれた。
それに対して当人は、やめてくれ、と手を振って拒否を示す。その顔は、とても渋い顔になっていた。
ヘルゲに耳打ちされてから、ゲオルクは馬の上で伸び上がるようにして立ち、手を翳して一同の拍手を止めた。
「一矢目は、掠ってはいた。それだけでも十分だったが、二の的を見送りこそすれ矢を番えて再び放てただけでなく、三の的は一矢目よりも確実に叩けていたのには、驚かされた。的が砕けなかったのは、少しばかり引き絞り切る前に速く放ったが故のことだろう」
__よく、あんなところから、事細かく……。
「……最後の矢について、よくおわかりで」
サリックスをゲオルクらの方へと歩ませるリュディガー。対してゲオルクは、鞍へ腰を下ろすと人の悪い笑みを浮かべた。
「うちには、地獄耳と千里眼を持つ者がいるのでなぁ」
__ヘルゲさんのこと。
耳長族は、耳は往々にして人よりも遥かによく、そして、目もよい。
先程の耳打ちは、彼の能力を生かした見立てなのだろう。
表情一つ変えないヘルゲは、戻ってきたリュディガーから矢筒と弓を受け取る。その際、ご苦労、と彼の口元が動いたのをキルシェは見逃さなかった。
その彼は、リュディガーの反応を待つことはなく、いつの間にかマルギットが回収してきた矢も受け取って仕舞い始める。
「__とまあ、皆、こんな感じだ。……では、少し二苑の森を観光してもらって、厩へ馬を返してから、此処へ戻ってきて解散としようか」
大きく手を打つゲオルク。
合図を受けて、候補者らは馬場をめぐり始めるも、目的はやはり的__それも一の的と三の的のようで、彼らはそこで馬を止めて観察し、ちらちら、とリュディガーとを見比べ始める。
そのリュディガーはといえば、彼らの視線を気づいているのかいないのか、まったく気にも止めず、マルギットから労いの言葉とともに、竹の水筒をもらって会釈を返してから、キルシェの方へと戻ってきた。
「ご苦労さまでした、リュディガー。すごいですね、当てられたなんて」
しかも皆から注目される最中で、である。
彼は他人の視線__存在する気配そのものを気にして、注意を削がれ易く、それが弓射の成績が振るわない原因であったのだ。
「まぐれだ、まぐれ」
竹筒の栓をとり、中身を飲むリュディガーは、的を振り返る。
「当たらなくてもかまわん、と言われていたから、そこまで気負わずにすんだだけだ」
なるほど、とキルシェは溜飲が下った。
弓射では、当てなければならない、という切実な思いは確かに強く出てしまう。大学卒業のための必修なのだから。
しかしながら、これはそれとは関係ないもので、しかもまだ候補者のひとり。
__しかも先程のは、練習でもなんでもなく、試せ、と言われただけだものね。
だとしても、とキルシェは的を見る。
__私は、この馬と、そしてこの鞍にまずは慣れるところからなのよね。
リュディガーはサリックスという、かつての愛馬だ。ある程度つうかあの仲と言ってもいいだろう。
対して自分は、彼とは比べ物にならないくらい、下からの始まりなのだ。
「__キルシェ、とんでもないことを始めさせられたぞ、我々は……」
「……知ってますよ」
どちらともなく、重い溜息が溢れるのだった。
「__今ですか?」
まさか、と思っているキルシェ以上に、リュディガーのほうが驚いていた。
「やれる、という触れ込みだが?」
「それは、自覚なしというもので__」
「なに、外したってかまわんさ。試しにやってみる、と思って。いずれやるのだし」
「……承知いたしました」
離れたキルシェにもわかるほど、彼の顔は渋い顔になっていた。
ヘルゲに教わりながら、矢筒を袈裟懸けに腰だめ近い背中に負い、腰当てに固定して、弓を持って片手で手綱を捌き馬をマルギットが待機する場所まで走らせる。
__やるの……。
「矢筒には5本入っている。我らが龍帝御一門の五宮家を表していることが始まりであるが、万が一の予備が含まれての数だな。まぁ、矢筒から抜く時ならいざしらず、番えるときに落としたら、もう一矢__などとは間に合わないものだと思ってくれ」
ゲオルクの言葉は、リュディガーも含むすべての候補者に向けられたもの。
馬場の半分をめぐるように、やや速歩でサリックスを走らせるリュディガーは、立ち上がったまま、しきりに矢筒の中程に手を差し込むような動きを繰り返していた。
よくよく見れば、矢筒の中程は剥き出しで、そこから矢を引き抜くような形らしい。
次に、両腕を捲くり、実際に矢を取り出しては、そのまま流れる動きで弓に番える動きを反復する。そうして馬場をめぐること2周__彼の視線は的を凝視するようになった。
その横顔を見、キルシェは息を呑んだ。
馬に跨った__もとい、立ち乗りをしたままの彼の様が、獲物を虎視眈々と狙う獰猛な獣のそれに見えたのだ。
__弓射のときとは違う……。
キルシェが弓射のときの彼と比べていれば、リュディガーがやや身を倒し、手綱を持って馬の首を返してマルギットの方へと戻っていく。
「__参ります!」
よし、と馬上で腕を組むゲオルクの許可が下り、マルギットの元で回り込むように向きを変えるや否や、急激にサリックスが加速した。
それと同時にリュディガーは手綱を離して早速一矢取り出し、弓を取り直しつつ番え、的を通り過ぎ様に放った。
たっ、と小気味いい音を発した的は、しかしそのままそこにあった。掠めただけのようである。その音を聞き、キルシェは胸が高鳴った。
「嘘……当たった……?」
的は当たれば砕けやすいよう、薄い板でできている。当たった、射抜いた、ということが確実に遠目にでもわかるように。
音がしたのであれば、当たったのは確実__と考える隙があらばこそ、彼はすでに2つ目の的に至っていたのだが、番えるのが間に合わず、それを見送って最後の的を狙い始めた。
それはしかしながら、最初の的同様、小気味いい音を立てただけだった。
「ああぁ……っ!」
走り抜け、悔しげな呻きを漏らすリュディガー。
それは、弓射の鍛錬でもなかった反応で、キルシェは驚きに目を見開いた。
__あれほど感情を顕にするなんて、これまで見たことがないわ。
リュディガーは、手綱をとりつつ鞍に座った。的を振り返って改めてその成績を見た彼は、やれやれ、と首を振る。そこで視線があったキルシェに、肩を竦めて自嘲をしてみせた。
ぶっつけ本番でこれほどの成果を出せたのだ。なぜ詰る必要があるだろう、と思うキルシェは笑顔で首を振って称賛の意を示す。
その最中、ゲオルクが大きく拍手を送るので、皆も我に返って次第に拍手を贈り始めた。
当たらないだろうと思っていた候補者らからは、驚きとも感嘆ともわからない声がこぼれた。
それに対して当人は、やめてくれ、と手を振って拒否を示す。その顔は、とても渋い顔になっていた。
ヘルゲに耳打ちされてから、ゲオルクは馬の上で伸び上がるようにして立ち、手を翳して一同の拍手を止めた。
「一矢目は、掠ってはいた。それだけでも十分だったが、二の的を見送りこそすれ矢を番えて再び放てただけでなく、三の的は一矢目よりも確実に叩けていたのには、驚かされた。的が砕けなかったのは、少しばかり引き絞り切る前に速く放ったが故のことだろう」
__よく、あんなところから、事細かく……。
「……最後の矢について、よくおわかりで」
サリックスをゲオルクらの方へと歩ませるリュディガー。対してゲオルクは、鞍へ腰を下ろすと人の悪い笑みを浮かべた。
「うちには、地獄耳と千里眼を持つ者がいるのでなぁ」
__ヘルゲさんのこと。
耳長族は、耳は往々にして人よりも遥かによく、そして、目もよい。
先程の耳打ちは、彼の能力を生かした見立てなのだろう。
表情一つ変えないヘルゲは、戻ってきたリュディガーから矢筒と弓を受け取る。その際、ご苦労、と彼の口元が動いたのをキルシェは見逃さなかった。
その彼は、リュディガーの反応を待つことはなく、いつの間にかマルギットが回収してきた矢も受け取って仕舞い始める。
「__とまあ、皆、こんな感じだ。……では、少し二苑の森を観光してもらって、厩へ馬を返してから、此処へ戻ってきて解散としようか」
大きく手を打つゲオルク。
合図を受けて、候補者らは馬場をめぐり始めるも、目的はやはり的__それも一の的と三の的のようで、彼らはそこで馬を止めて観察し、ちらちら、とリュディガーとを見比べ始める。
そのリュディガーはといえば、彼らの視線を気づいているのかいないのか、まったく気にも止めず、マルギットから労いの言葉とともに、竹の水筒をもらって会釈を返してから、キルシェの方へと戻ってきた。
「ご苦労さまでした、リュディガー。すごいですね、当てられたなんて」
しかも皆から注目される最中で、である。
彼は他人の視線__存在する気配そのものを気にして、注意を削がれ易く、それが弓射の成績が振るわない原因であったのだ。
「まぐれだ、まぐれ」
竹筒の栓をとり、中身を飲むリュディガーは、的を振り返る。
「当たらなくてもかまわん、と言われていたから、そこまで気負わずにすんだだけだ」
なるほど、とキルシェは溜飲が下った。
弓射では、当てなければならない、という切実な思いは確かに強く出てしまう。大学卒業のための必修なのだから。
しかしながら、これはそれとは関係ないもので、しかもまだ候補者のひとり。
__しかも先程のは、練習でもなんでもなく、試せ、と言われただけだものね。
だとしても、とキルシェは的を見る。
__私は、この馬と、そしてこの鞍にまずは慣れるところからなのよね。
リュディガーはサリックスという、かつての愛馬だ。ある程度つうかあの仲と言ってもいいだろう。
対して自分は、彼とは比べ物にならないくらい、下からの始まりなのだ。
「__キルシェ、とんでもないことを始めさせられたぞ、我々は……」
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