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帝都の大学
別れ路の慟哭 Ⅱ
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丁寧に広げた白い布。それをリュディガーの目の前の地面に置く。それはどこか、敬いをもっての動きだ。
その布の上には4つの束。藁ほどの太さにもならない束ねられた糸。それぞれ金や茶、黒、そして__銀。
「辛うじて、焼け残っていたところだけな。全員分ではないだろうが……身元を割り出す手がかりになるのではないか、と」
リュディガーは、さっと血の気が引いた心地になる。
それはあきらかに、人の髪の毛だったのだ。そのひとつ__銀色の遺髪に、心臓が止まった。
「……っ」
どうしようもない、憤り。それが、突然、腹の底から爆ぜるようにして膨らんだ。
「ああああああああああああああっ!!!」
地面を殴った。殴って、そのまま地面に崩れる。
「なんで! なんでこうなる?!」
役目を終え、茶色く枯れた草を握りしめ、それを引き抜くようにして拳を振り上げて、幾度も拳で地面を殴る。
「痛かったよな……熱かったよな……」
あの日、全力で、無理矢理にでも引き止めていればよかった。
「……本当に、すまない……」
あの日、しっかりと伝えていれば、彼女は留まってくれていたかもしれない。
「すまなかった……」
あの日、魔物の討伐を丁寧にできていれば、こうはならなかったのではないのか。
__私はそこまで世間知らずではない。どうやったって、全部助けられないときがあることだって、知っているわ。理解している。
不意に、脳裏に蘇った声にリュディガーは息を詰めた。
そう言って労るように寄り添って、手を包み込んでくれた。
__貴方が、全力をかけなかったはずないもの。
「……あぁ……だが……こんな……」
リュディガーは全身で呼吸をしながら、気怠く上体を起こす。しかし、そこから動けなかった。立ち上がる気力がわかないのだ。
こんな寒い中、野ざらしで朽ちていく。それがキルシェの最期だというのか__。
戦とは無縁で、天寿を全うできるはずだったはず。
少なくとも、自分のような輩がこういう死に方になり易いというのに、どうして彼女が__。
近くの大岩が動いた__否、それは大岩ではなく、騎龍のキルシウム。
__濡レル。
頭上が更に陰った。途端、体にあたっていた雨が途切れた。キルシウムが翼で雨よけを作ったらしい。
そのキルシウムの優しさが、余計に自分の罪悪感を駆り立てる。
「龍を従えているから、龍騎士だと思ったが、お前さん__」
獣人が言葉を切ったのは、唸るような咆哮が木霊したからだ。遠くで木霊する雷鳴のようでもあるそれは、谷底から。
はっ、と我に返って顔を上げると、雨に打たれて薄れた霧が、ふわり、と踊り、避け、そこから黒い陽炎が、現れた。陽炎には、血のような赤い双眸があり、まっすぐこちらを見つめている。
双眸は、うっすらと細められた。
__四つ足の……っ!
全身の血が沸騰した。とっさに得物を引き抜こうと腰だめに手をやるが、手が空を掴む。得物を佩いていないことを失念していた。
しまった、とリュディガーが視線を断って腰だめに視線をむける最中、キルシウムが咆哮を上げてリュディガーを乗り越えるように四つ足に一気に飛びかかる。
「よせ! いまのお前じゃ__」
リュディガーが叫んだ刹那、四つ足の身体が不自然にぶれた。同時に動きが止まる。それを好機と捉えたキルシウムが飛びついて、四つ足の身体を地面に押さえつける。
その四つ足の首根元に、はっきりと何かが突き刺さっているのが見えた。
それが鈍色に輝く槍だと気づいたときには、白い影がその槍に飛び付いて引き抜き、体重を掛けるように、改めて突き立てる。
それは、的確に脳天を刺し貫いて、四つ足は断末魔の咆哮をあげる間もなく、そのまま動かなくなった。
ぬらり、と立ち上がり、槍を無造作に引き抜くのは、つい今しがたまで、自分の側近くにいた白い影__獣人だった。
こだわりなく槍を振るって、穂先に付着した血糊を払う獣人。
「これで龍帝従騎士団にも、州軍にも恩を売れた__ん?」
ぴくり、と兎の耳がうごいて、獣人が空を見やる。
遠い彼方。低い位置を、急速に近づく大きな鳥__龍。
「龍帝従騎士団?」
四騎は高度を更に下げ、リュディガーの近くに舞い降りた。
「嘘だろおい。__リュディガー!」
鞍から飛び降り、兜を外して駆け寄るのはエルンストだった。
駆け寄るエルンストは、険しい表情をしていた。そして、リュディガーの有様__特に手に目を留めると、眉間に深いしわを寄せた。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ!」
呆れたような大声を上げ、彼は手甲と手袋を外す。
そして、腰の合切袋から石を取り出して、リュディガーの目の前に座ると、石を握らせて、自身の手で更に包むようにした。
「__ったく、お前、せめて、手袋ぐらいしろよ! 凍傷なりかけてるじゃないか!」
言われて気づいたが、確かに手は赤くなっているだけでなく、腫れもあるように思えた。だが、そんなこと今更どうでもよいことにリュディガーは思えた。
「なんで、君がいるんだ」
「なんで? なんでだって? キルシウムが急に飛び立ったって報せを受けて追いかけてきたんだよ。__あいつ、万全じゃないってのに」
苛立ちを隠すことなく、声を張り上げるエルンスト。
「__帝都の外に着地して、そこで止まるかとおもいきや、今度はそこからかなりの速度で東へ飛び去るもんだから、何事かと思ったぞ。……まさか、お前を拾って乗せてたなんてな」
リュディガーは、ちらり、と魔物の躯の方へと視線を向ける。
他の龍騎士らは魔物の状態と、リュディガーの傍で雨よけを買って出ているキルシウムの様子を吟味していた。
キルシウムは、実のところ先の魔穴の戦い以後、芳しくない。
矢馳せ馬で中央に出向いたとき、たまに独り呼び出されていたのは、キルシウムの状況を教えてもらっていたからだ。
それなのに、リュディガーの切羽詰まった何かを感じ取って、翼を貸しに来てくれた。
__気ニスルナ。
呼吸が浅く辛そうに首を地面に下ろしたキルシウムが、リュディガーへと視線を向ける。その目はどこか、笑っているように見えた。
その布の上には4つの束。藁ほどの太さにもならない束ねられた糸。それぞれ金や茶、黒、そして__銀。
「辛うじて、焼け残っていたところだけな。全員分ではないだろうが……身元を割り出す手がかりになるのではないか、と」
リュディガーは、さっと血の気が引いた心地になる。
それはあきらかに、人の髪の毛だったのだ。そのひとつ__銀色の遺髪に、心臓が止まった。
「……っ」
どうしようもない、憤り。それが、突然、腹の底から爆ぜるようにして膨らんだ。
「ああああああああああああああっ!!!」
地面を殴った。殴って、そのまま地面に崩れる。
「なんで! なんでこうなる?!」
役目を終え、茶色く枯れた草を握りしめ、それを引き抜くようにして拳を振り上げて、幾度も拳で地面を殴る。
「痛かったよな……熱かったよな……」
あの日、全力で、無理矢理にでも引き止めていればよかった。
「……本当に、すまない……」
あの日、しっかりと伝えていれば、彼女は留まってくれていたかもしれない。
「すまなかった……」
あの日、魔物の討伐を丁寧にできていれば、こうはならなかったのではないのか。
__私はそこまで世間知らずではない。どうやったって、全部助けられないときがあることだって、知っているわ。理解している。
不意に、脳裏に蘇った声にリュディガーは息を詰めた。
そう言って労るように寄り添って、手を包み込んでくれた。
__貴方が、全力をかけなかったはずないもの。
「……あぁ……だが……こんな……」
リュディガーは全身で呼吸をしながら、気怠く上体を起こす。しかし、そこから動けなかった。立ち上がる気力がわかないのだ。
こんな寒い中、野ざらしで朽ちていく。それがキルシェの最期だというのか__。
戦とは無縁で、天寿を全うできるはずだったはず。
少なくとも、自分のような輩がこういう死に方になり易いというのに、どうして彼女が__。
近くの大岩が動いた__否、それは大岩ではなく、騎龍のキルシウム。
__濡レル。
頭上が更に陰った。途端、体にあたっていた雨が途切れた。キルシウムが翼で雨よけを作ったらしい。
そのキルシウムの優しさが、余計に自分の罪悪感を駆り立てる。
「龍を従えているから、龍騎士だと思ったが、お前さん__」
獣人が言葉を切ったのは、唸るような咆哮が木霊したからだ。遠くで木霊する雷鳴のようでもあるそれは、谷底から。
はっ、と我に返って顔を上げると、雨に打たれて薄れた霧が、ふわり、と踊り、避け、そこから黒い陽炎が、現れた。陽炎には、血のような赤い双眸があり、まっすぐこちらを見つめている。
双眸は、うっすらと細められた。
__四つ足の……っ!
全身の血が沸騰した。とっさに得物を引き抜こうと腰だめに手をやるが、手が空を掴む。得物を佩いていないことを失念していた。
しまった、とリュディガーが視線を断って腰だめに視線をむける最中、キルシウムが咆哮を上げてリュディガーを乗り越えるように四つ足に一気に飛びかかる。
「よせ! いまのお前じゃ__」
リュディガーが叫んだ刹那、四つ足の身体が不自然にぶれた。同時に動きが止まる。それを好機と捉えたキルシウムが飛びついて、四つ足の身体を地面に押さえつける。
その四つ足の首根元に、はっきりと何かが突き刺さっているのが見えた。
それが鈍色に輝く槍だと気づいたときには、白い影がその槍に飛び付いて引き抜き、体重を掛けるように、改めて突き立てる。
それは、的確に脳天を刺し貫いて、四つ足は断末魔の咆哮をあげる間もなく、そのまま動かなくなった。
ぬらり、と立ち上がり、槍を無造作に引き抜くのは、つい今しがたまで、自分の側近くにいた白い影__獣人だった。
こだわりなく槍を振るって、穂先に付着した血糊を払う獣人。
「これで龍帝従騎士団にも、州軍にも恩を売れた__ん?」
ぴくり、と兎の耳がうごいて、獣人が空を見やる。
遠い彼方。低い位置を、急速に近づく大きな鳥__龍。
「龍帝従騎士団?」
四騎は高度を更に下げ、リュディガーの近くに舞い降りた。
「嘘だろおい。__リュディガー!」
鞍から飛び降り、兜を外して駆け寄るのはエルンストだった。
駆け寄るエルンストは、険しい表情をしていた。そして、リュディガーの有様__特に手に目を留めると、眉間に深いしわを寄せた。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ!」
呆れたような大声を上げ、彼は手甲と手袋を外す。
そして、腰の合切袋から石を取り出して、リュディガーの目の前に座ると、石を握らせて、自身の手で更に包むようにした。
「__ったく、お前、せめて、手袋ぐらいしろよ! 凍傷なりかけてるじゃないか!」
言われて気づいたが、確かに手は赤くなっているだけでなく、腫れもあるように思えた。だが、そんなこと今更どうでもよいことにリュディガーは思えた。
「なんで、君がいるんだ」
「なんで? なんでだって? キルシウムが急に飛び立ったって報せを受けて追いかけてきたんだよ。__あいつ、万全じゃないってのに」
苛立ちを隠すことなく、声を張り上げるエルンスト。
「__帝都の外に着地して、そこで止まるかとおもいきや、今度はそこからかなりの速度で東へ飛び去るもんだから、何事かと思ったぞ。……まさか、お前を拾って乗せてたなんてな」
リュディガーは、ちらり、と魔物の躯の方へと視線を向ける。
他の龍騎士らは魔物の状態と、リュディガーの傍で雨よけを買って出ているキルシウムの様子を吟味していた。
キルシウムは、実のところ先の魔穴の戦い以後、芳しくない。
矢馳せ馬で中央に出向いたとき、たまに独り呼び出されていたのは、キルシウムの状況を教えてもらっていたからだ。
それなのに、リュディガーの切羽詰まった何かを感じ取って、翼を貸しに来てくれた。
__気ニスルナ。
呼吸が浅く辛そうに首を地面に下ろしたキルシウムが、リュディガーへと視線を向ける。その目はどこか、笑っているように見えた。
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