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煌めきの都

予め失われし灯火

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「__オーガスティンの後釜だ」

 投げかけた疑問に対して、リュディガーは拘りなくあっさり、とそう答えた。

「後釜……?」

「__おもねって『氷の騎士』となったが、私の忠誠はすべて龍帝陛下へ捧げている」

「どういう……だって、貴方は__貴方が、オーガスティンを殺したのでしょう?」

「__オーガスティンが、私の襤褸を回収してくれた。本来なら、私が処されていたはずだ」

 どきり、と心臓が一つ大きく打つ心地に、胸元を握るマイャリス。

 __つまり、それでは……貴方は……。

「__貴方も、間諜……なの?」

 その言葉は、震えてしまった。

 期待しながらも、期待してはならない、という反目した想いで。

 見つめる彼は、表情を変えることはなく、小さく静かに首肯した。

「__っ」

 微かな返答に、マイャリスは息が詰まってしまった。

 __なら、これまでのすべては演技……?

 多くを断罪したと聞いている。

 恐れられる存在である、と。

 『氷の騎士』という異名を囁かれるほどの、存在。立場。

 それほどの畏怖を抱かれているのは、実際に手を汚して来たからではないのか。

「……貴方、は……多くを断罪して……オーガスティンだけでなく、マーガレットだって……マーガレットなんて、冤罪だったでしょうに……」

 震えながらも、フルゴルとともに引っ立てられていった彼女の顔は忘れることはないだろう。

 最期のとき、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。それを向けられたはずの、彼は何を想っていたのだろう。

「__あの州城にいる者は、そのほとんどがあらかじめ失われている者ども」

「予め失われ……?」

 何を言わんとしているのか得心が行かず、マイャリスは怪訝にした声を漏らす。

「__すでに命を絶たれている。そして、絶たれていることを知らず、生ける屍として従事している」

 え、と俄には信じがたく、言葉に詰まった。

 __死んでいる?

 そのほとんどが死んでいて、にも関わらず普通に生きているかのように生活している__ということだろうか。

 ほとんど__あの城に出仕している者のどれほどが。

 どうやって。

 いつから。

 __だって、皆……生きていたとしか思えない。

 血色もよかったし、会話も成立していた。表情も豊かで、感情だってあった。__それは、皮肉にも、今目の前のリュディガー以上に豊かであったのだ。

「__マーガレット嬢もそうだった」

「う、そ……」

 ばくばく、と心臓が痛く打つマイャリスは、思わず半歩下がる__が、すかさず手を取ってそれ以上下がらせなかったのは、アンブラだった。

「どうぞ、それ以上は離れぬよう。外へ漏れてしまいます故」

「ぁ……ごめんなさい……」

 アンブラに取られた手を軽く引かれるに任せ、半歩下がった足を前へ出す。

「__彼女は、ハンナ嬢のことにたどり着いてしまったこともあり、州侯にすれば具合が悪かった。それ故、引っ立てられた。私は、できることなら君のそばへ戻そうと思ったのだが、今一度、彼女が君のそばに戻ることは都合が悪かった。……より彼女は州侯の耳と目となってしまうから」

「……マーガレットは、監視だったの……?」

「__本人の意思ではないが、そのように利用されていた。監視対象は、私も含まれていた」

 小さく息が詰まる。目が熱くなって視界が滲んできたが、マイャリスはどうにか奥歯を噛み締めて堪えた。

「__州侯は猜疑心さいぎしんの塊。誰一人として信頼していない」

 __私は、貴方こそが監視だと思っていたのに……。彼女のほうがその役を担わされていたということ……。

 それも知らぬ間に。

「__彼女は最期の瞬間、思い出してしまった。自分の命が予め失われていたということに。そんな彼女は言った。マイャリス様をお願いします、と。私は返した。迷わず逝くと約すなら、と」

 震える吐息が漏れないよう口元を手で覆った。

「ぃ……いつから……」

「__詳細はわからない。オーガスティンの情報から導き出されるのは、おそらくハンナの後だろう、ということだ」

「待って。オーガスティンは、私が偽装されて死んでいた、ということさえ知らなかったのよ? 貴方が言ったから私が知り得て、それを彼に伝えたのに……」

「__彼は、調べられる範囲であったが、そのあたりのことはすべて承知していた。知らない振りをすることぐらいする。自然な形をとるのは当然」

「……どうして、父はそんなことをしていたの……何故……?」

「__おそらくだが、贄。儀式の一貫だったのでは、ということだ」

「儀、式……?」

 リュディガーは、相変わらず表情ひとつ変えないで目を伏せるようにして頷く。

「__すべて、明日の夜会へ向けてのことだろう、というのが我々の見立て。そして、最終目的がわからない」

「実際に、明日にならなければわからない……と、そういうこと?」

「__不本意ながら。だから、予め君に伝えられることを伝えたかった」

「伝えられること……」

 おかげで、かなり混乱しているが。

「……貴方の背後には、龍帝陛下がいるの?」

 リュディガーは、はっきり、と強く頷いてみせる。

 それを見た途端、膝から力が抜けそうになった。それほどの安堵をもたらしたのだ。

 __陛下が、いる。

 見放されてはいなかった。

 見通しておられた。

「__厳密には、陛下ではなく中央。陛下より命を受けた龍帝従騎士団の元帥閣下らだ」

 オーガスティンも中央の手の者。中央__具体的にはわからないが、リュディガーの襤褸をすべて自分が負って処されるを選んだのであれば、お互いの立場を認識して役回りをこなしていたのではなかろうか。

 そして、目の前の彼は、取り入るためにひたすらこなしてきた。オーガスティンの死も無駄にしないために、いまなお。

「……ごめんなさい、リュディガー。私、貴方を見損なっていた……。変わってしまった、と……堕ちてしまったのだ、と。貴方も父に毒されてしまったのだ、と」

 マイャリスは引きつる喉から言葉を絞り出しながら、顔を覆った。

「ずっと、孤独にやってきたのよね……この数年……したくもないことをしてきて、恨まれ続けて……」

 それはおそらく、想像を絶するものだっただろう。

 徹頭徹尾、滅私を貫く生活。

 州侯に忠誠をみせ、望む成果を捧げるという。しかも、一歩間違えば、死が待っている。

 現に、彼はオーガスティンの犠牲の上でここにいるのだ。

 表情や態度に、感情の一切をださないのは、襤褸を出さないためなのだろう。そうやって防衛してきた。

「__それで正しかった。欺いていたのだから、当然のこと」

 __私以上に苦しかったでしょうに……。

 それを知らず、詰っていた自分が恥ずかしくなる。

「……私にできることは?」

「__ただ、今のことを承知していてくれるだけで」

 マイャリスは顔を上げる。

 こころなしか、彼の目元が穏やかな色をたたえているように見えるのは気のせいだろうか。

「__明日は流れにまかせるしかない。今話したことを承知というだけで、私は動きやすい」

「そう……わかりました」

 足手まといにはなるまい。

 明日が最初で最後の好機なのだろう__ふと、そんな考えがマイャリスの脳裏に浮かぶ。

 今日まで、身も心も削るように任務に徹して、今こうして話す場を苦慮しながら設けてくれた。

 __変わってなんて、いなかったのだわ……。

 これ以上は涙すまい、と奥歯を噛み締めた。

 するとアンブラが一度口を開いたのだが、言葉を発するのを躊躇い、リュデュガーへと視線を向ける。

 怪訝にするアンブラにリュディガーは肩を竦めて促し、解せない表情でアンブラはマイャリスへと口を開いた。

「__なんて顔をしている」

 その顔を見つめてくる彼には、どんな風に映っているのだろう。

 懐かしい物言いに、マイャリスは小さく自嘲した。

 そうして、アンブラへと目配せしたリュディガーは、そのまま後方へ下がる。すると、彼の姿は霧の向こうへと霞んで足音さえも聞こえなくなった。

 __終わり……。

 語らいは終わり。

 必要なことを伝えたのだから、これで終い__。

「リュディガー様が、最後に伝えておくように、と」

「何?」

「君は、生きていてよかった、と」

 至極穏やかに言うアンブラに、マイャリスは返す言葉が見当たらなかった__崩れそうになると、唐突に自分はカーチェを構えていることに気づいた。

「__マイャリス様」

 名を呼ばれ、はっ、と我に返る。

 声をかけたのはアンブラで、彼の傍にリュディガーはいなかった。

 周囲は、自分の私室。

 霧の一切ない、仄暗い空間。

「……ご無理を押していただいたようで、申し訳ない」

 彼の言葉を聞いて、自分の頬に濡れたあとがあることに気づく。

 すっく、と椅子から立ち上がったアンブラは、深く一礼をした。

「非礼をお詫びいたします。私はこれで。__どうぞ、お心安く」

 彼はマイャリスの言葉を待つことなく、静かに扉へと向かい、闇に飲まれた廊下へと踏み入り去った。

 ひとり残されたマイャリスは、手にあるカーチェを呆然と見つめることしかできなかった。
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