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煌めきの都

虚妄ノ影 Ⅲ

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「もはや、あれは砕けない……。血の紅を通り過ぎ、あそこまで黒く染まった……どれほどのヒトの血を啜らせたことか……」

 ほう、と感心した声を漏らすロンフォール。

 リュディガーはどこか遠い目線で暫しほくそ笑むロンフォールを見つめ、そして足早にマイャリスらの元へと駆け戻った。

「あの得物は、禍事の神の麾下の得物。あの者__“ウケイシャ”です」

 アンブラがロンフォールを睨みつけるようにしながら、ぽつり、と言う。

 __“ウケイシャ”……リュディガーと同じ……。

 未だに何を意味するか、全くもって見当がつかない。

 どこに共通点があるというのか。

 リュディガーの顔に“ウケイシャ”と関わりがある文様があるが、ロンフォールにはない。だが、スコルは確かにその文様を見てから察していたあたり、無関係ではないはず。

 そうか、と視線で牽制しつつ、リュディガーが問う。

「__アンブラ、正直なところを聞きたい。どっちが楽だ?」

 __どっち?

 答えに一瞬つまったアンブラは、躊躇いながらも口を開く。

「……こちらでない方が」

「なら、そうしてくれ」

 あっさりと答えるリュディガーに、アンブラは流麗な眉を顰めた。

「よろしいのか」

「かまわない。より動ける方がいい。そのほうが、治りも良いのだろう?__ただ、ぎりぎりまで、待ってくれ」

「承知した」

 __ぎりぎり?

 アンブラにそこまで言って、今度はマイャリスへと視線を向ける。

「……鏡の場所は?」

 問われてマイャリスは、ロンフォールを思わず見る。彼は、こちらを見守る様子で、動く気配はなかった。

 何故、手を出さないのだろう__疑問をいだきながら、こくり、と問いかけに答える。

 よし、とリュディガーは、視線をロンフォールへ戻した。

くびきられるな、と言ったが、傷さえ負うな、ということか?」

「言葉通りの意味だ」

「承知した。__なら、やりようはあるな……」

 アンブラの回答に、ひとりごちるリュディガー。

「ここで私が血路を開く。二人は、隙を突いてここを離脱し、鏡を探して戻ってくれ。__庇いきれない」

 それはつまり、独り魔穴の只中に置いていくことになる。

 だが、自分が居たところで何もならないことは事実。足手纏(あしでまとい)なことには、違いない。

 何がどうなって、そして、どうするべきなのか__すでにこの場で、自分は一番遅れを取っているのだ。

 __私自身のことですら……。

 マイャリスは歯痒くて下唇を噛み締めた。

 リュディガーは無言で視線を送りながら、徐に胸元の飾りをひとつぬいて、マイャリスに押し付けるようにして握らせる。

「それをついでに持っていってくれ。__使い方はアンブラが」

 握らされたそれは、一指分の大きさのもの。

 銀で出来ているらしいが、見た目に対して軽い。中は空洞のようだった。

 マイャリスの反応を待たず、リュディガーは一歩前へ出て、二人を自身の陰にする。

「__話し合いは、もういいか?」

 くつくつ、と喉の奥で嗤うロンフォールが言う。

「猶予をお与えくださったようで」

「もはや、お前たちは足掻きようがないからな」

たがはまだ外れていない」

 ちらり、とロンフォールはリュディガー越しにマイャリスへ一瞥をくれる。

「鏡、か……。それを魔穴の中に置いたままにできないのは、お互い様。__とりわけ、お前たちは、だろう。こちらはこのままでも、すでに魔を溢れさせているからかまわんと言えばかまわん」

 が、とそこで強く言葉を区切ったロンフォールは、口元を歪めた。

「__徹底的にしておかねば、な?」

 ごおぉん、と遠く__否、近く、鈍く響いた。

 それは何かが扉に体当たりするときの、わずかに鈍い音に似ている音。この景色が広がる空間が、震えたのがわかった。

 驚いて息を詰め、周囲を見張る__と、リュディガーが走った。

 ロンフォールの周囲に黒い棘が生え貫こうとするが、いとも簡単に斬り伏せられてしまうが、そのままリュディガーは間合いを詰めて直刀を振る。まずはそれを退けるロンフォールだが、立て続けに連撃を受け、流石に後ずさる。

 年齢の差__体力の差というのだろう。

 力負けしているのは明らかにロンフォールなのだが、そこまで苦戦している風ではない。

 その剣戟の合間、相変わらず遠くとも近く例の音がしていて、空間そのものを打つ__しかも、わずかずつ強く体に響くようになってきた。

「まずは鏡を。__そこから最短で戻る」

 最短、と反芻したとき、アンブラの向こう__そう離れていないところに靄が生じた。

 それは瞬く間にヒトの腰溜めほどの大きさで四つ足の異形の姿を形作り、紅く昏い相貌がぎょろり、と現れた途端、地を蹴って迫った。

 アンブラがその異形へ視線を向け、手を振るう。刹那、四つ足の異形めがけて風が奔り、異形を強かに打ち、霧散する。

「スコルの眷属か」

 アンブラが独り言をこぼす最中、ぽつぽつ、と黄金色の草原から湧き出すように靄がまとまり、ひとつ、ふたつ、といくつも四つ足の異形が生じた。

「いよいよここも穢れはじめたか……。__合図を待っていられんな」

 ちらり、とリュディガーを一瞥し、腕を振るう。その度に風が奔って黄金の葉を散らし、異形を討って消していくのだが、その数があまりにも多くなってきた。

「__ここが割れたとき、動く」

 __割れる……?

 怪訝にしながらも、はい、とアンブラに頷いた刹那、銀砂を振りまいたような空に、ヒビが走った。

 それは、拍動するような音とともに徐々に広がって、やがて、全天がヒビに覆われる。

 近く体当たりする音がするたびに、きりきり、と細かくこすれる音がした。ヒビが走った硝子が擦れるそれに似た音。どうやら外から何かが圧を加えているらしい。

 不安を煽るその音が、突然爆ぜた。

 砕けた空は、銀砂のように輝き、黄金色の草地へ零れ落ちる。粉雪にも見える景色の向こうには、ここに至るまでに見た黒く渦巻く靄__瘴気があり、それが溢れてくる。

 その様は、まるで山の端を舐める雲のそれ。明るかった周囲の見通しは途端に悪くなり、薄暗くなってしまった。

 アンブラが動くはず。だが、そう思った矢先、アンブラの姿が草地に沈んだ。

 負傷したのか、それとも限界がきたのか__ひやり、としつつ反射的に見れば、アンブラの姿はどこにもなかった。

 それどころか、彼がいたところから黒い影が黄金色の草地を走り抜けていくのが見え、思わず身をこわばらせる。

「マイャリス!」

 ロンフォールとの剣戟を区切り、黒い棘を生やして牽制しつつつぶさに戻ったのはリュディガー。ロンフォールへ集中していたはずだろうに、常にこちらの動向を見守っていたらしい。

 かさかさ、と草をかき分けて走る影は、四つ足の異形へとぶつかっていき、次々に討っていく。

 無駄のない動きをして走り抜けるそれは、しかしある一点で数瞬動きを止めると、今度は一直線にマイャリスへと迫った。

 その黒い影と同様に、新たに生じた四つ足の異形もまた次々に追うようにしてマイャリスらの元へと迫る。

 リュディガーは胸飾りのひとつを取り出すと中空へ投げ、直刀でそれを叩き切った。すると、刃が薄く青白く光を纏う。

「アンブラ!」

 リュディガーはどこに言うわけでもなく声を張り、マイャリスを中心にして、薄く輝く直刀の刃で、ぐるり、と四方へ向けて横に一閃薙ぎ払う。

 光が奔って、光にあたった異形は二つに身を割かれ、霧散した。__ただひとつ、黄金色の草をかき分け、まっすぐ向かってくる影を除いては。
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