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煌めきの都
虚妄ノ影 Ⅱ
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片翼族は古い種族であるが、現存する種族。数は他に比べて少ないものの帝国にも暮らしていて、マイャリスも見たことはある。
文字通り、彼らは片方の翼しかもたない種族。普段は、それをしまっていて、外見は人間と変わらないが、決定的に違うのは、目元の米粒ほどの石。__角、と呼ばれている器官。そして、黒髪に血のような相貌もかれらの特徴である。
そして宿命も独特で、彼らは必ず双子で生まれ、明確に寿命に限りがある。双子どちらも生きていれば、半世紀__50歳まで生存し、片方だけになってしまったら25歳で命が絶えてしまう種族だ。
明確に寿命がわかっている彼らは、忘却こそ罪とし、世界のすべてを網羅せん、と__手段は不明であるが__ありとあらゆる出来事を記憶して受け継いでいるとされている。
短命であるが、それの反動でか個々の能力は高く、帝国ではよく重用されている。
「確かに、祖国を出て兄弟ともども帝国民となった。アドルフォルはイェソドで文官として、私は龍騎士見習いとしてそれぞれ国籍を得た」
帝国では国の発展のため、外つ国の者にたいして大きく門戸を開いている。
「__だが、どうやっても私にとって祖国は祖国だ。それを、帝国の長の一門のかつての行いによって蹂躙された」
昏くぎらつく眼。すぃ、と不気味に細められたそれに、マイャリスは息を飲む。
「……すべて奪われた。すべてなくなった。対して、神子を生み出した帝国は、豊かなまま。民は龍室と神子との関わりを知らぬまま、のうのうと生きている。我が祖国の皆も、そうして生きているはずだったのに……っ!」
ロンフォールにしては語るに連れ熱が言葉に帯びて、最後は吐き捨てるよう。
自分が楯突いてもこれほど熱を帯びたことがなかったから、マイャリスは驚いていた。
そこまで言ったロンフォールは、ひとつ呼吸を正す。
「__復讐せずにいられるか?」
落ち着いた口調にこそ戻ったが、苛烈なそれが滲み出ていた。
__あぁ……だから、なんとも思わなかったの。
憎い帝国の民だから、殺すことに躊躇はなかったのか。
「国の中からある日突然、大規模な魔が溢れたら__そんなこと、戦神の膝下である帝国でおきるはずもないから、想像すらしないお前たちへの一番の復讐だろう」
「……それに父を誘ったというのか」
リュディガーの声が、低くなった。
「我ながら愚かな兄だ。龍室がことの発端だと説明しても……。せめて静観していれば、死ぬことはなかったというのに」
ロンフォールが言った刹那、風が奔った。
リュディガーが驚くほど疾く地を駆けたのだ。
リュディガーが駆けるのとほぼ同時に、ロンフォールの足元近くで黒い棘が無数に生えた。それは、間違いなくロンフォールを捉えようと伸びるのだが、一瞬にして棘の尽くが斬り伏せられてしまった。
直後に間合いに入ったリュディガーの刃を、得物で受け止めるロンフォール。
呆気にとられるほど瞬く間に起きてしまった出来事で、マイャリスは目を見張って二人を見ていた。
「国家転覆罪は即死罪、か?__まさか私刑ではあるまいな? 龍帝の狗」
喉の奥で嗤うロンフォールに、リュディガーは無言で鍔迫り合ったまま。
「__あの時、草の根をかき分けてでも探して殺しておけばよかったよ。お前も、お前の母ベルヒタも」
鍔迫り合うリュディガーが身を引き、わずかに前のめりに体勢を崩したところで一閃を繰り出す。対して、器用に得物を滑らせて受け流すロンフォールは、その流れを利用して横に振るう。すると、周囲の黄金色の草が宙に舞ったのと同時に、甲高い音がして、リュディガーが弾き飛ばされた。
弾き飛ばされたリュディガーは草地を転げながらもすぐに身を起こして、目に力を込めてロンフォールを視界に納めていた。
「そんなに驚いた眼で見つめることもなかろう。これでも、そこそこに剣の腕に覚えはある__伊達に龍騎士見習いにまでなってはいないのだ」
皮肉っぽく言うロンフォールの言葉に、え、とマイャリスは彼を見た。
そんな経歴は、マイャリスは知らない。
__龍騎士は帝国の誇り……。
龍帝に不変の忠誠を近い、龍帝の言葉の具現者、体現者としての立場を弁え、龍帝の威光を遍くに広げる存在が龍騎士。
龍騎士見習いといえど、その矜持は持ち合わせていて、皆龍騎士になろうと精進するものだ。
__そうでは……ないの?
これまでの養父の行動のどこにも、その片鱗を見た例がない。
「何故、不思議がる。外つ国の者にも、龍騎士への門戸は開かれているだろう」
「……片翼にまでなっていたというのか?」
龍騎士見習い__それは、入団試験を受け通過した者のことを指し、片翼、とも呼称する。
「氣多廟で行方不明になった者がいる__聞いたことはないか?」
「……」
リュディガーは目を細め口を引き結ぶのみで、答えはしない。ただ、マイャリスには、なんとなくであるが、彼が認めているように見えた。
「知っての通り、氣多廟も不可知の領分。その表層にあると言っていい」
氣多廟は、龍騎士がかつての英霊と縁を結び、奇跡の力を得る場所。そこは、帝国にとって聖域と言える。
一般人は__帝国人でさえ、明確に氣多廟の場所を知ることもなく、一生を終える。それほど秘匿された聖域。
__不可知の表層……魔穴同様、間違えれば堕ちることもあり得る……。
「堕ちた……のですか、貴方は」
マイャリスが問う。いくらか喉が乾いていて、声が出しにくかった。
「堕ちた、か……。まあ、そう言ってもいいだろうな」
すい、と薄い色味の青い眼がマイャリスに一瞥をくれ、再びリュディガーへと向けられる。
「__帝国に対しても、龍帝に対しても含むところがある私だ。だから、私の意思だったとも言える」
「……何を言っている?」
ロンフォールはやおら得物を持ち直し、白刃に手を添える様に軽く撫でた。
「祖国を想っていたら……道が目の前に開けて、気がついたら祖国にいた。__瘴気渦巻く我が祖国に」
パキパキ、と乾いた音が手を添えた白刃からし始めた。
音の源である白刃に、明らかにヒビが走りはじめたのが見える。
「そこでこれを得た」
ロンフォールが、白刃を撫でる手に力を込め、今一度撫でる__否、擦る。
すると、白い硝子片のように表面から剥がれ落ち、その下から漆黒の刃が現れた。
弧を、ひとつ、ふたつ、と連続して歪に描く刀身は、白刃の時よりも長さも厚みも増している。柄には邪魔としか見えない刃のような棘がいくつか生えた得物。
その見た目からはかなり重さは増しただろうに、しかしながらロンフォールの構えは白刃の頃と変わらず重さを感じさせない。
「あれに、剄られてはならん……っ」
先程よりは落ち着いたものの、痛みを押し殺したようでありながら、アンブラがリュディガーにも届くようやや強めの口調で言葉を零した。
「あれで、剄った結果が、あの使用人たち」
「博識な呪い師殿には、流石にわかるか」
脂汗をにじませる額__眉間に深い皺をよせ、見るからに不愉快という顔のアンブラは、まっすぐロンフォールを睨みつける。
文字通り、彼らは片方の翼しかもたない種族。普段は、それをしまっていて、外見は人間と変わらないが、決定的に違うのは、目元の米粒ほどの石。__角、と呼ばれている器官。そして、黒髪に血のような相貌もかれらの特徴である。
そして宿命も独特で、彼らは必ず双子で生まれ、明確に寿命に限りがある。双子どちらも生きていれば、半世紀__50歳まで生存し、片方だけになってしまったら25歳で命が絶えてしまう種族だ。
明確に寿命がわかっている彼らは、忘却こそ罪とし、世界のすべてを網羅せん、と__手段は不明であるが__ありとあらゆる出来事を記憶して受け継いでいるとされている。
短命であるが、それの反動でか個々の能力は高く、帝国ではよく重用されている。
「確かに、祖国を出て兄弟ともども帝国民となった。アドルフォルはイェソドで文官として、私は龍騎士見習いとしてそれぞれ国籍を得た」
帝国では国の発展のため、外つ国の者にたいして大きく門戸を開いている。
「__だが、どうやっても私にとって祖国は祖国だ。それを、帝国の長の一門のかつての行いによって蹂躙された」
昏くぎらつく眼。すぃ、と不気味に細められたそれに、マイャリスは息を飲む。
「……すべて奪われた。すべてなくなった。対して、神子を生み出した帝国は、豊かなまま。民は龍室と神子との関わりを知らぬまま、のうのうと生きている。我が祖国の皆も、そうして生きているはずだったのに……っ!」
ロンフォールにしては語るに連れ熱が言葉に帯びて、最後は吐き捨てるよう。
自分が楯突いてもこれほど熱を帯びたことがなかったから、マイャリスは驚いていた。
そこまで言ったロンフォールは、ひとつ呼吸を正す。
「__復讐せずにいられるか?」
落ち着いた口調にこそ戻ったが、苛烈なそれが滲み出ていた。
__あぁ……だから、なんとも思わなかったの。
憎い帝国の民だから、殺すことに躊躇はなかったのか。
「国の中からある日突然、大規模な魔が溢れたら__そんなこと、戦神の膝下である帝国でおきるはずもないから、想像すらしないお前たちへの一番の復讐だろう」
「……それに父を誘ったというのか」
リュディガーの声が、低くなった。
「我ながら愚かな兄だ。龍室がことの発端だと説明しても……。せめて静観していれば、死ぬことはなかったというのに」
ロンフォールが言った刹那、風が奔った。
リュディガーが驚くほど疾く地を駆けたのだ。
リュディガーが駆けるのとほぼ同時に、ロンフォールの足元近くで黒い棘が無数に生えた。それは、間違いなくロンフォールを捉えようと伸びるのだが、一瞬にして棘の尽くが斬り伏せられてしまった。
直後に間合いに入ったリュディガーの刃を、得物で受け止めるロンフォール。
呆気にとられるほど瞬く間に起きてしまった出来事で、マイャリスは目を見張って二人を見ていた。
「国家転覆罪は即死罪、か?__まさか私刑ではあるまいな? 龍帝の狗」
喉の奥で嗤うロンフォールに、リュディガーは無言で鍔迫り合ったまま。
「__あの時、草の根をかき分けてでも探して殺しておけばよかったよ。お前も、お前の母ベルヒタも」
鍔迫り合うリュディガーが身を引き、わずかに前のめりに体勢を崩したところで一閃を繰り出す。対して、器用に得物を滑らせて受け流すロンフォールは、その流れを利用して横に振るう。すると、周囲の黄金色の草が宙に舞ったのと同時に、甲高い音がして、リュディガーが弾き飛ばされた。
弾き飛ばされたリュディガーは草地を転げながらもすぐに身を起こして、目に力を込めてロンフォールを視界に納めていた。
「そんなに驚いた眼で見つめることもなかろう。これでも、そこそこに剣の腕に覚えはある__伊達に龍騎士見習いにまでなってはいないのだ」
皮肉っぽく言うロンフォールの言葉に、え、とマイャリスは彼を見た。
そんな経歴は、マイャリスは知らない。
__龍騎士は帝国の誇り……。
龍帝に不変の忠誠を近い、龍帝の言葉の具現者、体現者としての立場を弁え、龍帝の威光を遍くに広げる存在が龍騎士。
龍騎士見習いといえど、その矜持は持ち合わせていて、皆龍騎士になろうと精進するものだ。
__そうでは……ないの?
これまでの養父の行動のどこにも、その片鱗を見た例がない。
「何故、不思議がる。外つ国の者にも、龍騎士への門戸は開かれているだろう」
「……片翼にまでなっていたというのか?」
龍騎士見習い__それは、入団試験を受け通過した者のことを指し、片翼、とも呼称する。
「氣多廟で行方不明になった者がいる__聞いたことはないか?」
「……」
リュディガーは目を細め口を引き結ぶのみで、答えはしない。ただ、マイャリスには、なんとなくであるが、彼が認めているように見えた。
「知っての通り、氣多廟も不可知の領分。その表層にあると言っていい」
氣多廟は、龍騎士がかつての英霊と縁を結び、奇跡の力を得る場所。そこは、帝国にとって聖域と言える。
一般人は__帝国人でさえ、明確に氣多廟の場所を知ることもなく、一生を終える。それほど秘匿された聖域。
__不可知の表層……魔穴同様、間違えれば堕ちることもあり得る……。
「堕ちた……のですか、貴方は」
マイャリスが問う。いくらか喉が乾いていて、声が出しにくかった。
「堕ちた、か……。まあ、そう言ってもいいだろうな」
すい、と薄い色味の青い眼がマイャリスに一瞥をくれ、再びリュディガーへと向けられる。
「__帝国に対しても、龍帝に対しても含むところがある私だ。だから、私の意思だったとも言える」
「……何を言っている?」
ロンフォールはやおら得物を持ち直し、白刃に手を添える様に軽く撫でた。
「祖国を想っていたら……道が目の前に開けて、気がついたら祖国にいた。__瘴気渦巻く我が祖国に」
パキパキ、と乾いた音が手を添えた白刃からし始めた。
音の源である白刃に、明らかにヒビが走りはじめたのが見える。
「そこでこれを得た」
ロンフォールが、白刃を撫でる手に力を込め、今一度撫でる__否、擦る。
すると、白い硝子片のように表面から剥がれ落ち、その下から漆黒の刃が現れた。
弧を、ひとつ、ふたつ、と連続して歪に描く刀身は、白刃の時よりも長さも厚みも増している。柄には邪魔としか見えない刃のような棘がいくつか生えた得物。
その見た目からはかなり重さは増しただろうに、しかしながらロンフォールの構えは白刃の頃と変わらず重さを感じさせない。
「あれに、剄られてはならん……っ」
先程よりは落ち着いたものの、痛みを押し殺したようでありながら、アンブラがリュディガーにも届くようやや強めの口調で言葉を零した。
「あれで、剄った結果が、あの使用人たち」
「博識な呪い師殿には、流石にわかるか」
脂汗をにじませる額__眉間に深い皺をよせ、見るからに不愉快という顔のアンブラは、まっすぐロンフォールを睨みつける。
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