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アルシェイラという女
樽
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私は愛と媚と性欲の末に生まれた。
母親は夢見がちな娼婦だ。
困窮した農村では十を越えた女の子をまとめて、花街に売る。大人数売るとちょっとだけ多めに貰えるらしい。
母はその中のひとりで、煌めく着物としゃらしゃら鳴る簪でいつも男に媚を売っては生きている。
白皙の面に流れる絹のような髪、つやつやの唇。
母は素晴らしく美しい女なのに、素直に感嘆のため息をつけないのは私が娘だからだろうか。
夢見がちな母は私を産んで自分の代わりに働かせ、自分はこの精液の檻から出してもらうことを夢見ているらしい。
「アルシェイラはね、私がめいっぱい浴びたい太陽の神様の名前なのよ」
馬鹿だなあ、と思う。
自由という美味すぎる話を信じる母が。
母から聞いた名前の由来を聞いて素直に喜んでしまったいつかの幼い私が。
そんな母が亡くなったのは冬のことだった。
私を産んだことで『傷物』になってしまった母は、よりいっそう客を取らなくてはならなくなった。
「信じてる、アルシェイラが私を救ってくれるって信じてる」
そう呟いた母のひび割れた唇をよく覚えている。
握りしめられた私の両手は、いつしか母と同じ大きさになっていて、母の手は熱くて熱くてたまらなかった。
女と女が手を握りしめ合う部屋には男の匂いが立ち込めていた。
ここは地獄だと思った。
母は翌日にはつめたくて乾いた手をしていた。
私の腰程度しかない樽のようなものに、母は折りたたまれて入っている。
私は樽に手をついて、母を見下ろした。
爪紅を塗って整えられた手とは正反対な顔は、疲れと心労で隈が濃くなっていた。
痩せたからだは痣ができていた。
私は、母が化粧で全ての苦しみをべったり塗りつぶしてしまっていたので、何も知らなかった。
すべて、死んでから気づいた。
私は母を恨んでいる。
いま母が死ななかったら、成長した私はそろそろ初物好きな客に回されただろうし、内緒の恋人がいた母は逃げ出していただろう。
けれど、かつて幼くて弱い私の手を引いたのは爪紅を塗って、男を抱きしめた母の手だったのだ。
使い物にならない私を使い物になるまで育てたのはまぎれもなく母だった。
業者の男どもに邪魔だ、と突き飛ばされて転がった。
母のからだは簡単に葬られてしまう。
樽は蓋をされて、永遠に中身は見えなくなってしまった。
私のぐるぐると回る思考も蓋をされたように感じた。
土にまみれた手を叩いて落とそうとした私は、
自分の青白く細い手がとても…とても母に似てることに気がついてしまった。
ここは地獄だと思った。
母親は夢見がちな娼婦だ。
困窮した農村では十を越えた女の子をまとめて、花街に売る。大人数売るとちょっとだけ多めに貰えるらしい。
母はその中のひとりで、煌めく着物としゃらしゃら鳴る簪でいつも男に媚を売っては生きている。
白皙の面に流れる絹のような髪、つやつやの唇。
母は素晴らしく美しい女なのに、素直に感嘆のため息をつけないのは私が娘だからだろうか。
夢見がちな母は私を産んで自分の代わりに働かせ、自分はこの精液の檻から出してもらうことを夢見ているらしい。
「アルシェイラはね、私がめいっぱい浴びたい太陽の神様の名前なのよ」
馬鹿だなあ、と思う。
自由という美味すぎる話を信じる母が。
母から聞いた名前の由来を聞いて素直に喜んでしまったいつかの幼い私が。
そんな母が亡くなったのは冬のことだった。
私を産んだことで『傷物』になってしまった母は、よりいっそう客を取らなくてはならなくなった。
「信じてる、アルシェイラが私を救ってくれるって信じてる」
そう呟いた母のひび割れた唇をよく覚えている。
握りしめられた私の両手は、いつしか母と同じ大きさになっていて、母の手は熱くて熱くてたまらなかった。
女と女が手を握りしめ合う部屋には男の匂いが立ち込めていた。
ここは地獄だと思った。
母は翌日にはつめたくて乾いた手をしていた。
私の腰程度しかない樽のようなものに、母は折りたたまれて入っている。
私は樽に手をついて、母を見下ろした。
爪紅を塗って整えられた手とは正反対な顔は、疲れと心労で隈が濃くなっていた。
痩せたからだは痣ができていた。
私は、母が化粧で全ての苦しみをべったり塗りつぶしてしまっていたので、何も知らなかった。
すべて、死んでから気づいた。
私は母を恨んでいる。
いま母が死ななかったら、成長した私はそろそろ初物好きな客に回されただろうし、内緒の恋人がいた母は逃げ出していただろう。
けれど、かつて幼くて弱い私の手を引いたのは爪紅を塗って、男を抱きしめた母の手だったのだ。
使い物にならない私を使い物になるまで育てたのはまぎれもなく母だった。
業者の男どもに邪魔だ、と突き飛ばされて転がった。
母のからだは簡単に葬られてしまう。
樽は蓋をされて、永遠に中身は見えなくなってしまった。
私のぐるぐると回る思考も蓋をされたように感じた。
土にまみれた手を叩いて落とそうとした私は、
自分の青白く細い手がとても…とても母に似てることに気がついてしまった。
ここは地獄だと思った。
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