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第7話 お姉様ー! どこまで話が進んでいるのですかー!
「何者ですか?」
そう言われても困るな。ミレーヌ・オルトロスという名でしか、今の私を表すことができない。
「今日はワザと殺気を混じえていた。ほんの僅か。普通なら気が付かないほどだ」
もしかして、私ははめられた? しかし、こうやって問い詰めてこの婚約を破談に持っていこうとしているのか。ここには他の目がある。閣下も中々の策士だ。
「そうなのですか?」
「それに、手加減しているとはいえ、俺の剣を往なすとは、普通ではできないこと」
そうだろうね。閣下の強さは私も部下の者達も認めているよ。
「ふふふっ。閣下は面白いことをおっしゃるのですね」
すると閣下は眉を顰めて私を見下ろしてきた。
「面白い?」
「ええ、私はオルトロスですよ。弟も兄も軍人です。祖父に至っては総統閣下の地位にいます。祖母は軍の魔導部隊の軍師でした。何をもって普通とおっしゃるのでしょう?」
私は間違ったことは言っていない。父も軍の大佐の地位にいるが、まぁいい。参謀本部の頭の硬い部署にいる父は、今は関係ない。
私の言葉に剣を鞘に納めた閣下に、笑みを向ける。
「最初に言いましたが、この縁談が不服でしたら、閣下から断ってください」
「はぁ」
すごくため息を吐かれた。だから、ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
そして、何故か私の隣に腰を降ろしてきた。確かに長椅子だから、三人ぐらいは座れる。しかし、しかしだ。普通は婚約者であっても隣には座らないだろう!
「で、俺の悪いところは目つきと殺気だけか?」
「口が悪いですね」
「それは元からだ」
「後は、背が小さいからといって、威圧的に見下さないでください」
「そんなつもりはないのだが?」
「機嫌が悪いと直ぐに、イライラ感を出すのも、やめてください」
「……」
「ヒューズ副官を甘やかしすぎだと思います。もっと仕事をやらせてください。あと、部下から気分によって訓練メニューが変わることに文句が出ているので、それもやめてください」
「……」
「それから……」
「金髪が地毛か? ミラ」
……やってしまったー! 日頃の鬱憤が口から出てしまった。
腰を浮かして逃げようとしたが、既に敵の間合いの範囲内。私は腰を掴まれ、身動きが取れない状態に……。
しくじった。墓穴を掘ってしまった。
「ミラはいくつの顔を持っているんだ? いや、ミレーヌ」
「いきなり呼び捨てにしないでいただきたいものです」
私がミラとわかった瞬間にミレーヌの名を呼び捨てにするな。それにいくつも顔なんて持ってはいない。っというか近い。閣下と私の間に隙間なんて無いなんて近すぎる!
「総統閣下が言っていたように、ミラは一筋縄ではいかないな。ミレーヌと話をしていても苦にならないと思ったら、ミラだったのなら納得だ」
なんだ? 話が苦にならないとは?
「まずはデートだな。で、何処が良い?」
「まぁ?デェトだなんて……ふふふっ冗談ですわ」
くそっ! 一時間ぐらい時が巻き戻らないだろうか。
「ミレーヌと俺は婚約者だからな。婚約者ならそれぐらい普通だろう?」
……閣下。笑顔で婚約者宣言をしないで欲しい。今、むず痒い感じに襲われて、とても逃げ出したい気分だ。
「では今度の休日はダンジョンに行くのはどうだ?」
「え? ダンジョン! 行く!……」
しまった。思わず口が滑ってしまった。
口を両手で押さえて、これ以上いらないことを言わないようにする。閣下とダンジョンに行くなら、めっちゃレアアイテム取れ放題なんて思ってしまった己を呪いたい。
「ついでに武器屋も寄ろうか」
武器屋! ……くそー! なぜ、私の休日の行動が閣下にバレているんだ? 武器屋のオヤジに、色々武器を作って欲しいと言っていたりするのも、もしかしてバレているのか?
閣下。私の反応を見てクツクツと笑わないで欲しい。
「それで、ミレーヌ。返事は?」
「閣下。取り敢えず、もう少し離れてください」
「必要ないだろう? それから、俺のことはヴァンと呼べ」
「ちっ!」
私の要望が通らないことに、舌打ちが出る。
「ミラは俺の立場なんて関係ないと言ってくれた」
ん? なんだ? 突然。
「誰もが一歩引いた感じで俺に接するが、ミラだけはそうやって、俺に食って掛かってきた」
出会った時の話か? それは冒険者だった自分には軍の階級は関係ないと言った話だったはず。食って掛かったわけじゃない。
「俺の部下になっても、言うべき意見はきちんと言ってくれた。俺の立場からすれば、それはとても心を撃ち抜かれることだった」
いや、上官だろうが、理不尽なことには、もう少し周りを見ろぐらいは言うべきだろう。諌める時は諌めないと、直属の部下である意味はない。
「ミラは肩書ではなく、俺自身を見てくれているとな。それで気になったのだ」
気になった? 何がだろう。
「ミラの出自をだ」
私の生まれを? まぁ、その辺りはミラという人物を作ったときに調べられても良いように作ってはいた。
「オルトロス侯爵領の山間の村の出身。十五年前の流行病でカサル村は壊滅的な状況になり、生き残りの村人は散り散りになった。その生き残ったミラは親戚の家を転々としてオルトロス侯爵家の使用人となった」
そういう設定にしていた。実際にミラという人物はいるし、オルトロス侯爵家に縁があるのも間違いはない。しかし、使用人となって半年後に屋敷の金を盗んで、逃亡したことにより始末されたのだ。だから私はクソジジイに言ってその戸籍を買い、ミラに成り代わったのだ。
「何も問題がなかった。不自然な程にな」
え? 不自然? どこが? 成り代わりは完璧だったはず。
「普通はなミレーヌ。身分は絶対だ。軍人だろうが、貴族だろうが、身分に逆らうことは首を斬られてもおかしくないことだ。しかし、ミラには、身分なんてものはクソ喰らえだぐらいにしか価値がなかった。不自然だろう?」
やっぱり。ここで引っかかってしまったのか。これだから、貴族との結婚は嫌だったんだ。
私には身分というものには無関係な世界で生きていた記憶がある。いわゆる、前世という記憶だ。だから、貴族社会が窮屈でならなかった。だから、貴族とは無関係な生き方をしたかった。
それが冒険者だろうが、軍人だろうが構わなかった。
「それが、俺には新鮮だった。確かにヒューズも俺に意見を言ってくれるものの、一定以上は踏み込んでこない。普通はそんなものだ。しかし、ミラは俺を一人の人として見てくれる。嬉しかったんだ。そして、そんなミラが眩しかった」
「……本人を目の前にして、言わないでいただきたい」
「今更だろう?」
今更だが。一週間前も惚気けられたが、本人とわかった上で話されるのも、どう反応していいかわからない。
「俺はそんなミラを逃さないと決めた」
「捕獲宣言!」
「そして、婚約者になったミレーヌがミラだった。これは明日、結婚式を挙げてもいい状況だ」
「閣下は馬鹿ですか? そんなことがまかり通ると思っているのですか?」
「そうやって、馬鹿呼ばわりするのもミラぐらいだ。因みに今回の婚約の書類と同時に、兄上のサイン入りの婚姻の書類も渡されている」
……私は閣下の手を払い除け立ち上がる。そして、部屋の扉に向かって駆けていった。
「お姉様ー! どこまで話が進んでいるのですかー!」
閣下の兄上ということは、国王陛下のサイン入りの物が既に閣下の手元にあるということだ。
今回の件、恐ろしいほどに私の逃げ道が封鎖されていた。これは既に婚姻に対してなにかしらのことが動いていてもおかしくはない状況に、私は慌てて姉の元に向かっていったのだった。
その後……
「閣下。もうすぐ会議の時間ですが?」
閣下の執務室の一角に座り心地のよいソファーがいつのまにか置かれ、そこで優雅にコーヒーを飲んでいる閣下に声をかける。
「もう少しこのままで」
「閣下。私は愛玩動物ではないので、いい加減に膝の上から降りたいのですが?」
そう、なぜか私は閣下の膝の上に乗せられている。最近の休憩時間と言っているこの状況には全く理解ができない。
「それから、ヴァンと呼べと言っているだろう?」
「閣下。要望が多すぎますね」
「これはミラが一緒に暮らさないと言ったからだ」
「昼間は閣下の執務室に詰めているのですから、婚約者の時点で一緒に暮らす意味がわかりません」
「ミラもミレーヌも堪能したいという俺の気持ちはどうなる?」
「その辺に捨てておいてください」
結局結婚は一年後と決まってしまった。それからというもの、閣下は人目をはばからず、私に構い出した。
「ミラちゃん。書類見るの手伝ってくれないかなぁ」
副官から文句が出てくるぐらいにだ。それもその文句を張本人の閣下に言わず、私に言ってくるのだ。
「閣下に言ってください」
「えー。魔眼で睨まれるからイヤなんだよ」
そう閣下は眼帯をしていた左目に義眼である魔眼を入れ、両目の状態になっているのだ。それは私が目つきが悪いと言ったからなのだが、魔眼が相まって威圧度が更にアップしてしまったことに、副官からも部下からも私に文句を言ってくるのだ。
いや、普通の魔眼ではこんなに威圧的にはならない。強いて言うなら、戦闘用の魔眼だと、使用状態により攻撃力が増すとはあった。しかし、威圧的にはならないはずだ。
これはもう、閣下がワザと威圧を発しているとしか思えない。
はぁ、本当にそろそろ移動しなければ、会議に遅れてしまう。
「ヴァン様。そろそろ会議に行きましょうか」
「わかった」
そう言って閣下は私を抱えたまま立ち上がる。どうしようもないときは、名前を呼べばいいとわかったけれど、名前を呼ぶと調子に乗り出すから、たちが悪い。
「降ろしてください」
「ミラは可愛いな」
「降ろせ!」
「次のデートは何処に行こうか」
「昨日行ったばかりだ! 頭に虫でも湧いているのか?」
今日も何気ない一日がこうして過ぎていくのだった。結局私はヴァンルクス将軍閣下の婚約者からも部下からも逃げることができずに、ミレーヌ・オルトロスは婚約者として、ミラは部下としての二重生活を続けることになったのだった。
「はぁ、どうしたらミラに好かれるのか、さっぱりわからない。嫌だと言われたことは直したぞ」
確かに目つきの悪さも直り、副官の仕事は倍増している。
しかし、そもそもだ。
「嫌っていたら、閣下の部下にはなっていません」
「それは俺のことを愛していると!」
「意訳し過ぎです。上官として尊敬はしていますし、一人の剣士としても素晴らしい……いきなりキスしてくるな!」
貴族らしさが欠けた私を受け入れてくれるのは、きっとヴァンルクス将軍閣下ぐらいなのだろう。
そして、これからもこんな日々が続いていく。それもまた良いのかもしれない。
_____________________
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
追記:お気に入り評価ありがとうございます。
応援ありがとうございます!
たくさんの❤ありがとうございます!
そして、恋愛小説大賞の投票☆ありがとうございました!とても嬉しいです!
そう言われても困るな。ミレーヌ・オルトロスという名でしか、今の私を表すことができない。
「今日はワザと殺気を混じえていた。ほんの僅か。普通なら気が付かないほどだ」
もしかして、私ははめられた? しかし、こうやって問い詰めてこの婚約を破談に持っていこうとしているのか。ここには他の目がある。閣下も中々の策士だ。
「そうなのですか?」
「それに、手加減しているとはいえ、俺の剣を往なすとは、普通ではできないこと」
そうだろうね。閣下の強さは私も部下の者達も認めているよ。
「ふふふっ。閣下は面白いことをおっしゃるのですね」
すると閣下は眉を顰めて私を見下ろしてきた。
「面白い?」
「ええ、私はオルトロスですよ。弟も兄も軍人です。祖父に至っては総統閣下の地位にいます。祖母は軍の魔導部隊の軍師でした。何をもって普通とおっしゃるのでしょう?」
私は間違ったことは言っていない。父も軍の大佐の地位にいるが、まぁいい。参謀本部の頭の硬い部署にいる父は、今は関係ない。
私の言葉に剣を鞘に納めた閣下に、笑みを向ける。
「最初に言いましたが、この縁談が不服でしたら、閣下から断ってください」
「はぁ」
すごくため息を吐かれた。だから、ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
そして、何故か私の隣に腰を降ろしてきた。確かに長椅子だから、三人ぐらいは座れる。しかし、しかしだ。普通は婚約者であっても隣には座らないだろう!
「で、俺の悪いところは目つきと殺気だけか?」
「口が悪いですね」
「それは元からだ」
「後は、背が小さいからといって、威圧的に見下さないでください」
「そんなつもりはないのだが?」
「機嫌が悪いと直ぐに、イライラ感を出すのも、やめてください」
「……」
「ヒューズ副官を甘やかしすぎだと思います。もっと仕事をやらせてください。あと、部下から気分によって訓練メニューが変わることに文句が出ているので、それもやめてください」
「……」
「それから……」
「金髪が地毛か? ミラ」
……やってしまったー! 日頃の鬱憤が口から出てしまった。
腰を浮かして逃げようとしたが、既に敵の間合いの範囲内。私は腰を掴まれ、身動きが取れない状態に……。
しくじった。墓穴を掘ってしまった。
「ミラはいくつの顔を持っているんだ? いや、ミレーヌ」
「いきなり呼び捨てにしないでいただきたいものです」
私がミラとわかった瞬間にミレーヌの名を呼び捨てにするな。それにいくつも顔なんて持ってはいない。っというか近い。閣下と私の間に隙間なんて無いなんて近すぎる!
「総統閣下が言っていたように、ミラは一筋縄ではいかないな。ミレーヌと話をしていても苦にならないと思ったら、ミラだったのなら納得だ」
なんだ? 話が苦にならないとは?
「まずはデートだな。で、何処が良い?」
「まぁ?デェトだなんて……ふふふっ冗談ですわ」
くそっ! 一時間ぐらい時が巻き戻らないだろうか。
「ミレーヌと俺は婚約者だからな。婚約者ならそれぐらい普通だろう?」
……閣下。笑顔で婚約者宣言をしないで欲しい。今、むず痒い感じに襲われて、とても逃げ出したい気分だ。
「では今度の休日はダンジョンに行くのはどうだ?」
「え? ダンジョン! 行く!……」
しまった。思わず口が滑ってしまった。
口を両手で押さえて、これ以上いらないことを言わないようにする。閣下とダンジョンに行くなら、めっちゃレアアイテム取れ放題なんて思ってしまった己を呪いたい。
「ついでに武器屋も寄ろうか」
武器屋! ……くそー! なぜ、私の休日の行動が閣下にバレているんだ? 武器屋のオヤジに、色々武器を作って欲しいと言っていたりするのも、もしかしてバレているのか?
閣下。私の反応を見てクツクツと笑わないで欲しい。
「それで、ミレーヌ。返事は?」
「閣下。取り敢えず、もう少し離れてください」
「必要ないだろう? それから、俺のことはヴァンと呼べ」
「ちっ!」
私の要望が通らないことに、舌打ちが出る。
「ミラは俺の立場なんて関係ないと言ってくれた」
ん? なんだ? 突然。
「誰もが一歩引いた感じで俺に接するが、ミラだけはそうやって、俺に食って掛かってきた」
出会った時の話か? それは冒険者だった自分には軍の階級は関係ないと言った話だったはず。食って掛かったわけじゃない。
「俺の部下になっても、言うべき意見はきちんと言ってくれた。俺の立場からすれば、それはとても心を撃ち抜かれることだった」
いや、上官だろうが、理不尽なことには、もう少し周りを見ろぐらいは言うべきだろう。諌める時は諌めないと、直属の部下である意味はない。
「ミラは肩書ではなく、俺自身を見てくれているとな。それで気になったのだ」
気になった? 何がだろう。
「ミラの出自をだ」
私の生まれを? まぁ、その辺りはミラという人物を作ったときに調べられても良いように作ってはいた。
「オルトロス侯爵領の山間の村の出身。十五年前の流行病でカサル村は壊滅的な状況になり、生き残りの村人は散り散りになった。その生き残ったミラは親戚の家を転々としてオルトロス侯爵家の使用人となった」
そういう設定にしていた。実際にミラという人物はいるし、オルトロス侯爵家に縁があるのも間違いはない。しかし、使用人となって半年後に屋敷の金を盗んで、逃亡したことにより始末されたのだ。だから私はクソジジイに言ってその戸籍を買い、ミラに成り代わったのだ。
「何も問題がなかった。不自然な程にな」
え? 不自然? どこが? 成り代わりは完璧だったはず。
「普通はなミレーヌ。身分は絶対だ。軍人だろうが、貴族だろうが、身分に逆らうことは首を斬られてもおかしくないことだ。しかし、ミラには、身分なんてものはクソ喰らえだぐらいにしか価値がなかった。不自然だろう?」
やっぱり。ここで引っかかってしまったのか。これだから、貴族との結婚は嫌だったんだ。
私には身分というものには無関係な世界で生きていた記憶がある。いわゆる、前世という記憶だ。だから、貴族社会が窮屈でならなかった。だから、貴族とは無関係な生き方をしたかった。
それが冒険者だろうが、軍人だろうが構わなかった。
「それが、俺には新鮮だった。確かにヒューズも俺に意見を言ってくれるものの、一定以上は踏み込んでこない。普通はそんなものだ。しかし、ミラは俺を一人の人として見てくれる。嬉しかったんだ。そして、そんなミラが眩しかった」
「……本人を目の前にして、言わないでいただきたい」
「今更だろう?」
今更だが。一週間前も惚気けられたが、本人とわかった上で話されるのも、どう反応していいかわからない。
「俺はそんなミラを逃さないと決めた」
「捕獲宣言!」
「そして、婚約者になったミレーヌがミラだった。これは明日、結婚式を挙げてもいい状況だ」
「閣下は馬鹿ですか? そんなことがまかり通ると思っているのですか?」
「そうやって、馬鹿呼ばわりするのもミラぐらいだ。因みに今回の婚約の書類と同時に、兄上のサイン入りの婚姻の書類も渡されている」
……私は閣下の手を払い除け立ち上がる。そして、部屋の扉に向かって駆けていった。
「お姉様ー! どこまで話が進んでいるのですかー!」
閣下の兄上ということは、国王陛下のサイン入りの物が既に閣下の手元にあるということだ。
今回の件、恐ろしいほどに私の逃げ道が封鎖されていた。これは既に婚姻に対してなにかしらのことが動いていてもおかしくはない状況に、私は慌てて姉の元に向かっていったのだった。
その後……
「閣下。もうすぐ会議の時間ですが?」
閣下の執務室の一角に座り心地のよいソファーがいつのまにか置かれ、そこで優雅にコーヒーを飲んでいる閣下に声をかける。
「もう少しこのままで」
「閣下。私は愛玩動物ではないので、いい加減に膝の上から降りたいのですが?」
そう、なぜか私は閣下の膝の上に乗せられている。最近の休憩時間と言っているこの状況には全く理解ができない。
「それから、ヴァンと呼べと言っているだろう?」
「閣下。要望が多すぎますね」
「これはミラが一緒に暮らさないと言ったからだ」
「昼間は閣下の執務室に詰めているのですから、婚約者の時点で一緒に暮らす意味がわかりません」
「ミラもミレーヌも堪能したいという俺の気持ちはどうなる?」
「その辺に捨てておいてください」
結局結婚は一年後と決まってしまった。それからというもの、閣下は人目をはばからず、私に構い出した。
「ミラちゃん。書類見るの手伝ってくれないかなぁ」
副官から文句が出てくるぐらいにだ。それもその文句を張本人の閣下に言わず、私に言ってくるのだ。
「閣下に言ってください」
「えー。魔眼で睨まれるからイヤなんだよ」
そう閣下は眼帯をしていた左目に義眼である魔眼を入れ、両目の状態になっているのだ。それは私が目つきが悪いと言ったからなのだが、魔眼が相まって威圧度が更にアップしてしまったことに、副官からも部下からも私に文句を言ってくるのだ。
いや、普通の魔眼ではこんなに威圧的にはならない。強いて言うなら、戦闘用の魔眼だと、使用状態により攻撃力が増すとはあった。しかし、威圧的にはならないはずだ。
これはもう、閣下がワザと威圧を発しているとしか思えない。
はぁ、本当にそろそろ移動しなければ、会議に遅れてしまう。
「ヴァン様。そろそろ会議に行きましょうか」
「わかった」
そう言って閣下は私を抱えたまま立ち上がる。どうしようもないときは、名前を呼べばいいとわかったけれど、名前を呼ぶと調子に乗り出すから、たちが悪い。
「降ろしてください」
「ミラは可愛いな」
「降ろせ!」
「次のデートは何処に行こうか」
「昨日行ったばかりだ! 頭に虫でも湧いているのか?」
今日も何気ない一日がこうして過ぎていくのだった。結局私はヴァンルクス将軍閣下の婚約者からも部下からも逃げることができずに、ミレーヌ・オルトロスは婚約者として、ミラは部下としての二重生活を続けることになったのだった。
「はぁ、どうしたらミラに好かれるのか、さっぱりわからない。嫌だと言われたことは直したぞ」
確かに目つきの悪さも直り、副官の仕事は倍増している。
しかし、そもそもだ。
「嫌っていたら、閣下の部下にはなっていません」
「それは俺のことを愛していると!」
「意訳し過ぎです。上官として尊敬はしていますし、一人の剣士としても素晴らしい……いきなりキスしてくるな!」
貴族らしさが欠けた私を受け入れてくれるのは、きっとヴァンルクス将軍閣下ぐらいなのだろう。
そして、これからもこんな日々が続いていく。それもまた良いのかもしれない。
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