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02.遠い昔に
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けれど恐る恐る呼びかけると、相手は小さく身体を震わせた後目を見開いた。
「ゼーゲルのお屋敷で、昔一緒に遊んだ」
その昔訪れた、古く歴史を感じさせる、けれどとても美しい庭のあるお屋敷。驚くほど広い敷地は資産家の別宅で、夏になると一家が訪れていた。
そこに確かそう、男の子がいたのだ。
「リオ」
吐息と一緒に呟かれたのは間違いなく莉緒の名前で。
目の前の彼は、莉緒の記憶におぼろげに残るレオン・ゼーゲルその人らしい。
まさかとは思ったけど、本当に君だったなんて、と彼は半ば独白のようにそう言った。
「……君、あの夏のことを覚えているのかい?」
「?」
彼はトランクを引き摺っている東洋人が莉緒ではないかと、ある程度予想をつけて声をかけてきたのではないだろうか。声をかけるにあたって、ある程度莉緒が昔を記憶していることも期待していたはず。
なのに驚いたように、探るようにそう訊ねられて、莉緒は少し不思議に思った。
「えっと、あまりはっきりとは……ごめんなさい。でもお茶にお招きしてもらったり、庭でかくれんぼしたりしたような」
正直なところ、確かに記憶はあやふやだ。けれど絵本を切り取ったかのような素敵な空間での出来事を、完全に忘却なんてできそうもない。例えば。
「あ、確かレオンが庭のバラを傷付けちゃって、お母さんにすっごく怒られたことが」
「……そんなこともあったね。すごい剣幕だった。あれは母が特別に作らせたバラだったから」
エピソードを共有したことで、ほっと心の強張りが緩む。レオンの方も口許に笑みを浮かべていた。
「ところで本当にどうしたんだい。ミセス・ベネットが不在だって話だったけど、その大荷物、もしかして」
「あぁ、えっとそれは……」
莉緒の様子を見れば、ある程度の予想はつくだろう。イギリス旅行で単に知り合いを訪ねるだけなら、荷物はホテルに置いて来るだろうから。
「リオ、君すごく疲れてるんじゃない? 車ですれ違った時、あんまり意気消沈した顔してたからびっくりして。リオかもとも思ったけど、それ以前にとても見過ごせる様子じゃなかったよ」
けれど自分の窮状を再会してすぐの彼に打ち明けるのは気が引けて言い澱むと、レオンはそっと話の向きを変えた。
「良かったら少し休んでいかないか。美味しい紅茶をごちそうするよ」
昔、子どもの頃に少し交流があっただけの相手だ。
それに莉緒は諸外国と比べ治安がいいとは言え、夜道や混み合った電車等女であれば警戒を必要とされる社会で育っている。
「リオ?」
けれどそんな莉緒の警戒心は、彼の浮かべる柔らかい微笑みにあっさりと解かれてしまった。
イケメンの笑顔が眩しいとか決してそういう訳ではなくて。それだけではなくて。
あぁ、この顔、知ってる。
その感覚が、すっかり莉緒を安心させてしまったのだ。
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