パパはなんにも分かってない

東川カンナ

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第1話 パパはなんにも分かってない

分かってない その13

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「んっ」
 角度を変えて何度も繰り返されるキスは、どんどん深度を増していく。
 初心者の私は与えられるものに何とかついていくだけでいっぱいいっぱい。
「っぁ……」
 時折自分の口から零れる吐息が信じられないくらい色めいていて、ぎょっとする。自分がこんなあられもない声を出してるなんて、恥ずかしくて仕方がない。
「ふ」
 でもパパの喉からも艶めいた吐息は零れていて、その声はもっと信じられないくらい色っぽかった。パパがこんな声を出してるなんて、それだけで自分の内の熱が上げられていく。


 他の誰でもなく、私として、こんな声を出してるんだから。


「香凛……」
 合間に名前を呼ばれたら、それだけでくらりとした。


 もっと呼んでほしい。でもキスもやめないで。
 私は貪欲で、すごく我儘だ。


 絡められた舌に、応えるように少しだけ力を込めてみる。そうしたらもっと強い力で絡め取られた。ちゅぷ、とお互いの唾液が混じり合う音に背徳感が背筋を駆け抜ける。
「ん、っあ」
 脇腹に熱を感じたと思った。
 パパの大きな手が触れているからだと遅れて気付く。撫で擦るように触れるその手の感覚に身悶える。くすぐったくて、でもそれ以上に何だか甘くてぞわぞわする。感じたことのない何かが這い上がってくる感じ。


 この大きな手に触れられるのは初めてじゃない。
 今までに何度もパパは必要があれば私に触れてきた。それこそ小さい頃は手も繋いだし、抱き上げてもらったこともあるし、私がこそこそ泣いていることがあればぎゅっとしてくれた。


 でも、これはそんなのじゃないのだ。あの純粋に慈しみだけが込められた庇護対象への触れ方と、これは全く違う。


 這い上がって来た手が胸のふくらみにそっと触れる。思わず反射的に身が震えたけど、嫌だなんて思わなかった。


 本当に信じられない。ずっとずっと願って来たことだけど、本当に信じられない。


 自分が、パパの欲望の対象になってるなんて。


 私を引き取ってから、パパには色んな自由がなくなった。
 この十年、恋人と呼べるような人が全くいなかった訳じゃないかもしれない。でもその痕跡をパパは実に上手く消し去ってきたし、そもそも恋愛にしろ割り切った関係にしろ、存分にかまけている時間はなかったはずだ。
 外泊なんてあり得ない。休日だって丸一日家を空けるようなことはほとんどしなかった。
 それは私が高校生、大学生、手が掛からなくなってからも変わらなくて。
 それこそ出張の時くらいしか、家を空けることはなかった。


 パパがお金と時間と若さを私のせいで浪費していくことを申し訳なく思いながらも、どこかで誰のもにもならないことに安堵の息を吐いていた醜い自分がいた。
 でもあの頃、私はそうやって安心するしかなかったのだ。自分が箸にも棒にも引っ掛からないことがよく分かっていたから、"娘"にかまけるパパを独占する方向でしか見えもしない他の女を振り切る方法を知らなかった。


 だけど今、パパは他の誰でもなくて、私にこんな風に触れている。


 パパ、いいの? 本当に私でいい?


 自分の醜い心根を知っているから、本当は自信なんてない。
 私より条件のいい人がごまんといることは、よくよく分かってる。


 でも、それでもパパが私を選んでくれるなら。


 だったら私、今までパパが我慢してきた分、全部取り戻せるくらいパパを幸せにしたい。
 そうできるように、頑張りたい。
 パパの求める全てに応えたい。
 この十年、パパが私を幸せにしてくれたように。


「あっ、んん……!」
 服の上からぐにゅりと胸を揉みしだかれる。パパの手のひらに収まってしまうくらいのふくらみ。それほど量がある訳でもないので、ご満足頂けるのか少し不安になったけど、頓着する気配はなくその手は触れ続ける。


 恥ずかしくて堪らなくて、戸惑ってしまう。でも同時に、鳩尾によく分からない疼きが溜まっていく。
 じんわりと、とろりと、それは少しずつ熱量を増やしていく。


「あぁ……」
「香凛」
 呼ばれた名前に反応するように下肢が疼いてぎょっとした。じわりと下着が湿る感じがして、自分のその反応にまた羞恥が増す。
「!」
 そして、トンと抑え込むようにこちらに迫ったパパの身体にもあからさまな反応が窺えて、さすがにギクリと身体が強張る。


 待って。太ももに当たってるコレって、もしかしなくても……?


「んっ」
 私のその反応に気付いたのだろうか。止めどなく続いていたキスが突然終わりを告げる。
「え……」
 舌を引き抜かれて、突然熱を失った口腔に寂しさを覚えていたら、口の端の唾液の痕跡を拭われた。力が抜けかけた身体を支えられ、器用にサンダルを脱がされて、家の中へ引き上げられる。
「パパ……?」


 あれ? 何だろう。今までここにあった濃密な空気が霧散したような。


 コホン、と取って付けたような咳払いが響く。


「まぁアレだ。夜も遅いし、その、今日はゆっくり休め」


 信じられないことを言い出した。



 何? 今までのは何だったの? まさかなかったことにするつもりじゃ!?



「ここまでしといて冗談だったとか言うつもり!?」
「じょ、冗談でこんなことできるか!」


 じゃあ、じゃあなんで。


「お前、そんな、だっていきなりだろ」
 もごもごとパパは言う。
「だってキスも初めて――――初めてだよな?」
「初めてですが」
 確認して、そうだろって何やら一人納得される。
「そんな相手に、さすがにいきなり最後までなんて、そんな早まったマネできるか」
「えぇ、何その気遣い……だったらあんなディープなキスする?」
 散々に熱を上げられたって言うのに、ここで放置なんてあんまりだ。
 だって抜けきらない熱がまだ身体を苛んでる。これって生殺しってヤツだ。パパだってあんな反応してたのに、ここで止めたら辛いだけじゃないだろうか。
「お、お気遣いは有難いけど」
 こんなこと言うのは正直、気が引ける。はしたないんじゃないかって、そう思う。
 でも、通じ合った気持ちを、もっともっと直接的に確かめたい。後戻りなんて絶対にできないところまで持っていっちゃいたい。
「高校卒業したくらいから、私のことそういう目で見てたって言った?」
「え、あぁ」
「それってつまり私達、二年間は両片想い――――」
 いや、ここは言い切ったもん勝ちだ。
「両想いだったってことだよね?」
「そ、そうか……?」
「そうです。二年間両想いだったなら、つまり、その、最後までってなっても、全然おかしくないと思うけど!」


 あぁ、言っちゃった!
 慎みがないって思われたかも。


 そろりと視線を上げると、大層難しい顔をしたパパがそこにはいた。
「――――こっちが、色々我慢してるって分かってるのか」
 あれ、でもその顔、ちょっと赤くなってるような気もする。
「こっちにも大人の分別ってもんがあるだろうが」
 これは、あと一押しのような。


「お、老い先短いんだから、多少生き急いでも問題ないと思うけど!」


「お、老い……!?」
 言ったら、あからさまにショックを受けた顔をした。
 老い先短いは、さすがにマズかったかも。
 ショックを受けた顔が、だけどすぐに変わる。何やら険を含んだ顔に。


「――――言ったな」


 ぐい、とまた身体を引き寄せられて耳に唇が落とされた。ふっと息を吹きかけられて、燻っていた火がまた勢いを取り戻す。
「煽ったのはそっちだからな」
 耳元で囁かれて、どっと汗が噴き出す。それで、思い出した。


 ヤバい。私、今日一日中外に出っ放しだった。


「あ、あの、でも、できればシャワーを浴びたいです……」


 できればっていうか、絶対浴びたいです。


 だけど、パパの返答は容赦ない。


「今、オレは生き急いでる最中なんだが?」


 わぁ! 滅茶苦茶根に持たれてる!


 背中を撫で擦られてその感触にぞわぞわしちゃうけど、でも、ダメ。こんな真夏に一日中外にいて、汗かいてるし、既に今匂ってる気がしてしょうがない。
「シャ、シャワーだけはご慈悲を……!」
 泣きついたら、渋々といった雰囲気満載で身体を離してくれた。そして溜め息を吐きながら一言。
「しょうがねーな。こっちは老い先短いんだから、手早く頼むぞ」


 やっぱりめちゃくちゃ根に持ってる!




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