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14.夜の落とし物

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落とし物をしてしまった……。

 私は星見の終わった園庭を、一人ランタンを片手に歩いていた。……なぜなら、毎日つけていた大事な髪留めを落としてしまったからだ。
 教会を出る時にマキアがくれた大切な髪留め。
 私の母代わりに愛情をくれたマキアと、大切な家族である孤児院の皆からのプレゼント。
 皆は、私が教会に置き去りにされた時に持っていた唯一のものである月の石を、銀で細工の施された髪留めにしてくれた。触れたり、ふとした時に揺れた細工がシャラッと音がして、私は一人じゃないんだと感じさせてくれた。

「うーん、この辺で星を見てたから、この近くのはずなんだけど……」

 もう時間は深夜が近い。手元の灯りだけでは心許なく、見渡す限り灯りはない。明日の朝探したっていいんだけど、万が一踏まれて壊れてしまったら、本当に悲しい。

「この灯りだけだと、見つけられないかな……」

 一向に見つかる気配のないことに焦れて、私はそう呟いた。
 そしてチラリと月の魔力のことが頭をかすめる。月の魔力だとこの園庭を照らし、探し物を見つけることもできるはずだ。

 (いやいや、そんなことに魔力を使うなんて)

 ……また数十分間探し続けるが、ランタンの僅かな灯りの中じっと目を凝らしても、暗い芝生の上、髪留めは見つからない…。

「うーん……今日はイベント回避したから、もうイベントはないはずだし……」

 うーーん

「……ちょっとだけなら……」

 今日は新月だから、私の感じる月の力は弱い。でもここを照らして、探し物を探すくらいなら大丈夫なはず……。そう、キースの妹へ石をあげたこともそうだけど、前世の記憶を取り戻してからというもの、これまでも一人の時はこっそりと魔力を顕現させていたのだ。

 しん、と静まり返った、人の気配のない園庭で、魔が差した。私は空を見上げ、ぐっと体内を巡る魔力に集中する。
 ふわっと私の周りの空気が変わる。

 ―――白銀の気配が私を包む―――

 そうして、ほんの一瞬、周りを淡い光が照らした。周囲に甘い清廉な香りが漂うのを感じる。
 ……私が立っている場所よりも数10メートル離れた場所に、反射してキラッと輝くものがあった。

(あ……っ、あんな所に……! 良かった、見つけた!)

 徐々に月の魔力が消えていく。
 途端、私の髪が宙をフワリと舞い、背中まで伸びた髪が、肩程に戻ってくる。

(ふぅ……、よかった)

 ランタンをもう一度握りしめ、先ほど反射した場所に歩みを進める。

「あ! あった、……………きゃあッ!?」

 手を伸ばしたその瞬間、グッと誰かに腕を掴まれた――――!

 その強い力に体勢を崩す。
 そして倒れかかった所を熱い腕に抱き止めれた。射抜かれるかのような金色の瞳に睨み付けられる。一瞬の出来事だった。

 ヒュッと息が止まる。
 なんて迂闊だったんだろう、学園の中で誰もいなかったとはいえ、月の魔力を使うだなんて。決して人に見られてはいけない力だったのに。
 腕を掴まれた驚きで、ランタンは落としてしまった。
 でもその暗闇の中でも、黒いローブを被り目元以外、口元も覆っているその人の獰猛な灯りをともした金色の瞳は見えた。

 ―――血の気が失せる、というのはこういうことを言うのだろう。
 指先からは体温が消え、唇は震える。余りのことに思考は空転し、口は乾き、何も言葉を発することができない。

(どうしよう、どうしよう)

 いつまでたっても動けないでいる私を、ふっと近づく気配がした。男はぐッと口元の覆いを外した。

「―――――あぁ、お前だったんだな」
 その言葉に疑問を感じる間もなく、


 口づけをされた―――――。



(ええええええ???)

 何これ、これなんてエロゲ?
 あぁ、エロゲだった。そうかー、そうだわ、そうだわ、エロゲだわ。それなら出会って早々キスだってするわよね、てへ★ あ~納得。

(……じゃないっっ!!!)

 空転し続ける私の脳内が戻ってくるまで、ものの数十秒はかかっていたと思う。この時間ずっと見開いたままの目は、その金色の瞳と見つめ合ったままだ。
 そして言葉を発そうと口を開いた刹那、それを待ち構えていたとばかりに舌が入ってきた。

(えぇーーー)

 これってキスですよね? 世の中にいうキスなんですよね? なんでですか、あなた誰ですか、さっきの私の月の魔力見てたんですか、見てますよね? じゃあなんで? 海は死にますか? 山は死にますか!?
 っていうか、私が死にますか?? ひーん、やだぁあああ!!

「……やっ……!」

 これだけ思考していても、唇からやっと洩れ出たのは、それだけだった。
 口の中で舌が卑猥にうごめく。前世でのキスの経験なんて無いに等しいし、こんな風に熱いキスなんて知らない。
 いつの間にか腰も抱き寄せられていた。唇の感覚が腰に伝わって、じん、と熱くなる。

 (え、なんで腰が…唇と腰の感覚ってつながってたの……?)

 ゲームや小説では伝わらなかった感覚が私を翻弄する。絡められた舌は、二人の合わさった唾液を吸い尽くすように熱くうごきを止めない。

「~~~~~~ッッ!!!!」

 その胸板をバンバンと叩いても行為は止まない。

「……っ」

 無我夢中で私はその舌に噛みついた。
 その一瞬、抱き寄せる力が緩んだ隙に、腕の拘束から離れ、私は夢中でのけぞるように数歩下がった。

「な、なんですか!? あなたこそ誰ですか!? ……ってあれ?? え……ライ?」

 私が押しのけた時だろう、ローブが外れ、赤い髪が露わになっている。黒いローブに先程までの口元の覆いといい、隠密行動する人みたいな格好をしてるけど、確かにライだ。

(えぇえええええライとキスしちゃったの!?)

「……」

 ライは、こちらを睨みつけるようにして言葉を発しない。
 こわっ! 目が慣れてきてよく見える。確かにライだ。あれ? でもライは今日休みで、星見にもいなかったはず。

「ななななんでこんなことをっ!?」
「……先ほど、何か魔力を使っていたな……?」

 あ……

「あの白銀の輝き、あの姿、そして淡く残るこの香り……。何もかもが伝承通りだ。……お前が“月の乙女“だな?」
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