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25.逆光
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私は今日の授業では終わらなかった課題を、魔道士の先生の指導の下、放課後の教室で片づけていた。
ちらりと横目で今まさに赤みを増していく空を見つめた。この教室からは暮れていく夕日がよく見える。はぁ、夕焼けが綺麗…。
「…セレーネさん、せめて今日中にそのページは終わらせてくださいね…?」
「は、はい!」
鮮やかな緑の髪をポニーテールにした、穏やかな口調のシルフィード先生はこんな時間まで付き合ってくれていた。なんでも指導をオーランドが頼んでくれたのだという。
課題の難しさもさることながら、気を抜いたらゲームのことや今後のこと、ライのことなどを考えてしまって、遅々として進まずこんな時間になってしまった。先生には本当申し訳ない…。
先日のライ達に会ってから5日程経った日に、キースの所から使いの方が来て、祈りを込めた魔石を3個渡した。
そしてそれからキース達3人は学園には来ていなかった。前に学園の中庭に会った日から、もう1か月近くになる。穏やかな気候のこの国でも朝晩冷える日が続いて、外の園庭の木々は紅く色づき、その葉を落とし始めていた。
学園の卒業は3月。あとは残す所4か月程だ。
(誰かのルートで、攻略対象が学園に不在になるなんてあったっけ…。アルレーヌのルートでキースが不在にすることがあったかな…。他のルートではどうだっただろう)
学園に入学してからというもの、卒業を心待ちにその日を指折り数えていた。けれど、ここ最近の現状は私の知っているゲームとは違う、全く知らない展開ばかりだ。
私が転生者だからなのか、それとも私が今未プレイだったライのBADルートに入ってしまっているからなのか。
…後者はものすごく避けたい。
そしてもし、前者の私が転生者だっていうことが、この世界に作用して、ゲームそのものを歪めているとしたら…。私の知っている知識は何も当てにならないことになる。
―――そう考えると、眩暈がする。
本来人生とは、いくら考えても先は分からない、そもそもそういうものだ。
それなのに今、何の道標も持たず歩くことがこんなにも不安だなんて。
ライのことは好き、それでもライを望むのは怖い。
でもライを望まなかった先に何が待っているのかを考えることも怖い。ライが言っていた通り、私の思考は堂々巡りを繰り返し、不安の中で迷子になっていた。
いたずらにペンの先ばかりを擦り減らしている目の前の課題のように、同じところを何度も何度も読み返しては正解が分からない。
(とりあえず、暗くなる前に早く終わらせなくちゃ…)
カタン
「あぁ、セラ。居残りで課題?」
「!」
この声、アルレーヌ…!
一瞬で身体に緊張が走る。視線を机からあげれば、そこにいたはずのシルフィード先生がいない。
いつの間にか私一人だ。そしてそこにいるアルレーヌは王城にあがっていたのだろうか、いつもの学園の制服ではなく王太子の礼装をしている。王族のみに受け継がれるという光の魔力を誇示するかのように、いつものように豊かな金髪はおろしたままだ。
「…はい、今日の課題が終わらなかったんです…」
ゆっくりと言葉を選び、区切るようにそう告げる。
「ふぅん。そんなに難しかったんだねぇ、大丈夫?僕が教えてあげようっか?」
スタスタと歩み寄ってきたアルレーヌは、あっという間に私の所までやってきて、近くの窓辺にもたれかかった。
赤い夕陽が彼の後ろからさして、眩しさと逆光でよく彼の表情が見えない。夕陽の明るさが一層その影を濃くする。
(なんで、こんなところに…!しかも一人…!)
それでなくてもアルレーヌは怖いので、あまり会話らしい会話をしたことがない。
これは長居無用だ、今は誰の行動も予測することが出来なくて怖い。
「もう終わる所だったので…もう帰ります」
手早く机の上を片付け始めた。
逆光で表情の読めないアルレーヌは、苦笑交じりの声で「おや、君はいつも逃げるねぇ」と呟いた。
「!いえ、そんなことないです。…アルレーヌ様はこの国の尊いお方なので、恐れ多いだけです…」
「尊いお方、ね…。あぁ、君は孤児院の育ちだったものね。
――――――そんなところに隠されていたんだものね」
ドキン
「え…?」
「本当はね、君のことをお伽噺の中の姫のように優しく迎えたかったんだけどね。女の子ってそういうの好きだろう?せっかくだから頑張ったんだけどさぁ。」
はぁ、と大げさな身振りを交えてアルレーヌが言葉を紡ぐ。
「それなのに君全然僕に興味を示さないんだもん。髪の色も醜い茶色のまんまだし…ねぇ、君に聞きたいことがあってきたんだ。
僕はねずっと探し物をしていたんだ。それは僕の、王家のものであるべきものなのに、ずぅっと昔に奪われて、今まで見つからなかったんだよ」
(え…それって…)
一気に体中から血の気が引くのが分かる。心臓が嫌な音をたてて早鐘を打ち、本能が逃げろと言っている。
――でも、凍りついたように、身体が動かない。
逆光のアルレーヌの表情は読み取れない、怖い。
「最近国内も小うるさい虫どもが集まっていてね、まぁ、今頃潰されてるだろうけど。父上もうるさかったんだ。もうあまり時間がなさそうでね…まぁでもやっと見つかって、僕、本当に嬉しいよ」
「……ッッ!」
何を言っているのか分からないアルレーヌの言葉。それでも混乱の中、私はようやく椅子から転がるようにして、立ち上がろうとした。
ガシッ
「…ひっ」
冷たい手で手首を掴まれ、目の前には先ほどまでは見えなかった蒼の瞳が迫る。アルレーヌはその美しいかんばせで、うっそりと微笑んでいた。
「ねぇ、君が“月の乙女”なんだろう?」
その瞬間、大きな魔力の気配を感じる。重い、重い忍び寄り絡め捕られるような邪悪な気配。
「――――――ッ!」
――叫び声をあげることもできぬまま、私の意識は暗闇に落ちた。
ちらりと横目で今まさに赤みを増していく空を見つめた。この教室からは暮れていく夕日がよく見える。はぁ、夕焼けが綺麗…。
「…セレーネさん、せめて今日中にそのページは終わらせてくださいね…?」
「は、はい!」
鮮やかな緑の髪をポニーテールにした、穏やかな口調のシルフィード先生はこんな時間まで付き合ってくれていた。なんでも指導をオーランドが頼んでくれたのだという。
課題の難しさもさることながら、気を抜いたらゲームのことや今後のこと、ライのことなどを考えてしまって、遅々として進まずこんな時間になってしまった。先生には本当申し訳ない…。
先日のライ達に会ってから5日程経った日に、キースの所から使いの方が来て、祈りを込めた魔石を3個渡した。
そしてそれからキース達3人は学園には来ていなかった。前に学園の中庭に会った日から、もう1か月近くになる。穏やかな気候のこの国でも朝晩冷える日が続いて、外の園庭の木々は紅く色づき、その葉を落とし始めていた。
学園の卒業は3月。あとは残す所4か月程だ。
(誰かのルートで、攻略対象が学園に不在になるなんてあったっけ…。アルレーヌのルートでキースが不在にすることがあったかな…。他のルートではどうだっただろう)
学園に入学してからというもの、卒業を心待ちにその日を指折り数えていた。けれど、ここ最近の現状は私の知っているゲームとは違う、全く知らない展開ばかりだ。
私が転生者だからなのか、それとも私が今未プレイだったライのBADルートに入ってしまっているからなのか。
…後者はものすごく避けたい。
そしてもし、前者の私が転生者だっていうことが、この世界に作用して、ゲームそのものを歪めているとしたら…。私の知っている知識は何も当てにならないことになる。
―――そう考えると、眩暈がする。
本来人生とは、いくら考えても先は分からない、そもそもそういうものだ。
それなのに今、何の道標も持たず歩くことがこんなにも不安だなんて。
ライのことは好き、それでもライを望むのは怖い。
でもライを望まなかった先に何が待っているのかを考えることも怖い。ライが言っていた通り、私の思考は堂々巡りを繰り返し、不安の中で迷子になっていた。
いたずらにペンの先ばかりを擦り減らしている目の前の課題のように、同じところを何度も何度も読み返しては正解が分からない。
(とりあえず、暗くなる前に早く終わらせなくちゃ…)
カタン
「あぁ、セラ。居残りで課題?」
「!」
この声、アルレーヌ…!
一瞬で身体に緊張が走る。視線を机からあげれば、そこにいたはずのシルフィード先生がいない。
いつの間にか私一人だ。そしてそこにいるアルレーヌは王城にあがっていたのだろうか、いつもの学園の制服ではなく王太子の礼装をしている。王族のみに受け継がれるという光の魔力を誇示するかのように、いつものように豊かな金髪はおろしたままだ。
「…はい、今日の課題が終わらなかったんです…」
ゆっくりと言葉を選び、区切るようにそう告げる。
「ふぅん。そんなに難しかったんだねぇ、大丈夫?僕が教えてあげようっか?」
スタスタと歩み寄ってきたアルレーヌは、あっという間に私の所までやってきて、近くの窓辺にもたれかかった。
赤い夕陽が彼の後ろからさして、眩しさと逆光でよく彼の表情が見えない。夕陽の明るさが一層その影を濃くする。
(なんで、こんなところに…!しかも一人…!)
それでなくてもアルレーヌは怖いので、あまり会話らしい会話をしたことがない。
これは長居無用だ、今は誰の行動も予測することが出来なくて怖い。
「もう終わる所だったので…もう帰ります」
手早く机の上を片付け始めた。
逆光で表情の読めないアルレーヌは、苦笑交じりの声で「おや、君はいつも逃げるねぇ」と呟いた。
「!いえ、そんなことないです。…アルレーヌ様はこの国の尊いお方なので、恐れ多いだけです…」
「尊いお方、ね…。あぁ、君は孤児院の育ちだったものね。
――――――そんなところに隠されていたんだものね」
ドキン
「え…?」
「本当はね、君のことをお伽噺の中の姫のように優しく迎えたかったんだけどね。女の子ってそういうの好きだろう?せっかくだから頑張ったんだけどさぁ。」
はぁ、と大げさな身振りを交えてアルレーヌが言葉を紡ぐ。
「それなのに君全然僕に興味を示さないんだもん。髪の色も醜い茶色のまんまだし…ねぇ、君に聞きたいことがあってきたんだ。
僕はねずっと探し物をしていたんだ。それは僕の、王家のものであるべきものなのに、ずぅっと昔に奪われて、今まで見つからなかったんだよ」
(え…それって…)
一気に体中から血の気が引くのが分かる。心臓が嫌な音をたてて早鐘を打ち、本能が逃げろと言っている。
――でも、凍りついたように、身体が動かない。
逆光のアルレーヌの表情は読み取れない、怖い。
「最近国内も小うるさい虫どもが集まっていてね、まぁ、今頃潰されてるだろうけど。父上もうるさかったんだ。もうあまり時間がなさそうでね…まぁでもやっと見つかって、僕、本当に嬉しいよ」
「……ッッ!」
何を言っているのか分からないアルレーヌの言葉。それでも混乱の中、私はようやく椅子から転がるようにして、立ち上がろうとした。
ガシッ
「…ひっ」
冷たい手で手首を掴まれ、目の前には先ほどまでは見えなかった蒼の瞳が迫る。アルレーヌはその美しいかんばせで、うっそりと微笑んでいた。
「ねぇ、君が“月の乙女”なんだろう?」
その瞬間、大きな魔力の気配を感じる。重い、重い忍び寄り絡め捕られるような邪悪な気配。
「――――――ッ!」
――叫び声をあげることもできぬまま、私の意識は暗闇に落ちた。
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