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憂鬱な転生【カノンの場合】
34.告白
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「え」
ぽつんと、城野院の口から出た音が浮かんだ。
困惑とも拒絶ともつかないその声に、カノンは顔を上げることができなかった。
一拍置いて、混乱と共に頬に熱が集まってくる。
(わ、私、いま何を……!?)
――会えたら言いたいことがあった。でもこれは今じゃなくて、せめてコンサートのこととかブローチのこととかお礼を言った後だったんじゃないかな?
あれ? 今のってあれかな、主語なかったけど、伝わってるのかな? あれ? 私は今何を??
ブローチありがとうございますって言おうとしただけだったはずなのに?
「あ……あの、私」
城野院の反応次第ではそう逃げてしまおう。伝えたいと思っていたけれど、それは今こんな出会い頭に、突然相手にぶつけるような形じゃなかったはずだ。
困らせることだけはしたくない。
瞬時に考えを巡らせると、カノンは意を決して顔を上げた。
そうしてまずは謝ろうとしたカノンの視界に飛び込んだのは、カノンと同じくらい、それ以上に頬を染めた城野院の姿だった。
口元に手をあてて、俯いた顔で流れる黒髪の隙間からこちらを上目遣いで見つめている。
……というより、睨んでいる?
「え、あの?」
「それ……、本当に?」
「え」
「それって、君が、僕のことをっていうこと、だよね?」
「え、え」
「だよね?」
城野院の質問の意図に追いつけないままカノンはこくこくと首を縦に振った。見たこともない赤い顔をしている城野院が、一体何を考えているかがわからない。
否定することを許さない念を押してくるような城野院の物言いに、僅かに残っていた甘い思いも霧散して、焦りが募ってくる。首筋を、じわりと焦燥と共に汗が滲むのを感じた。
「あ、はい。それはもちろん、です」
英文を下手に訳したような返事になってしまった。
もっと言いようがあったことに焦りながら、城野院の顔を見返すが、今度こそ彼は押し黙ってしまった。
「……」
「え、え? あの、ごめんなさい、迷惑でした……?」
「は? 逆だよ!」
「へ」
勢いよく顔を上げた城野院は、ぎゅっとカノンの箱を持つ手を握りしめた。
真剣な眼差しと、汗ばんだ手、必死な口調。
そのどれもが平素の彼とは似つかわしくないもので。
城野院の手から伝わる熱を感じながら、窺うように彼の言葉を待った。
「――ッ、僕から! 僕から言おうと思ってたんだよ、これまで君は必死そうだったし、これからゆっくり僕のことを好きになってくれるのを待とうって、そう」
「……」
「……そう、思ってたところだったのに、こんな、突然で……」
最後は消え入るように小さい声になってしまった。
カノンの鼓動が、今度はこれまでとは違うリズムに高鳴るのを感じる。彼がいま言おうとしているのは……?
「あの……それって、つまり?」
「……あぁ、もう! ありがとう! 僕も君が好きだよ!」
そう八つ当たりのように言うと城野院は握っていた手を引き、カノンを抱き寄せた。
「……っ」
押し当てられた彼の肩口からは、いつもは掠めるだけだった白檀の香りが濃厚に香ってきた。そしてさっき彼の手のひらから感じていたのとは比にならないくらいの、激しい鼓動を感じる。
「……本当は、文化祭の時、とか。クリスマスとか。女性はそういうイベント、好きだろう? ……あとは、ほらよくこの学園の子が言ってる、」
「……学園の鐘が鳴っている時に告白すると、永遠に結ばれる?」
「そう、それ。……とにかく、僕から言うつもりだったのに……」
「ふっ、……ごめんなさい、ふ、ふふふ」
「……自分がこんなに格好悪いと思わなかったよ……」
そう言って頭を撫でてくれる城野院の手の温かさに、感じる指先の硬さに、少し笑みが浮かんだ後、どうしようもない思いがこみ上げてきた。爪先から頭の天辺まで、感じたことのないくらいの思いがじわじわと溢れてくる。
(好きになった相手に、好きって返してもらえる日が来るなんて……)
この思いの名前はきっと喜び、だ。それはカノンになってからも、以前の自分自身からも、初めての出来事で。
世の中にはこんなことがあるのか、こんな心を震わせられて、身体の奥底から喜びがあふれてくるような、こんなことが。
「あぁ……あの、ありがとうございました。伝えることができて、良かったです」
あぁ嬉しい。あぁ良かった。そっと城野院から身体を離すと、滲む涙を拭って、カノンは晴れ晴れとした笑顔でそう言った。
「ん?」その違和感に城野院は、首を傾げた。
「告白できて、良かったです。すごく嬉しくて、あのすごいスッキリしました。ありがとうございました」
「ん……? なんだろう、君の言い方は、なんだか過去形だね?」
「え?」
「え?」
――先輩は何を言ってるんだろう。それじゃあ、まるで――。
「私、お付き合いなんて望んでないんで、安心してください」
「はぁ!?」
「え、だって、先輩とお付き合いなんて、可能なんですか? え、まさか」
「こっちの台詞だよ! 付き合おうよ! 好きなんだろう? 僕も好きだよ!」
「ええええ、本当にいいんですか」
「いいよ! なんで、そんなことになるの?」
「だ…だって……、継続的なお付き合いって、可能なんですか? そういう仕様あったんですか……?」
――攻略対象と、卒業を待たずしてお付き合いなんてできるの? うっかり告白しちゃったけど、卒業もしてないし、告白のその後はゲームの中には出てこなかったのに。あれ? でもゲームじゃなかったんだっけ? あれ? 本当にそんなこと頭になかった。あれ?
カノンのそんな言葉に、一拍おいて、今度は城野院がぶはっと噴出した。
「仕様って!? ちょっと待って、くるしい……くくくく」
「だって……」
また涙が滲みそうになったカノンの目元をぬぐうように、頬に城野院の手がふれた。
笑いが収まらないその指先は、まだ小刻みに震えている。
「くくくっ、君の自己評価の低さが表れてるよねぇ」
「う……」
「好きだよ、舞宮さん。僕とお付き合いしてください」
そう言ってさっきの赤い顔で焦っていた時とは打って変わって、余裕たっぷりの笑みを湛えて彼はそう言った。
「……よろしく、お願いします」
絞り出すようにそう告げて、カノンも笑みを返した。
ぽつんと、城野院の口から出た音が浮かんだ。
困惑とも拒絶ともつかないその声に、カノンは顔を上げることができなかった。
一拍置いて、混乱と共に頬に熱が集まってくる。
(わ、私、いま何を……!?)
――会えたら言いたいことがあった。でもこれは今じゃなくて、せめてコンサートのこととかブローチのこととかお礼を言った後だったんじゃないかな?
あれ? 今のってあれかな、主語なかったけど、伝わってるのかな? あれ? 私は今何を??
ブローチありがとうございますって言おうとしただけだったはずなのに?
「あ……あの、私」
城野院の反応次第ではそう逃げてしまおう。伝えたいと思っていたけれど、それは今こんな出会い頭に、突然相手にぶつけるような形じゃなかったはずだ。
困らせることだけはしたくない。
瞬時に考えを巡らせると、カノンは意を決して顔を上げた。
そうしてまずは謝ろうとしたカノンの視界に飛び込んだのは、カノンと同じくらい、それ以上に頬を染めた城野院の姿だった。
口元に手をあてて、俯いた顔で流れる黒髪の隙間からこちらを上目遣いで見つめている。
……というより、睨んでいる?
「え、あの?」
「それ……、本当に?」
「え」
「それって、君が、僕のことをっていうこと、だよね?」
「え、え」
「だよね?」
城野院の質問の意図に追いつけないままカノンはこくこくと首を縦に振った。見たこともない赤い顔をしている城野院が、一体何を考えているかがわからない。
否定することを許さない念を押してくるような城野院の物言いに、僅かに残っていた甘い思いも霧散して、焦りが募ってくる。首筋を、じわりと焦燥と共に汗が滲むのを感じた。
「あ、はい。それはもちろん、です」
英文を下手に訳したような返事になってしまった。
もっと言いようがあったことに焦りながら、城野院の顔を見返すが、今度こそ彼は押し黙ってしまった。
「……」
「え、え? あの、ごめんなさい、迷惑でした……?」
「は? 逆だよ!」
「へ」
勢いよく顔を上げた城野院は、ぎゅっとカノンの箱を持つ手を握りしめた。
真剣な眼差しと、汗ばんだ手、必死な口調。
そのどれもが平素の彼とは似つかわしくないもので。
城野院の手から伝わる熱を感じながら、窺うように彼の言葉を待った。
「――ッ、僕から! 僕から言おうと思ってたんだよ、これまで君は必死そうだったし、これからゆっくり僕のことを好きになってくれるのを待とうって、そう」
「……」
「……そう、思ってたところだったのに、こんな、突然で……」
最後は消え入るように小さい声になってしまった。
カノンの鼓動が、今度はこれまでとは違うリズムに高鳴るのを感じる。彼がいま言おうとしているのは……?
「あの……それって、つまり?」
「……あぁ、もう! ありがとう! 僕も君が好きだよ!」
そう八つ当たりのように言うと城野院は握っていた手を引き、カノンを抱き寄せた。
「……っ」
押し当てられた彼の肩口からは、いつもは掠めるだけだった白檀の香りが濃厚に香ってきた。そしてさっき彼の手のひらから感じていたのとは比にならないくらいの、激しい鼓動を感じる。
「……本当は、文化祭の時、とか。クリスマスとか。女性はそういうイベント、好きだろう? ……あとは、ほらよくこの学園の子が言ってる、」
「……学園の鐘が鳴っている時に告白すると、永遠に結ばれる?」
「そう、それ。……とにかく、僕から言うつもりだったのに……」
「ふっ、……ごめんなさい、ふ、ふふふ」
「……自分がこんなに格好悪いと思わなかったよ……」
そう言って頭を撫でてくれる城野院の手の温かさに、感じる指先の硬さに、少し笑みが浮かんだ後、どうしようもない思いがこみ上げてきた。爪先から頭の天辺まで、感じたことのないくらいの思いがじわじわと溢れてくる。
(好きになった相手に、好きって返してもらえる日が来るなんて……)
この思いの名前はきっと喜び、だ。それはカノンになってからも、以前の自分自身からも、初めての出来事で。
世の中にはこんなことがあるのか、こんな心を震わせられて、身体の奥底から喜びがあふれてくるような、こんなことが。
「あぁ……あの、ありがとうございました。伝えることができて、良かったです」
あぁ嬉しい。あぁ良かった。そっと城野院から身体を離すと、滲む涙を拭って、カノンは晴れ晴れとした笑顔でそう言った。
「ん?」その違和感に城野院は、首を傾げた。
「告白できて、良かったです。すごく嬉しくて、あのすごいスッキリしました。ありがとうございました」
「ん……? なんだろう、君の言い方は、なんだか過去形だね?」
「え?」
「え?」
――先輩は何を言ってるんだろう。それじゃあ、まるで――。
「私、お付き合いなんて望んでないんで、安心してください」
「はぁ!?」
「え、だって、先輩とお付き合いなんて、可能なんですか? え、まさか」
「こっちの台詞だよ! 付き合おうよ! 好きなんだろう? 僕も好きだよ!」
「ええええ、本当にいいんですか」
「いいよ! なんで、そんなことになるの?」
「だ…だって……、継続的なお付き合いって、可能なんですか? そういう仕様あったんですか……?」
――攻略対象と、卒業を待たずしてお付き合いなんてできるの? うっかり告白しちゃったけど、卒業もしてないし、告白のその後はゲームの中には出てこなかったのに。あれ? でもゲームじゃなかったんだっけ? あれ? 本当にそんなこと頭になかった。あれ?
カノンのそんな言葉に、一拍おいて、今度は城野院がぶはっと噴出した。
「仕様って!? ちょっと待って、くるしい……くくくく」
「だって……」
また涙が滲みそうになったカノンの目元をぬぐうように、頬に城野院の手がふれた。
笑いが収まらないその指先は、まだ小刻みに震えている。
「くくくっ、君の自己評価の低さが表れてるよねぇ」
「う……」
「好きだよ、舞宮さん。僕とお付き合いしてください」
そう言ってさっきの赤い顔で焦っていた時とは打って変わって、余裕たっぷりの笑みを湛えて彼はそう言った。
「……よろしく、お願いします」
絞り出すようにそう告げて、カノンも笑みを返した。
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