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魔王城には娯楽がない
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普段の私は魔王城で生活している。
善人に気づかれることなく、彼の成長を見守るために最適な場所を選んだ結果なのだけど、今はそれだけではない。
はっきり言って居心地がよいのだ。
出会った当初は警戒されていたものの、カイルを助けたことで心を開き始め、今ではかなり私のことが気になっている魔王レボルと、純真無垢な心を持ち、人懐っこい弟のカイル。
人の感情が分かる私にとって、レボルが私に対してどのような感情を抱いているのかなんて丸わかりだ。
私はレボルの気持ちに気づいていながら、わざとそれには一切気付いていないフリをしている、ごめんなさいね。
カイルは眠りから覚めてから私の部屋に来ることが多い。
純粋に私のことを慕ってくれているのが分かるから、こちらとしても可愛がってしまう。
元の世界では一人っ子だから、もし弟がいたらこんな感じなのかしらって想像しちゃうのよね。
一緒に連れてきたセバスとアンのうち、セバスは王都フロイゼンで店を仕切っているので魔王城にいることはほとんどない。
身の回りの世話をしてくれるのは主にアンだ。
アンには身の回りの世話以外に、魔王城の周囲に生息する魔物を定期的に討伐して、魔石や素材を収集してもらっている。
採った魔石や素材は私の研究に使ったり、余ったものは白ポーションを補充する際に一緒にセバスの下に送り、ギルドで換金している。
白ポーションは連日品切れになるほどよく売れているし、魔石や素材の持ち込みも喜ばれていた。
あくまでこの世界基準だが、魔王城周辺の魔物は強い。
魔物は強ければ強いほど採れる魔石の価値も上がるし、素材も希少なものが多いので、高額で買い取ってもらえるのだ。
王宮御用達の看板の見返りとして売り上げの3割を王宮に納めているけれど、それを差し引いても増える額の方が遥かに多い。
セバスの調査によると、ある程度の地位にいる貴族よりも蓄えているらしい。
まあ、いくらお金を持っていたところで私自身で使う機会などないのだけれど。
王都に行くことがないわけではない。
たまに王宮からお呼びがかかることがあるので、その際にはエリーとして王都に行く。
だけど、王都で行ったことがある場所といえば、せいぜい自分の店と王宮くらいなので、やはりお金を使うことはない。
何かきっかけでもあれば別なんでしょうけど。
そんなことを考えていたからだろうか、きっかけは意外なところからやってきたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それは、カイルと遊んでいた時のことだった。
たまには外に出てみようということで、私とカイルは魔王城の外に出た。
そこで、門番のアークデーモンがいかにも構って欲しそうな顔をしながら、ちらちらとこちらの様子を窺っていたので、手招きした。
すると、アークデーモンは巨体を揺らしながら小走りにやってきた。
「ふ、ふん。俺は忙しいのだぞ。いったい何の用だ」
いや、私たちが現れるまでボーっと空を見上げていたじゃありませんか。
「カイルくんと外で遊ぼうと思いまして。よろしかったらアークデーモンさんもご一緒にいかが?」
「魔王城の門番たる俺が遊びなどと……ふざけているのか?」
アークデーモンは鋭い目でギロリと私を睨みつける。
「ねえ、シトリー。一緒に遊んでくれないの……?」
「カイル様……」
カイルはつぶらな瞳でシトリーを見上げていた。
途端にシトリーはオロオロしだした。
というか、アークデーモンっていう種族名じゃなく、ちゃんとした名前があったのね。
「しかしですね、俺には門番という大事な使命があってですね……」
「でも、今は誰も来てないよ?」
「そ、それはそうですが……」
「ぼく、シトリーと一緒に遊びたいな」
カイルはそう言いながらシトリーの足にギュッとしがみついた。
「ねえ、ちょっとだけでいいから遊ぼう?」
ああ、これは抗えないでしょう。
私なら無理だ。
「……仕方ないですね、少しだけですよ」
「うん! シトリー大好き!」
これで打算も何もない、素の行動だというのだから恐ろしいわ。
一緒に遊ぶことになったのだが、出来ることは限られる。
最終的にカイルがシトリーの巨体に上り、背中から滑り落ちていた。
滑り台で遊ぶ子供のようにはしゃぐカイルの姿が何とも微笑ましい。
カイルを見ながら癒されていると、魔王城の門が開いた。
「……何をしているのだ」
現れたのはレボルだった。
レボルはシトリーの背を滑り落ちるカイルを見て戸惑った顔をしている。
「あら、レボル様。見ての通りですわ。楽しそうでしょう」
微笑みかけると、レボルは「そうだな」と短く頷いた。
その声でレボルに気づいたシトリーの表情が固まった。
「ま、魔王様!? これはですね……」
「構わぬ。カイルの為なのだろう」
「うん!」
カイルが大きく頷く。
それを見て、フッと表情を柔らかくするレボル。
「それなら何ら問題はない。本来の役目さえ忘れなければな」
「もちろんです!」
まあ、今のところ勇者も亜人も魔王城までやってくることはないので、門番はいなくても大丈夫なのだけど。
「とはいえ、魔王城には娯楽といったものがないからな。たまにで構わないからカイルと遊んでやってくれ」
「はっ!」
シトリーは即答した。
そうなのよね。
魔王城は広いけれど、ただそれだけだ。
外に出たところで、だだっ広い平原とごつごつした岩山が見えるだけ。
魔王城から少し離れると、凶暴な魔物に遭遇して襲い掛かってくる。
私からすれば魔物のエンカウントも一種の娯楽だけど、カイルは違う。
もっと安全で、かつカイルが喜ぶような場所でもあればいいのだけれど……。
――あったわ。
私はとっておきの場所があることに気づいた。
そうだわ。
なんで今まで思いつかなかったのかしら。
彼らの姿は……うん、私の魔法と仮面で何とでもなるわね。
「カイルくん」
「なあに、お姉ちゃん」
「カイルくんは外の世界に興味があるかしら?」
「外の世界?」
「ええ。ちょっとだけ遠い場所だけど、カイルくんが見たことのないものばかりがあるはずよ」
「本当!? だったら行ってみたいっ」
「じゃあ、お出かけしましょうか」
「待て、エリカ。まさかとは思うが外の世界とはもしや……」
目をキラキラさせるカイルとは反対に、探るような眼差しを向けるレボル。
レボルの問いには答えず、ただニッコリと笑みを浮かべる。
「心配でしたらレボル様も一緒にいかがですか?」
「……は?」
レボルはポカンと口を開けてしまった。
「3人で一緒に行けばレボル様も安心できるでしょう? カイルくんもそのほうが嬉しいわよね?」
「うん!」
「カイル!?」
「じゃあ、決まりね。レボル様も準備ができたらカイルくんと一緒にお声がけしますね」
私は早口で言い終えると、足早にその場を後にした。
魔王だからずっと魔王城にいなくてはならないルールなんてないものね。
たまには羽を伸ばしたっていいじゃない。
善人に気づかれることなく、彼の成長を見守るために最適な場所を選んだ結果なのだけど、今はそれだけではない。
はっきり言って居心地がよいのだ。
出会った当初は警戒されていたものの、カイルを助けたことで心を開き始め、今ではかなり私のことが気になっている魔王レボルと、純真無垢な心を持ち、人懐っこい弟のカイル。
人の感情が分かる私にとって、レボルが私に対してどのような感情を抱いているのかなんて丸わかりだ。
私はレボルの気持ちに気づいていながら、わざとそれには一切気付いていないフリをしている、ごめんなさいね。
カイルは眠りから覚めてから私の部屋に来ることが多い。
純粋に私のことを慕ってくれているのが分かるから、こちらとしても可愛がってしまう。
元の世界では一人っ子だから、もし弟がいたらこんな感じなのかしらって想像しちゃうのよね。
一緒に連れてきたセバスとアンのうち、セバスは王都フロイゼンで店を仕切っているので魔王城にいることはほとんどない。
身の回りの世話をしてくれるのは主にアンだ。
アンには身の回りの世話以外に、魔王城の周囲に生息する魔物を定期的に討伐して、魔石や素材を収集してもらっている。
採った魔石や素材は私の研究に使ったり、余ったものは白ポーションを補充する際に一緒にセバスの下に送り、ギルドで換金している。
白ポーションは連日品切れになるほどよく売れているし、魔石や素材の持ち込みも喜ばれていた。
あくまでこの世界基準だが、魔王城周辺の魔物は強い。
魔物は強ければ強いほど採れる魔石の価値も上がるし、素材も希少なものが多いので、高額で買い取ってもらえるのだ。
王宮御用達の看板の見返りとして売り上げの3割を王宮に納めているけれど、それを差し引いても増える額の方が遥かに多い。
セバスの調査によると、ある程度の地位にいる貴族よりも蓄えているらしい。
まあ、いくらお金を持っていたところで私自身で使う機会などないのだけれど。
王都に行くことがないわけではない。
たまに王宮からお呼びがかかることがあるので、その際にはエリーとして王都に行く。
だけど、王都で行ったことがある場所といえば、せいぜい自分の店と王宮くらいなので、やはりお金を使うことはない。
何かきっかけでもあれば別なんでしょうけど。
そんなことを考えていたからだろうか、きっかけは意外なところからやってきたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それは、カイルと遊んでいた時のことだった。
たまには外に出てみようということで、私とカイルは魔王城の外に出た。
そこで、門番のアークデーモンがいかにも構って欲しそうな顔をしながら、ちらちらとこちらの様子を窺っていたので、手招きした。
すると、アークデーモンは巨体を揺らしながら小走りにやってきた。
「ふ、ふん。俺は忙しいのだぞ。いったい何の用だ」
いや、私たちが現れるまでボーっと空を見上げていたじゃありませんか。
「カイルくんと外で遊ぼうと思いまして。よろしかったらアークデーモンさんもご一緒にいかが?」
「魔王城の門番たる俺が遊びなどと……ふざけているのか?」
アークデーモンは鋭い目でギロリと私を睨みつける。
「ねえ、シトリー。一緒に遊んでくれないの……?」
「カイル様……」
カイルはつぶらな瞳でシトリーを見上げていた。
途端にシトリーはオロオロしだした。
というか、アークデーモンっていう種族名じゃなく、ちゃんとした名前があったのね。
「しかしですね、俺には門番という大事な使命があってですね……」
「でも、今は誰も来てないよ?」
「そ、それはそうですが……」
「ぼく、シトリーと一緒に遊びたいな」
カイルはそう言いながらシトリーの足にギュッとしがみついた。
「ねえ、ちょっとだけでいいから遊ぼう?」
ああ、これは抗えないでしょう。
私なら無理だ。
「……仕方ないですね、少しだけですよ」
「うん! シトリー大好き!」
これで打算も何もない、素の行動だというのだから恐ろしいわ。
一緒に遊ぶことになったのだが、出来ることは限られる。
最終的にカイルがシトリーの巨体に上り、背中から滑り落ちていた。
滑り台で遊ぶ子供のようにはしゃぐカイルの姿が何とも微笑ましい。
カイルを見ながら癒されていると、魔王城の門が開いた。
「……何をしているのだ」
現れたのはレボルだった。
レボルはシトリーの背を滑り落ちるカイルを見て戸惑った顔をしている。
「あら、レボル様。見ての通りですわ。楽しそうでしょう」
微笑みかけると、レボルは「そうだな」と短く頷いた。
その声でレボルに気づいたシトリーの表情が固まった。
「ま、魔王様!? これはですね……」
「構わぬ。カイルの為なのだろう」
「うん!」
カイルが大きく頷く。
それを見て、フッと表情を柔らかくするレボル。
「それなら何ら問題はない。本来の役目さえ忘れなければな」
「もちろんです!」
まあ、今のところ勇者も亜人も魔王城までやってくることはないので、門番はいなくても大丈夫なのだけど。
「とはいえ、魔王城には娯楽といったものがないからな。たまにで構わないからカイルと遊んでやってくれ」
「はっ!」
シトリーは即答した。
そうなのよね。
魔王城は広いけれど、ただそれだけだ。
外に出たところで、だだっ広い平原とごつごつした岩山が見えるだけ。
魔王城から少し離れると、凶暴な魔物に遭遇して襲い掛かってくる。
私からすれば魔物のエンカウントも一種の娯楽だけど、カイルは違う。
もっと安全で、かつカイルが喜ぶような場所でもあればいいのだけれど……。
――あったわ。
私はとっておきの場所があることに気づいた。
そうだわ。
なんで今まで思いつかなかったのかしら。
彼らの姿は……うん、私の魔法と仮面で何とでもなるわね。
「カイルくん」
「なあに、お姉ちゃん」
「カイルくんは外の世界に興味があるかしら?」
「外の世界?」
「ええ。ちょっとだけ遠い場所だけど、カイルくんが見たことのないものばかりがあるはずよ」
「本当!? だったら行ってみたいっ」
「じゃあ、お出かけしましょうか」
「待て、エリカ。まさかとは思うが外の世界とはもしや……」
目をキラキラさせるカイルとは反対に、探るような眼差しを向けるレボル。
レボルの問いには答えず、ただニッコリと笑みを浮かべる。
「心配でしたらレボル様も一緒にいかがですか?」
「……は?」
レボルはポカンと口を開けてしまった。
「3人で一緒に行けばレボル様も安心できるでしょう? カイルくんもそのほうが嬉しいわよね?」
「うん!」
「カイル!?」
「じゃあ、決まりね。レボル様も準備ができたらカイルくんと一緒にお声がけしますね」
私は早口で言い終えると、足早にその場を後にした。
魔王だからずっと魔王城にいなくてはならないルールなんてないものね。
たまには羽を伸ばしたっていいじゃない。
応援ありがとうございます!
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