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聖域を守護する者

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「階段?」

 洞窟に入ってすぐ、善人よしとたちは下へ続く階段を発見した。
 周囲を見渡すが他に進むべき道はない。

「どうする?」

「他に道がないのなら進むしかないさ」

「だよな」

 バッツは苦笑する。
 彼とてここで引き返すつもりなど全く考えていない。
 
 先頭に立つバッツが盾を構えながらゆっくりと階段を下りる。
 善人たちも後に続く。

 階段を下りると石造りの通路が姿を現した。
 人が3人並んでもまだ余裕があるほどの、幅の広い通路だ。
 バッツは周囲を警戒しながら通路を進んでいく。
 
 警戒、といっても一本道なので前方に注意すればよいだけだ。
 
「何も出てこないわね」

「そう、ですね」

 ミレーヌの言葉に、テレサが同意する。
 進めど進めど同じ石造りの通路が続くのみ。

「静かに」

 善人が人差し指を口元に当てる。
 口をつぐみ、耳を澄ます。
 静寂に包まれた通路から聞こえてくるのは、自分たちの微かな呼吸音のみで、辺りの気配を探っても、魔物の気配はない。

「もう少し進んで、何もないようなら一度戻ろう」

 善人の言葉に、全員が黙ってうなずいた。
 
 それから歩みを進めていった善人たちだったが、その足がピタリと止まる。

「――こりゃ、いったいどういうことだ?」

 目の前の光景を信じることができず、バッツが声を漏らして後ろを振り返る。
 そこには、バッツと同様に困惑の表情を浮かべる3人の姿があった。

 バッツは深々と息を吐き、再び正面を向く。
 彼の瞳に映るのは石造りの壁だ。

 そう、壁なのだ。
 つまり、行き止まりである。
 他に進むべき道はなく、当然のことながら扉や階段も見当たらない。

「ヨシト、こいつはハズレかもしれねえぞ」

「ここには何かあると思ったんだけどな……」

 洞窟には何度か入った経験がある。
 魔物が現れることもあれば、時には宝箱を見つけることもあった。
 もちろん、何もないことだってあるのだが。

 森の中に不自然に存在する洞窟の中を進んでみたら、ただの行き止まりでした。
 そんなことがあるのだろうか。

 しかし、いくら考えたところで答えはでない。
 目の前は行き止まりなのだから。

「仕方ない。いったん戻ろうか」

 善人の言葉に、3人が同意しようとしたその瞬間。
 足下を眩い光が包んだ。

「――なに!?」

「これは!?」

 善人は目を細めながら足下を見る。
 自分たちの足下に魔法陣が浮かんでいるのが一瞬見えた。
 しかし、光は強さを増していき、あまりの明るさに耐え切れなくなった善人は目を閉じてしまう。

 そして、次に目を開けたとき、善人たちは真っ白な空間にいた。

「どこだ……ここは?」

 石造りの廊下にいたはずだった。
 それが、いつのまにか、違う場所へと移動していた。
 足下を見ると、地面に描かれた魔法陣が輝きを失っていくのが見える。
 魔界へ繋がるという転移門に描かれたものによく似ていた。

「飛ばされたってことか……いったい、何でこんなものが」

「戻れるんでしょうか?」

「……分からない」

 輝きは失っているものの、魔法陣は地面に残っている。
 ただし、もう一度乗ったところで同じことが起きるかどうかは分からない。
 かといって、この場に留まるわけにもいかなかった。

「行こうバッツ」

「おう」

 先ほどまでのように、バッツが先頭に立ち前へ進む。
 真っ白な空間はどこまでも続いているかに見えた。

 その時だ。
 善人たちの前方にいきなり姿を現したのは。

 上半身は人間のようでありながら太く強靭な腕を持ち、下半身は山羊に似た脚。
 背中にはコウモリのような翼に、鉤状の尻尾。
 巨大なツノを生やした顔が善人に向けられる。
 ギョロリとした、燃え盛る炎のような真っ赤な瞳が善人を捉えた。

 目が合った瞬間、背筋が冷えるような感覚が善人を襲う。

「どこから現れやがった……!?」

 咄嗟にバッツは盾を構え、善人は剣を抜く。
 ミレーヌとテレサもいつでも魔法が使えるように、臨戦態勢に入っていた。

 今まで善人たちが見たことのない魔物だ。
 いや、そもそも魔物なのかも怪しい。

「聖域に何の用だ?」

 突然、魔物が口を開いた。

「喋った!?」

 魔物が自分たちの言葉を話したことに善人たちは驚く。

「まあいい。誰であろうと、聖域に足を踏み入れた者を生かして帰すわけにはいかん」

「――‼ 待ってくれ!」

 だが、目の前の魔物は待ってはくれない。
 大きな口を開くと、体を震わせる咆哮を放ち、翼を広げたかと思うと、弾かれたようにその姿が動く。

 そして、一気に善人たちに迫った。

 速い!

 そう思った次の瞬間、魔物の剛腕がバッツの盾に叩きつけられる。

「……っぐぅ!?」

 その衝撃に、バッツは身体ごと吹き飛ばされそうになるが、テレサによって瞬時に展開された障壁魔法によって、何とか耐え凌いだ。

「はああっ!!」

 反射的に善人が『英雄の剣』を振るうと、剣閃が魔物に向かって飛んでいく。
 
「アアアアァ!?」

 魔物は苦悶の声をあげ、上体をのけぞらせた。
 そう、のけぞらせただけなのだ。

 レベル90の善人が、エリカによって強化を施された『英雄の剣』を使って攻撃したというのに。

 善人の攻撃によって、魔物の意識が善人に向けられる。

「貴様ァ……許さんぞ」

「!!」

 次の瞬間、魔物が目の前にいた。
 咄嗟に善人は、横っ飛びに回避して強靭な腕から逃れる。

 続いて返す刀で、とでもいうかのように、ムチのようにしなった尻尾が逆方向から善人に迫る。

 その先端が『英雄の剣』に命中した。
 テレサの障壁魔法があるといっても、バッツのように踏ん張っていたわけではない。
 
 魔物の攻撃を受けた善人は、弾丸のごとき勢いで吹き飛ばされた。

「ヨシト!!」

「ヨシト様っ!?」

 仲間たちの悲鳴にも似た叫び声があがる。
 
「終わりだっ!」

 善人を斬り裂こうと、魔物の強靭な腕が振り下ろされた。
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