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第三章 白鳥

4  シェフィールドの晩夏

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 夏休みをゲチスバーモンド領で過ごしたジュリア達は、秋が訪れる前に首都シェフィールドへと向かった。離宮で短い夏を楽しんだエドモンド王が、首都に帰還されたからだ。

「まだ、国内は内乱前まで回復していない。少しでも、エドモンド王のお役に立たなくてはな」

 政治の中枢で活躍している夫に、グローリアは誇りを感じると共に、ここにフィッツジェラルドが居てくれたらとズキンと胸が痛む。もう、十数年もたつが息子を亡くした痛みは癒えることはない。しかし、どうやら精霊とふざけているらしい孫娘を見ると、微笑みが浮かぶ。

「さぁさ、そんな子どもみたいなことをしていないで、旅の汚れを洗い流しなさい。秋には社交界デビューするのですから、レディらしく振る舞わなくてはいけませんよ」

 そう注意したものの、もう少しは子どものまま手元に置いておきたいとも願ってしまう。貴族の令嬢は15歳、16歳で婚約するのが普通なので、そろそろ結婚相手を見つけなくてはいけないのだ。祖母の指摘に素直に従ったジュリアが部屋にあがったので、グローリアは気になる噂の真偽を夫に尋ねる。

「ルキアス王国のルーファス王子が水晶宮に留学されると聞きましたが、本当でしょうか?」

 ゲチスバーモンド伯爵であるアルバートは、エドモンド王から相談されていたので、重い溜め息と共に頷く。

「まぁ、水晶宮への留学は問題ないのだ。ルーファス王子は、さほど魔力が強いわけでは無さそうだと報告があがっている」

 グローリア夫人から、そんな精霊使いの技の流出を心配しているのではないと睨まれて、イオニア王国の重臣であるアルバートは首を竦める。

「まぁ、まぁ、エドモンド王も隣国の王子が留学したいと申し出られたら、断るわけにはいかなかったのだ。しかし、ジュリアはゲチスバーモンド伯爵領の後取りなのだ。ルキアス王国に嫁がせたりはしないから、安心しなさい」

 その点は、エドモンド王も巫女姫を外国に嫁がせたりはしないだろうとグローリアも感じている。心配なのは、ジュリアがメイドとして仕えていたベーカーヒル伯爵家のセドリックが学友としてついて来ることだ。

「あの子は、セドリック様に憧れてました。前は、メイドと若様という身分の壁がありましたが、今は無いのですよ。本当に、貴方の身内のマーカス卿ときたら、夏休みの間にもっと積極的にアタクックしてくれたら良かったのに!」

 グローリアは、親戚のジョージならジュリアを大切にしてくれるのにと溜め息をつく。しかし、アルバートは、もう少し野心的な相手をジュリアの婿に望んでいた。

「ジョージは、緑蔭城の城代だよ。城主を支える立場だと慎重に行動したのだろう。ジュリアには、どんな身分の相手でも望めるのだ」

 夫の意見に、グローリアは綺麗なアーチ型の片眉を上げた。野心的な縁談を考えているのが透けて見えたからだ。もしかして、ジョージに何か意見したのでは無いかと疑う。

「そうですわねぇ。社交界で素敵なお相手が見つかるかもしれませんもの」

 朗らかに笑い、旅の汚れを落として来ますと、ソファーから立ち上がったグローリアだが、孫娘を政略結婚から護らなくてはと決意を固めていた。

「それにしても、いつになったらルーファス王子の留学について、ジュリアに教えるつもりですの? あの子は、シルビア孃と手紙のやり取りをしてますから、そろそろバレますわよ」

 こちらからの手紙はシルフィードに届けさせるから早いが、ルキアス王国からの返事は船便なので時間がかかるのだ。とはいえ、秋に留学することは、妹のシルビアも知っているだろうと、グローリアは夫ののんびりした態度に苛つく。

「正式に決まってから、ジュリアに教えるつもりだったのだ。領地に帰っている間に、話が進んでいるかもしれない。王宮へ出向いて来よう」

 エドモンド王にお伺いを立てるのも伯爵の仕事ではあるが、それより今は孫娘の縁談について相談にのって貰いたかったとグローリアは溜め息をついた。

「こんなことは、殿方に任せておけませんわ。アルバートなら、変な相手は選んだりはしないでしょうが、やはりジュリアを愛して大切にしてくれる相手じゃないとね」

 首都シェフィールドに着いたばかりだが、旅の汚れを落とすと、知り合いの貴婦人を訪問して、良い婿候補の情報を手に入れようとグローリアも屋敷を留守にした。

 お風呂で身綺麗にしたジュリアは、祖父母が留守だと知り、お疲れにならないのかしらと、ルーシーと首を捻る。家庭教師のグレーシー夫人は、荷物の片付けをしているので、後でお茶をしましょうと部屋に帰った。

「お二人が、お元気なのは安心だわ。あら? 手紙が届いていたのね」

 領地にいる間に届いた手紙が部屋の机の上に置いてあった。北部の復興を助けているサリンジャー師からの返信を読んで、頑張っておられるのだと誇らしく感じるが、滅多に会えないのが寂しいとも思う。

「カリースト師と精霊使いの修行をしているけど、まだ闇の精霊の実体化は許されていないわ。精神的に強くならないと、闇の精霊に引っ張られてしまうと説明されているけど、そんなに私は成長してないのかしら? 一度、サリンジャー師と会って、相談に乗って貰いたいけど……お忙しそうね」

 穏やかなお爺ちゃんと精霊使いの修行をするのは、ジュリアにとって心地よいが、水晶宮の精霊使い達が内乱で傷ついた祖国の為に働いている姿を見ると、心が急いてしまうのだ。

 夏休みを緑蔭城で過ごして、豊かな南部ですら、長年の内乱で傷ついているのに気づいたジュリアは、早く一人前の精霊使いになりたいと思っていた。

「社交界だなんて、私には無理だわ……だって、貴族の知り合いなんていないもの」

 祖母のグローリアが、この一人言を聞いたら「知り合いがいないからこそ、社交界デビューが必要なのです!」と叱咤激励したことだろう。精霊使いの修行は闇の精霊以外は、一流の精霊使い並みに扱えるようになったし、グレーシー夫人の頑張りにより立ち振舞いは優雅になっていたが、心の奥の方にまだメイド意識が眠っていた。

 そんなジュリアにとって、ルーファス王子や、若君セドリックとの再会は、どんな影響を及ぼすのか? グローリアは、知り合いの貴婦人と優雅にお茶を飲みながらも、心の中は孫娘のことでいっぱいだった。
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