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第六章 同盟締結

28  同盟調印式

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 長い同盟締結の道のりも、やっと終わり、調印式にたどり着いた。ユーリ達は、見習い竜騎士の礼装を着て調印式に臨む。

 グレゴリウスはイルバニア王国の特使として、同盟の調印を国王の代わりにおこなった。

「これで、イルバニア王国とカザリア王国は同盟国ですね。友好な関係を築いていきましょう」

 ヘンリー国王の言葉に、グレゴリウス皇太子も賛同して、同盟締結式典は終わった。

 長かったニューパロマ滞在もあと3日となり、少し寂しい気持ちにユーリはなる。カザリア王国に来る前は、政略結婚を申し込まれているというだけでエドアルドに構える気持ちが有ったが、少し強引なところは閉口したけど良い皇太子だと好意を持った。

 それに、エドアルドの学友達! ハロルド、ジェラルド、ユリアンとは竜を通じて仲良くなったし、大使夫妻には本当にお世話になったと、ユーリは感謝する。

 エリザベートは、ユーリに何度となく音楽留学を勧めたが、こればかりは断り続けた。

 ユーリがカザリア王国で知り合った人達との別れに感傷的になっていた時、特使の目的を達したグレゴリウスはホッとしていた。

 エドアルドがユーリを簡単に諦めるとは考えていなかったが、イルバニア王国に帰国すれば距離が開くのが嬉しいし、夏休みを離宮のあるストレーゼンで過ごすと聞いてウキウキしている。

 グレゴリウスとは反対にエドアルドはユーリがあと3日で帰国するのが辛くて、胸が張り裂けそうな気持ちだ。

 ユーリがカザリア王国の重臣であるシェパード卿や、ジュリアーニ卿と和やかに談笑しているのを眺めながら、マゼラン卿にどよどよの胸のうちを愚痴る。

 うんざりした教育係から「まだ本決まりではありませんが……」と、心の浮き立つ計画を聞かされさて、エドアルドは見事に復活する。

「明日のイルバニア王国大使館での舞踏会は楽しみですね。是非、ラストダンスは私と踊って下さい」

 エドアルドはファーストダンスはグレゴリウスに譲ったが、ラストダンスを予約して上機嫌だ。

 イルバニア王国側はさっきまで落ち込んでいたのにと不審に思ったが、大使と外務次官はマゼラン卿がエドアルドにバラしたのだと眉を顰める。

 同盟国なのでマゼラン卿からのエドアルドの御遊学の申込みを断りきれなかったのを悔しく感じて、祝賀会にもかかわらず深い溜め息をつく。

「エドアルド皇太子はユーリ嬢を諦める気持ちは微塵もありませんな」

 クレスト大使はユングフラウでのこれからの求婚大騒動を思うと、マッカートニー外務次官に同情する。

「貴方は気楽そうですな~。私はこれから外務相にユーリ嬢を国務省から借りて貰わないといけないのですよ。あの犬猿の仲の国務相に頭を下げてユーリ嬢を貸し出して貰えなんて言ったら、殺されそうです。本当にマゼラン卿の鉄仮面振りには呆れますな。ユングフラウ滞在中の社交相手にユーリ嬢を指名してくるのですから。確かに縁談は申し込まれてますが、グレゴリウス皇太子殿下の気持ちにも気づいているだろうに」

 エドアルドがユングフラウに遊学に来ている間の社交相手に、縁談のお相手のユーリをお願いしたいとごり押しされたのが、どうにも腹に据えかねている。

 その上、難問なのはあのマキャベリ国務相がすんなりと貸し出してくれるかだ。

 ユーリ自身も社交は苦手だと公言し、社交界引退まで仄めかしていたぐらいたから、良い顔はしないだろう。だが、そこは見習い竜騎士なので上司さえ説得できれば、問題は無いと踏んでいた。

 ただ、ユーリを外国に嫁がせたくないのは全員の総意なので、エドアルドの社交相手なんてとんでもない! と国務相が反対するのも目に見える。そこは本音では外務次官も同じなだけに、外務相も苦労するだろうと頭を悩ますのだ。

「まぁ、先のことを考えても仕方ありません。今日はやっと同盟締結できたお祝いをしましょう」

 大使にシャンパンを勧められ、外務次官もこの2年間の苦労が実った日をお祝いする気分になり乾杯する。 


 カザリア王国の王宮にはローラン王国の外交官以外が祝賀会に参列し、それぞれの立場でイルバニア王国との同盟を祝う。

 グレゴリウスは特使として勿論カザリア王国の重臣達と話をしていたが、見習い竜騎士の立場なのに、ユーリはカザリア王国の重臣達や名門貴族の方々と多数の知り合いを作っており、王妃の音楽会効果が顕著に現れていた。

「ユージーン、ユーリって意外と外交官向きなのかな? 1ヶ月の滞在で、あれほどの親しい関係を作るなんてなかなかできないよね~。まぁ、カザリア王国の王妃様のお気に入りだからってのもあるけど、あのシェパード卿やジュリアーニ卿もユーリにめろめろじゃないか。やはり、色っぽい奥方なのかもね~」

 本人は社交が苦手だと言ってるが、知り合った人達との会話は苦にならないみたいで、カザリア王国の重臣達とも話が弾んでいる様子をユージーンは叶わないなと感じる。

「ユージーン、後でユーリにどんな話をしていたのか、チェックした方が良いよ。きっと、ユーリには重臣達も気を許すと思うんだ。彼女があまりに開けっぴろげなんで、外交の勘が狂うんだと思うな~」

 フランツの言葉で、ユーリがカザリア王国の新竜騎士育成システムに詳しかったのを思い出して、大使館に帰ったら早速チェックしなくてはと気を引き締める。

 マゼラン卿はユーリ嬢に昨日の昼食会のお礼を言いながら、イルバニア王国に帰国してからの予定をさりげなく聞き出す。

「夏休みは離宮のあるストレーゼンとユングフラウで過ごす予定ですが、やはり数日でもフォン・フォレストで過ごしたいですわ。のんびりとイリスと海水浴したりして、国務省での勤務に備えてリフレッシュしたいのです。それに、お祖母様にカザリア王国のお土産を渡さないといけませんしね」

 可憐なユーリが慕うお祖母様を、熟練の情報局員が死ぬほど恐れているのだがと、マゼラン卿は深い溜め息をつく。

「夏休みがあけたら、国務省に勤務なさるのですか? 娘のジェーンに聞きましたが、女性の社会進出に興味をお持ちだとか。それで、国務省を見習い先に希望されたのですね。見習い期間は、リューデンハイムでの修行もあるとお聞きしてますが、国務省の勤務との兼ね合いは如何なのでしょう」

 自分でも過酷だと考えている見習い期間を思うと、少しウンザリした気分になり、やはり社交界で時間を取られるのが痛いと感じる。

「基本は見習い竜騎士の期間はリューデンハイムに属してますね。寮生活もそのままですし。でも外泊が出来ますから、少しは融通がきくようになりますわね」

 マゼラン卿は、リューデンハイムの寮にエドアルドを住まわせようと微笑む。

「そうですか、寮生活は不自由でしょうね。イルバニア王国の見習い竜騎士は、実務を実習しながら、竜騎士としての修行もされるのですね。その割合はどの程度なのでしょう」

 エドアルドを遊学させても、国務省に勤めきりでは一緒に過ごす時間がとれないとマゼラン卿は心配する。

「まだ、実質的な見習い期間には入っていないのでよくはわかりませんが、騎竜訓練が増えると聞いています。週に何度かの騎竜訓練がある日は、国務省での見習いは無いでしょうね。先輩の見習い竜騎士の方達も、騎竜訓練のあった日は、くたくたの様子でしたから少し心配してますの。私は武術に自信が無いので、ついていけるかしら」

 マゼラン卿はエドアルドとユーリを同じ時間を過ごさせたいと遊学を考えたので、週に何回かは騎竜訓練があると聞いてほくそ笑む。

 社交のお相手としてユーリを指名していたが、グレゴリウスとの長期間の学友としての絆にも気づいていた。これで、エドアルドにも共通の経験をさせてあげられると、マゼラン卿はにこやかにユーリとの会話を続ける。

 イルバニア王国側は鉄仮面の異名を持つマゼラン卿が、にこやかにユーリと話し込んでいるのを複雑な思いで眺める。指導の竜騎士のユージーンはユーリが余計な情報を与えるのを阻止するために会話に割って入ったが、既に目的は達せられた後だ。

 同盟国になったのだから、友好関係を築きたいのはお互いに共通はしているが、少しでも自国の有利なようにしたいと思っているので、にこやかな祝賀会の裏では腹の探り合いが始まっていた。 


 祝賀会の最後は、やはりユーリは王妃に捕まってしまった。

「ユーリ、両国の同盟締結をお祝いして、一曲歌ってくださらない」

 これほどの人達の前でと、ユーリが躊躇しているのに気づいたマゼラン卿は、息子のハロルドに一緒に歌うように指示する。

 二人の同盟締結の祝賀会に相応しい歌声を聞いた出席者全員が、心の中に明るい希望の明かりが輝く気持ちになった。

 マゼラン卿も何度もエドアルドにユーリの歌の素晴らしさを聞かされてはいたが、恋にのぼせ上がっている殿下の戯言だと気にとめていなかった。

『ユーリ嬢の歌がこれほどとは……心が洗われるな』

 イルバニア王国側の人達も、ユーリが歌が上手なのは承知していたが、この数週間の声楽のレッスンの効果を考えてなかったので、不意をつかれて大使は不覚にも涙を零してしまう。

「おや、鬼の目にも涙ですかな」

 あちらこちらでも、貴婦人方はハンカチで目を押さえているのを見かけたし、セリーナも歌に感動したのと、ユーリとの別れを悲しんで涙を流している。

「いや、同盟締結までの苦労を思い出しまして……」

 大使の言葉に、外務次官も長かった交渉を思い出して、不覚にも涙が込み上げてきそうになる。

「大使夫妻は、ユーリ嬢には苦労させられましたからなぁ」

 自分の涙を抑えるために、わざと茶化したものの言い方をした外務次官だ。

「まぁ、それではユーリ嬢がお気の毒ですわ」

 セリーナは、一番苦労をしたにもかかわらず抗議する。

 大使夫妻と外務次官が感傷にふけっていた頃、ユーリはエリザベート王妃の何度となく繰り返されていた音楽留学の申し出を断るのに汗をかいていた。

「ユーリにはユングフラウでも声楽のレッスンを受けさせますので、ご安心下さい」

 ユージーンやグレゴリウスにも声楽のレッスンを受けさせるとの約束をされると、これ以上はエリザベート王妃もニューパロマにユーリを留めるのは無理だと諦める。

「ユーリ嬢、またニューパロマにいらして下さいね。それまでに声楽のレッスンを怠けてはいけませんよ」

 細々と生活面の注意まで始めたエリザベートに、ヘンリーは困って目でイルバニア王国側に謝罪したが、口出しはしなかった。 
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