27 / 40
第十六章 災厄と希望の匣
百三十七話 塗り潰し、塗り損ない
しおりを挟む
キノコの毒がもたらす譫妄(せんもう)と、忌まわしき幻覚が過ぎ去ったのち。
まだ眠り続ける私が夢に見た光景は、荒野を歩く若者たちだった。
あれは、私だ。
私と、翔霏(しょうひ)と、軽螢(けいけい)、そして雄の白ヤギ。
並んで椿珠(ちんじゅ)さん、玉楊(ぎょくよう)さん、最後尾を頼もしく守る巌力(がんりき)さん。
六人と一頭のおなじみ面子が、砂塵吹き荒れる不毛の土地を進んでいる。
みんな今より痩せて日焼けして、顔や手肌に小さな傷を多く覗かせて。
きっと罪人として昂国(こうこく)を追い出された私たちは、彼方へ逃げるように宛てもなく、彷徨の旅路に就いているのだろうか。
神台邑(じんだいむら)の故地に新たな楽園を築くことは、できなかったのだ。
けれど。
それでも、夢の中の私たちは。
全員が、笑っていた。
寒風も痛く、食うに困る貧しい旅でも倦むことなく。
みんな今よりも引き締まった逞しい顔つきで、実にイイ笑みを浮かべていた。
大変な思いをしているけれど、それ以上にみんな一回りも二回りも成長し。
過酷な運命という旅を、楽しんでいる表情だった。
「どこに向かってるんだろう」
暗さも悲壮感の欠片もない彼らの姿。
自分のことなのに、羨ましいと感じてしまう。
誰一人欠けることなく、みんな一緒だから。
きっと、幸せに違いない。
姿のない視点者としての私が、そんな感想を抱いたとき。
「うわ冷たい」
額にべちゃりと水の気配を感じて、私は現実世界に覚醒するのだった。
「お、起きた……?」
横たわる私を見下ろすのは、いつぞやの小刀侍女ちゃん。
欧(おう)美人にけしかけられて、私に嫌がらせを仕掛けた、彼女だ。
私の額には冷水で濡れた手拭が乗せられているので、小刀ちゃんが看病してくれていたのだろう。
「どうして、あなたがここに?」
当然の疑問を、頭に布巾を乗せたまま上体を起こし、私は投げかける。
毒を飲んで倒れた私は、目論見通りに後宮の外に運ばれたのだろう。
小刀ちゃんは、私の問いに順を追って答えてくれた。
「私、麗さんに言われた通り、司午家(しごけ)のお邸に次の職の相談に行ったんです。ひとまずそこで掃除洗濯をしてくれないかって言ってもらって、ありがたいことにすぐお仕事が見つかって」
「それはなによりです。頑張って丁寧な字で紹介状を書いた甲斐がありました」
急な頼みを受け入れてくれた、司午別邸のみなさんに感謝。
「それで、麗さんにお礼を言おうと朱蜂宮(しゅほうきゅう)に来たら、中庭でいきなり倒れて吐いたって聞いたので。私は手が空いていると言ったら、付き添って看ていてくれないかと、塀(へい)貴妃に仰せつかったんです」
私とこの子が仲直りしたことは、漣(れん)さまや塀貴妃には伝えてある。
だから私の看病を安心して任せたのだろう。
はっきりした意識が戻る中で確認すると、確かに私はいつの間にか、着替えられている。
下着まですっかり新しいものになっているので、嘔吐だけではなく失禁までしたのかもしれないな。
うう、汚い後始末をさせて、ごめんなさい。
「なにからなにまでありがとうございました。ところでここはどこですかね」
「お城の女官さんたちの詰め所です。空いている部屋と寝床があったので、ひとまずここで看病しようと。さっきお医者さまも来たんですけど、熱はないし震えも収まったから様子を見よう、とだけおっしゃって」
「そうでしたか。お騒がせしました」
完、璧!
時間のロス以外は、完ッッ璧な展開だ!
私は今、誰にも干渉されずに行動する自由をこの手に握った!
今、病床にある私の行動を知る人は、目の前にいる気弱な小刀侍女ちゃん、ただ一人しかいない!!
「もう、気分は大丈夫なの? 喉が渇いているなら、白湯でも……」
「じゃあ、それと一緒に私の小物入れをお願いします」
言われて小刀ちゃんは。お湯の入った土瓶と一緒に、私の布ポーチを持って来てくれた。
気付け薬代わりに、私は常備している小粒の飴をざらざらと、大量に口の中に放り込む。
ちなみに小物入れは二重底になっていて、そこに鋼鉄の毒串を隠している。
どうやら怪しまれなかったようで助かった。
「あ、その飴」
苦い顔で見る小刀ちゃん。
そうだね、嫌な思い出だよね、あなたにとっては。
あの物品庫でのやり取りと同じく私は今、北原流詭弁詐術奥義、靺致翻腐(まっちぽんぷ)の大規模実行展開中である。
この子が隣にいるなんて、不思議な縁もあるもんだなと感じた。
「別に薬でも毒でもないですよ。ただの目覚ましです」
「ええ、わかってるわよ」
微妙な含み笑いで返す小刀ちゃんであった。
とは言え、糖分もビタミンもたっぷり含まれている果汁飴である。
白湯と一緒に飲めば、点滴を打ってもらうのに近い効果を得られるはずだ。
強烈な甘味と酸味が脳を覚醒し、次第に五臓六腑と手足にも力が戻るだろう。
「塩があるなら、それももらっていいですか?」
お互いに少し気安くなった空気を感じ取り、私は注文を重ねる。
「わかったわ。ちょっと待ってて」
糖分、ビタミン、塩分の摂取、ヨシ。
動き始めた頭を動員し、まずは情報の確認である。
「南苑のみなさまは、お祈りにかかりっきりですか?」
「そう。変な書が出回ってることと、あなたが倒れたことと、いっぺんにお祈りしてお浄めしてるみたい。夜中までずっと灯りがついてたわ」
「となると今は小休憩で、このあとすぐに日の出のお祈りかあ」
小窓から外の様子を窺うに、現在は真夜中。
いわゆる丑三つどきかその手前あたりだろうな。
「塀貴妃はどんな様子でした?」
漣さまはきっと、なにがあっても、いやなにかがあったからこそ、全力で祈っているに違いない。
しかし、塀貴妃は。
「麗さんがここに運ばれるまで、付き添って下さったわ。様子を逐一知らせてくれって言われたの。目が覚めたんだから、すぐに知らせに行かないと」
そう言って部屋を出ようとする小刀ちゃんの手を、私はぎゅっと握って引き留めた。
「あと一つだけ、お願いしていいですか?」
「え? い、いいわよ、一つと言わずなんだって。そのためにここにいるんだし。そ、その……お仕事を紹介してくれたことも、私、すごく、麗さんに感謝してるから……」
いえ、それは司午家の方々とか、おそらくいいように口を聞いてくれた椿珠さんにお礼を言ってくださいな。
ともあれ、彼女の好意に付け込んで、私はろくでもない頼みごとを押し付けるのだった。
「なら少しの間、私の代わりにここで寝込んでいてください。塀貴妃にもまだしばらく、私が目覚めたと知られたくないんです」
「は?」
予想外の懇願を受けて、彼女は明確に困惑した。
「あとで誰かに見つかっても『疲れたから横になっているうちに麗は消えてしまった』とか言っておけばいいです。こっちで適当に口実はでっちあげますから」
「い、意味が分からないんだけど」
「わからなくてもいいんです。今はどうしても、そうして欲しいんです。お願いします。どうしても、そうしなければいけないんです」
握った手を離さずに、睨むような勢いで食い下がる私を見て。
「あ、あなたがなにを考えているのか、私にはわからないけれど……」
呟いたのちに小刀の侍女さんは、呆れた微笑を浮かべて、言った。
「言う通りにしないと、今度こそ本当に毒の飴を飲まされちゃうわね」
「やだなあ、そんなこと」
ないとも言い切れない、私であった。
こうして私は小刀侍女ちゃんと服を交換し、適当な化粧で顔を変えて。
「あっ」
目の前の彼女が驚いて止める間もなく、肩まで伸びていた髪をバツリと頭の後ろでまとめて切る。
何者でもない「おかっぱ頭の誰か」に変身した。
コソコソと女官さんたちの目を盗み、建物の通用口を出て。
さあ、答え合わせを、始めよう。
私の出した解答は、何点をもらえるだろうか。
「今までさんざん、コケにしてくれたな。何万倍にもして返してやる。首を洗って待っていろよ」
深夜未明の皇城。
朝のお祈りを前に静かに控えるその区画を、私は足音を殺して歩き回る。
正妃さまや皇太后さまに会って話したい事情もあるけれど、それは後回しだ。
最後のピースを埋めるために、私は目的の人物を探し求める。
今、私が出て来た建物と、後宮正門を同時に観察できるポイントと言えば。
「工事途中の、中書堂か」
どこまでも、私の因縁に絡む建物だなあ。
少し楽しくなって、私はぐるりと遠回り。
中書堂工事現場の陰に、必ず隠れているはずの相手、その背後を突ければいいけれど。
「相手もバカじゃないし、近付く前に気付かれるかな」
私の下手なストーキングが通用するかどうかは、朧月夜の今、不確定のギャンブルである。
歩きながら、ふーふーと深呼吸。
自作自演の服毒、からの病み上がりで、若干手足も痺れが残っているけれど。
「デカい声なら、負けねえ」
一番の武器が健在であることを確認し、私は。
「ど、どうして……!?」
今回の難問、その解答の末端である人物の、驚愕に満ちた表情を掴み取ったのだった。
想定通り「彼女」は未完成な中書堂の工事足場の陰に、隠れるように立っていた。
どうして私が気付いたか、分かったか。
この答えに辿り着くことができたのか。
今までの付き合いもあるし、親切心で教えてあげよう。
「解答がわからないときは、消去法しかないんですよ。起きたことから逆算して考えれば、あなたたちの仕業でしかありえないじゃないですか」
これでも結構な受験戦士だったんでね。
選択肢を潰して、最後に残ったものを拾うのは、常套手段なのだ。
舌打ちを放って周囲を窺う「彼女」から、私は距離を保ちつつ呼びかける。
「ねえ、乙さん。いや、全部を仕組んでたのはもちろん、姜(きょう)さんでしょうけど」
認めたくないと全力で心が叫んでいる、その答え。
なまじっか本気で取り組んでしまったために、私はそこに辿り着いてしまった。
まだ眠り続ける私が夢に見た光景は、荒野を歩く若者たちだった。
あれは、私だ。
私と、翔霏(しょうひ)と、軽螢(けいけい)、そして雄の白ヤギ。
並んで椿珠(ちんじゅ)さん、玉楊(ぎょくよう)さん、最後尾を頼もしく守る巌力(がんりき)さん。
六人と一頭のおなじみ面子が、砂塵吹き荒れる不毛の土地を進んでいる。
みんな今より痩せて日焼けして、顔や手肌に小さな傷を多く覗かせて。
きっと罪人として昂国(こうこく)を追い出された私たちは、彼方へ逃げるように宛てもなく、彷徨の旅路に就いているのだろうか。
神台邑(じんだいむら)の故地に新たな楽園を築くことは、できなかったのだ。
けれど。
それでも、夢の中の私たちは。
全員が、笑っていた。
寒風も痛く、食うに困る貧しい旅でも倦むことなく。
みんな今よりも引き締まった逞しい顔つきで、実にイイ笑みを浮かべていた。
大変な思いをしているけれど、それ以上にみんな一回りも二回りも成長し。
過酷な運命という旅を、楽しんでいる表情だった。
「どこに向かってるんだろう」
暗さも悲壮感の欠片もない彼らの姿。
自分のことなのに、羨ましいと感じてしまう。
誰一人欠けることなく、みんな一緒だから。
きっと、幸せに違いない。
姿のない視点者としての私が、そんな感想を抱いたとき。
「うわ冷たい」
額にべちゃりと水の気配を感じて、私は現実世界に覚醒するのだった。
「お、起きた……?」
横たわる私を見下ろすのは、いつぞやの小刀侍女ちゃん。
欧(おう)美人にけしかけられて、私に嫌がらせを仕掛けた、彼女だ。
私の額には冷水で濡れた手拭が乗せられているので、小刀ちゃんが看病してくれていたのだろう。
「どうして、あなたがここに?」
当然の疑問を、頭に布巾を乗せたまま上体を起こし、私は投げかける。
毒を飲んで倒れた私は、目論見通りに後宮の外に運ばれたのだろう。
小刀ちゃんは、私の問いに順を追って答えてくれた。
「私、麗さんに言われた通り、司午家(しごけ)のお邸に次の職の相談に行ったんです。ひとまずそこで掃除洗濯をしてくれないかって言ってもらって、ありがたいことにすぐお仕事が見つかって」
「それはなによりです。頑張って丁寧な字で紹介状を書いた甲斐がありました」
急な頼みを受け入れてくれた、司午別邸のみなさんに感謝。
「それで、麗さんにお礼を言おうと朱蜂宮(しゅほうきゅう)に来たら、中庭でいきなり倒れて吐いたって聞いたので。私は手が空いていると言ったら、付き添って看ていてくれないかと、塀(へい)貴妃に仰せつかったんです」
私とこの子が仲直りしたことは、漣(れん)さまや塀貴妃には伝えてある。
だから私の看病を安心して任せたのだろう。
はっきりした意識が戻る中で確認すると、確かに私はいつの間にか、着替えられている。
下着まですっかり新しいものになっているので、嘔吐だけではなく失禁までしたのかもしれないな。
うう、汚い後始末をさせて、ごめんなさい。
「なにからなにまでありがとうございました。ところでここはどこですかね」
「お城の女官さんたちの詰め所です。空いている部屋と寝床があったので、ひとまずここで看病しようと。さっきお医者さまも来たんですけど、熱はないし震えも収まったから様子を見よう、とだけおっしゃって」
「そうでしたか。お騒がせしました」
完、璧!
時間のロス以外は、完ッッ璧な展開だ!
私は今、誰にも干渉されずに行動する自由をこの手に握った!
今、病床にある私の行動を知る人は、目の前にいる気弱な小刀侍女ちゃん、ただ一人しかいない!!
「もう、気分は大丈夫なの? 喉が渇いているなら、白湯でも……」
「じゃあ、それと一緒に私の小物入れをお願いします」
言われて小刀ちゃんは。お湯の入った土瓶と一緒に、私の布ポーチを持って来てくれた。
気付け薬代わりに、私は常備している小粒の飴をざらざらと、大量に口の中に放り込む。
ちなみに小物入れは二重底になっていて、そこに鋼鉄の毒串を隠している。
どうやら怪しまれなかったようで助かった。
「あ、その飴」
苦い顔で見る小刀ちゃん。
そうだね、嫌な思い出だよね、あなたにとっては。
あの物品庫でのやり取りと同じく私は今、北原流詭弁詐術奥義、靺致翻腐(まっちぽんぷ)の大規模実行展開中である。
この子が隣にいるなんて、不思議な縁もあるもんだなと感じた。
「別に薬でも毒でもないですよ。ただの目覚ましです」
「ええ、わかってるわよ」
微妙な含み笑いで返す小刀ちゃんであった。
とは言え、糖分もビタミンもたっぷり含まれている果汁飴である。
白湯と一緒に飲めば、点滴を打ってもらうのに近い効果を得られるはずだ。
強烈な甘味と酸味が脳を覚醒し、次第に五臓六腑と手足にも力が戻るだろう。
「塩があるなら、それももらっていいですか?」
お互いに少し気安くなった空気を感じ取り、私は注文を重ねる。
「わかったわ。ちょっと待ってて」
糖分、ビタミン、塩分の摂取、ヨシ。
動き始めた頭を動員し、まずは情報の確認である。
「南苑のみなさまは、お祈りにかかりっきりですか?」
「そう。変な書が出回ってることと、あなたが倒れたことと、いっぺんにお祈りしてお浄めしてるみたい。夜中までずっと灯りがついてたわ」
「となると今は小休憩で、このあとすぐに日の出のお祈りかあ」
小窓から外の様子を窺うに、現在は真夜中。
いわゆる丑三つどきかその手前あたりだろうな。
「塀貴妃はどんな様子でした?」
漣さまはきっと、なにがあっても、いやなにかがあったからこそ、全力で祈っているに違いない。
しかし、塀貴妃は。
「麗さんがここに運ばれるまで、付き添って下さったわ。様子を逐一知らせてくれって言われたの。目が覚めたんだから、すぐに知らせに行かないと」
そう言って部屋を出ようとする小刀ちゃんの手を、私はぎゅっと握って引き留めた。
「あと一つだけ、お願いしていいですか?」
「え? い、いいわよ、一つと言わずなんだって。そのためにここにいるんだし。そ、その……お仕事を紹介してくれたことも、私、すごく、麗さんに感謝してるから……」
いえ、それは司午家の方々とか、おそらくいいように口を聞いてくれた椿珠さんにお礼を言ってくださいな。
ともあれ、彼女の好意に付け込んで、私はろくでもない頼みごとを押し付けるのだった。
「なら少しの間、私の代わりにここで寝込んでいてください。塀貴妃にもまだしばらく、私が目覚めたと知られたくないんです」
「は?」
予想外の懇願を受けて、彼女は明確に困惑した。
「あとで誰かに見つかっても『疲れたから横になっているうちに麗は消えてしまった』とか言っておけばいいです。こっちで適当に口実はでっちあげますから」
「い、意味が分からないんだけど」
「わからなくてもいいんです。今はどうしても、そうして欲しいんです。お願いします。どうしても、そうしなければいけないんです」
握った手を離さずに、睨むような勢いで食い下がる私を見て。
「あ、あなたがなにを考えているのか、私にはわからないけれど……」
呟いたのちに小刀の侍女さんは、呆れた微笑を浮かべて、言った。
「言う通りにしないと、今度こそ本当に毒の飴を飲まされちゃうわね」
「やだなあ、そんなこと」
ないとも言い切れない、私であった。
こうして私は小刀侍女ちゃんと服を交換し、適当な化粧で顔を変えて。
「あっ」
目の前の彼女が驚いて止める間もなく、肩まで伸びていた髪をバツリと頭の後ろでまとめて切る。
何者でもない「おかっぱ頭の誰か」に変身した。
コソコソと女官さんたちの目を盗み、建物の通用口を出て。
さあ、答え合わせを、始めよう。
私の出した解答は、何点をもらえるだろうか。
「今までさんざん、コケにしてくれたな。何万倍にもして返してやる。首を洗って待っていろよ」
深夜未明の皇城。
朝のお祈りを前に静かに控えるその区画を、私は足音を殺して歩き回る。
正妃さまや皇太后さまに会って話したい事情もあるけれど、それは後回しだ。
最後のピースを埋めるために、私は目的の人物を探し求める。
今、私が出て来た建物と、後宮正門を同時に観察できるポイントと言えば。
「工事途中の、中書堂か」
どこまでも、私の因縁に絡む建物だなあ。
少し楽しくなって、私はぐるりと遠回り。
中書堂工事現場の陰に、必ず隠れているはずの相手、その背後を突ければいいけれど。
「相手もバカじゃないし、近付く前に気付かれるかな」
私の下手なストーキングが通用するかどうかは、朧月夜の今、不確定のギャンブルである。
歩きながら、ふーふーと深呼吸。
自作自演の服毒、からの病み上がりで、若干手足も痺れが残っているけれど。
「デカい声なら、負けねえ」
一番の武器が健在であることを確認し、私は。
「ど、どうして……!?」
今回の難問、その解答の末端である人物の、驚愕に満ちた表情を掴み取ったのだった。
想定通り「彼女」は未完成な中書堂の工事足場の陰に、隠れるように立っていた。
どうして私が気付いたか、分かったか。
この答えに辿り着くことができたのか。
今までの付き合いもあるし、親切心で教えてあげよう。
「解答がわからないときは、消去法しかないんですよ。起きたことから逆算して考えれば、あなたたちの仕業でしかありえないじゃないですか」
これでも結構な受験戦士だったんでね。
選択肢を潰して、最後に残ったものを拾うのは、常套手段なのだ。
舌打ちを放って周囲を窺う「彼女」から、私は距離を保ちつつ呼びかける。
「ねえ、乙さん。いや、全部を仕組んでたのはもちろん、姜(きょう)さんでしょうけど」
認めたくないと全力で心が叫んでいる、その答え。
なまじっか本気で取り組んでしまったために、私はそこに辿り着いてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる