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二十六話
しおりを挟む「……何をやっているんですか聖女アルメテル」
「ち、ちちちちち違うんです! お、お洋服のじ、準備したりリフェルちゃんを起こしたりしていて、まだ整ってなくて、えとその、ごめんなさい!」
以前来た時に通されたアルメテルさんの部屋に案内されたのだけどノックしても反応が薄いのでペレグリンさんだけが中に入るとそんな声が聞こえてきた。
おかしいな。
俺が来て、ペレグリンさんが出迎えてくれた時に俺が来たって事を伝えるために一人使いを走らせていたのに準備が出来ていなかったようだ。
というか聖女は今の時間まで何をしていたんだ?
もしかして寝てた?いや、女性は身支度に時間がかかるというしな。
それよりリフェルを起こすって……あいつここで寝てたのか。
本当に何やってんの?
「はぁ……応接室に案内しておきますから、準備が出来たら来てください。 くれぐれもお待たせする事がないように」
「はい! 皆さん、本当に申し訳ありません!」
最後にしっかり釘をさして出てきたペレグリンさん。
最早お父さんみたいだ。
教会の経営だったり聖女や教徒の相手だったりで心労がヤバそう。
今度胃薬か美味しいものでも送ろう。
多分この教会で一番ストレス溜まってるよペレグリンさん。
「大変申し訳ありません。 以前はもっとしっかりしていたのですが、最近は少し弛んでいるようです」
「あはー、まあいいんじゃない? 聖女様ってまだ若いんでしょ? その位は仕方無いよ」
「そう言っていただけて助かります」
ヘクトールさんの言葉にホッとしたような様子のペレグリンさん。
ホッとしているけど……なんだろう?
ちょっと嬉しそうに見える。
寝坊とかは怒るべきところなんだろうけど言葉が、表情や語気が優しい。
「聖女アルメテル……あの子は小さい頃から聖女としての役割を押し付けられ、その期待に応えるべくずっと戦い続けていました。 周囲にいる同年代の者達はみな彼女に敬意を払い、大人達は大切にするあまり腫れ物を扱うように彼女に接していました。 だからでしょうね。 何の遠慮もなく友として接してくれるリフェル様が来てから張り詰めていたものが弛んだようになり明るい笑顔も増えました。 来客の時にこんな風になってしまっているのはいただけませんが、正直なところ私は嬉しい」
ペレグリンさんがお茶をいれながらアルメテルさんについて嬉しそうに語る。
聖女か……俺には想像もつかないけど、大変な役割なんだろうな。
魔人族に対して特に強い力を持つ者の事なんだよな。
…………あ、そう言えば聞いてみたい事があったんだ。
「差し支えなければですけど、一つ聞いてもいいですか?」
「お答え出来ることであれば」
「聖女って重要な役割だと思うんですけど、確か最初に聞いた時に王都からここに来たって窺ったんですけど、そもそもなんで王都からこっちに来たのかなぁ、と」
何かやるべき事があるのかと思ってるんだけど、シエンタールはアロスフィアさんが護ってるから大きな争いは無いと思う。
この町に魔人族が入り込んだりしてるのなら、それはそれで大変だろうし。
「聖女アルメテルが現教皇様と非常に折りあいが悪く、その……知れ渡っているので隠す必要も無いのですが、聖女アルメテルが現教皇様の顔を、その、平手打ちしてしまいまして」
「え、現教皇ってあの神人ウェザリウスだよね? アレに平手打ちなんてやってよく処刑されなかったね!?」
ペレグリンさんの言葉にヘクトールさんがたいそう驚いている。
……神人が何か分からんけど、教皇ってたぶん教会で一番偉い人だよな。そんな人に平手打ちとかさすがに度胸がありすぎるよアルメテルさん。
「ええまあ、教皇様も言葉が過ぎたせいで聖女アルメテルを怒らせてしまったようで。 とは言えこれを放置しては周りの者達に示しがつかなかいので一時的な措置としてシエンタールで反省するように言われ、ここに来たのです」
「なるほど……じゃあそのタイミングを魔人族に狙われたって事ですかね」
「ええ。 エメリー様から魔人族による感情増幅の話を聞いた時は我々の油断があったのだと痛感させられました」
悔しそうで、それでいてその感情を抑えようとするペレグリンさん。
決して彼が悪いわけではないのに、まるで自分の責任のような言い方をしている。
決してペレグリンさんに非はないだろに。
「よぉ! 待たせて悪かったなおっちゃん! って、うおっ!? 狂熊がいるじゃねぇか!?」
「り、リフェルちゃん!? せ、せめてノックしようよ! って変な着ぐるみがいる!?」
乱暴に扉を開けて入ってくるリフェルとそれを制止しようとして疲れきっているアルメテルさん。
部屋に入って早々にインパクトが強い見た目のヘクトールさんに驚いている。
良かった二人とも一般人の反応だ。
着ぐるみを見て何の反応も示さないようなら変人認定しちゃうよ。
「あはーこんにちは聖女様にリフェルちゃん。
ヘクトールさんだよー」
「あ、これは丁寧にありがとうございます。 私達の事を御存知なのですね」
「ボクは商人だったからね。 シエンタールでお金になりそうな人物はちゃんと覚えてるんだー。 でも聖女様がこんなに可愛らしいってのは知らなかったよー」
「いや本当ですね。 以前御会いした時はクレリオ教の服をお召しでしたけど、ドレス姿もよくお似合いです」
「へっへー、だろ? この姉ちゃん素材は良いのに全然着飾らないもんだから勿体無くてさ。 折角だから今日のためにオレが選んできてやったんだ」
「う、ううちょっと恥ずかしいです」
へへん!とドヤ顔を見せるリフェルと、とても恥ずかしそうなアルメテルさん。
前回に会った時は長い金髪をポニーテールにしていたけど、今はサイドテールに変えている。
クレリオ教は青色を大切にしているのか、今着ているドレスも青を基調としつつ、肩を剥き出しにしたオフショルダータイプで背中のラインも見える。
…………ちょっとエッチだけど綺麗系のデザインだ。
うーん、本人の顔も整っているからよく似合っている。
あと気付かなかったけどアルメテルさん、めちゃくちゃスタイル良いな。
バスト、ウェスト、ヒップの大きさのバランスがとても良い。大きすぎず小さすぎず、まるで芸術品のようだ。
ニゲルとかいう貴族がアルメテルさんの立場じゃなくて、純粋に恋心で婚約を申し込んだのなら、気持ちが分からなくもない。
もし俺が他の誰も知らない状態で彼女に会っていたなら一目惚れしていてもおかしくはないなと思う程度には可愛い。
「うーん、恥じらう姿のせいで扇情的にも見えつつも可愛い。 いいねハルさん。 お持ち帰りしたくならない?」
「発想がおっさんすぎる。 リフェルもちょっと変えたんだな」
「まあ聖女様のお伴するなら多少はな」
リフェルも清潔感のある白いワンピースに身を包んでおり、髪の毛も手入れが行き届いていて以前よりも実に可愛らしい。
なぜかペレグリンさんも見惚れている。
まあ気持ちは分かる。
「あ、そうだおっちゃん。 本題だけど、おっちゃんのお金を奪った奴らを見つけたんだけどさ、ちょっと面倒事になりそうだから、取り返すかどうか聞いておこうと思って呼んだんだ」
「ああ、そうだった。 なんか二人の姿見たら色々どうでも良くなってたよ」
「はははは! 喜ばせられたならよかったぜ。 んで本題なんだけど、あの二人組の足取りを追ってたら、どうも妙な魔法使いと関わりがあるみたいでさ。 お金はそいつに流れてるみたいなんだよ。 魔法使いの住み処も抑えたけど、見た感じめちゃくちゃ強いと思うからオレ一人じゃ絶対に突っ込めないと思ってる」
ちょっと悔しそうなリフェル。
見つけてくれるだけで良かったのにそこまでしっかりと調べてくれるなんて……ダメダメなんて嘘だな。
有用すぎるよ。俺の百倍は優秀だよ。
「ん? リフェルちゃんって結構つよかったよね? そんなキミでも突っ込めない魔法使いなんてここら辺にいたっけ?」
ヘクトールさんがリフェルの言葉にはて?といった表情を見せる。
Bランクにそこまで言わせる魔法使いってやっぱり相当強いのかな。そんなに強いなら名前も知られていそうだけど。
「正直、魔法使い相手なら魔法を発動する前にぶった斬れる自信はあるけど、あんな馬鹿げた魔法障壁を常時展開してる奴なんて見たこと無いよ」
「魔法障壁を常時展開? え、なにそれ化物じゃん」
リフェルの出した情報に普段ふざけがちなヘクトールさんが割りとガチのトーンで反応した。
ヘクトールさんがこう言うってことはマジでヤバイ相手かもしれん。
……聞くだけ聞いて手を引くか。
自分のせいで取られたから探してもらったけど、取り返す為に危ない目にあうのは本末転倒だ。
俺の気持ちと関わらせてしまった人達の身の危険なんて秤にかける事すら烏滸がましい。
「私もリフェルちゃんと一緒にその方をチラリと姿を見たのですが、背筋が凍る思いでした。 敵対だけはしない方がよいでしょう」
「うーむ……アルメテルさんがそう言うなら間違いなく危ない人でしょうね……仕方無い。 そこまで分かっただけでも収穫ですし、一旦諦めます。 リフェルも探してくれてありがとうな」
「おう。 ところでおっちゃん。 報酬の件なんだけど」
「ああ、またメンチカツサンドでいいのか?」
めちゃくちゃ気に入ってたもんな。
俺もまた食べたくなってきた。
いやでも色々と試したい欲求もあるんだよな。
「おっちゃん、アルに甘いものをやったんでしょ? 今回はオレも甘いものがいい」
アル?
……ああ、アルメテルさんの事か。
愛称で呼ぶ程に仲良くなってるのか。
アルメテルさんに出した甘いものっていうと……ああ、ゼリーか。確かにアレは美味しいからな。
「え、えっと……実はここにお呼びしたのは私もその、以前頂いたものが忘れられなくて、お金はお支払しますので是非ともまたいただきたいな……と……」
恥ずかしいのか語尾がどんどん小さくなっていくアルメテルさん。
うーん……美人が恥じ入る姿はどうしてこうも可愛いのか。
いやまあそれは置いておいて。
ここにいる人間はだいたい信じられるし、口も固いだろうからここで使うか。言い訳するのも面倒くさいし。
「分かりました。 あ、今からやる事は絶対に他言無用でお願いしますね」
他言無用という言葉に不思議そうにしつつも首を縦に振るアルメテルさんとペレグリンさん。
さてさて、何にしようか。
買える枠も増えたからな。
…………メンチカツサンドを五人分にして、今回はイチオシメロンゼリーを五個、北海道生クリームを使用した贅沢ロールケーキを四つ買うか。
これは万人受けしそうだし。俺はそこまで入らないから遠慮しよう。
最早手慣れた操作でマーケットアプリで購入し決済をおす。
突然現れたダンボールにアルメテルさんとペレグリンさんが驚くが、初見の人の恒例になりつつあるな。
驚いた時の反応は人それぞれだけど、ペレグリンさんが懐からナイフを抜いたのにはちょっと驚かされた。
やっぱり武闘派なのかな?
「折角だからリフェルのお気に入りのメンチカツサンド、アルメテルさんが忘れられないフルーツゼリー、そして俺からオススメの甘いケーキです。 どうぞどうぞ」
「ああ、夢にまで見たあのプルプル! 嬉しいですわ!」
「おおー、両方用意してくれるとかおっちゃん気が利くねー! そういうところ大好きだぜ!」
「うわー……まだアロスフィアさんとかエメリーさんも知らなさそうなものを先に上げちゃうなんて。 報告しとこ」
はっはっはっは……いや最後ちょっと待って。
確かにまだ二人には出してないけど。
出してないけどあの二人はもっと良いものとか別の物食べてるから。
そういう密告はや、止めようね?
「ふぉぉぉぉぉぉぉ!? な、なんですかこの白い滑らかなものは! フワフワとしたパンのような生地にふんわりとした柔らかく甘く滑らかな舌触りの白いこれは! ぎ、牛乳? いやしかし臭みが無さすぎる!」
突然奇声を発したかと思うと饒舌に語りだしたペレグリンさん。
キャラ変わってるよ。
一人辺りそこそこの大きさのロールケーキが瞬く間にペレグリンさんの胃に消えた。
メンチカツサンド、ゼリーにも似たような反応で食べ終わったところで満足したかのように落ち着いた。
正直ここまで豹変されると怖い。
リフェルやアルメテルさんの反応を見たかったけど、一人キャラが濃すぎてそれどころじゃなかった。
応援ありがとうございます!
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