この広いセカイでもう一度貴方に出会えたら

ニノハラ リョウ

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もう離れない その6

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 ふっと意識が戻ると、知らない天井が目に入った。
 天井にぺったりと張り付いた丸いシーリングライトがオレンジ色の柔らかな光を放って天井を淡く照らしている。

 
 ……知らない天井を見上げて目を覚ますのはこれで二度目だ。
 前回は一年ほど前、あの世界から強制的に排出ログアウトされて目覚めた病院で、こちらを拒絶するかのように真っ白な天井をこうして見上げていた。
 周囲から聞こえる定期的な電子音や視界の端にぶら下がる点滴のパックが、口周りに付けられた酸素マスクの僅かな臭いが、あの世界から強制的にこの世界現実へと引き戻されたことを示していた。

雨宮あまみや美月みつきさーん? わかりますかー?」

 柔らかな声色ではきはきと告げる声と共に視界へ飛び込んできた女性がこちらの意識を確認する。
 それにコクリと頷き返せば、不快な酸素マスクを外され、テキパキと身体のあちこちに触れられた。

 自分の体温と異なる熱を持った彼女の指先と、胸元に触れた聴診器の冷たさに、益々ここが現実である事を突き付けられて、するりと眦から一筋の水滴が零れ落ちた。
 看護師さんに気づかれないうちにそれを拭おうと手を伸ばすも、一年近く寝たきりだったであろう身体はどこもかしこも鈍く、指一本動かすのも難儀だった。

 すっと看護師さんの手が伸びて、何事もないかのようにティシュで涙を拭われる。

「えーっと、状況はわかりますか?」

 看護師さんの言葉に僅かに横に首を振る。

「んー、とりあえずここは今回の件に巻き込まれた方が多数入院している病院です。
 詳しい事はこの後向こうの担当者が来て説明があると思います。
 なので、私からは……これからリハビリ頑張りましょうねってとこでしょうか。何せ一年近く寝たきりだったので。
 まだ一人で身体を動かすのは難しいと思うので、何かあれば呼んでくださいね」

 するするとナースコールのコードを伸ばして私の手の届くところに置いて、ワゴンを押しながら引き上げていく彼女の背をぼんやりと見つめながら、ゆるゆると襲ってきた睡魔に身を任せる事にした。

 そして再び目を覚ますと、さっきと同じ看護師さんと見覚えのないスーツ姿の男性の後ろ姿が目に入った。

「……どちら様で?」

 未だぼんやりとした意識のままぽやぽやと声を掛けると、スーツ姿の男性がはっとしたようにこちらを振り向いた。

「雨宮美月様ですね。この度は弊社の人間が多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

 そう言って頭を下げる男性を横目に、看護師さんがテキパキとベッドを操作して私の身体を起こす。
 あの世界で軽やかに動いていた身体は、こちらの世界では随分と重く、ままならない。

「まだ意識が戻ったばかりなので、お話は十五分程度でお願いしますね」

 看護師さんはそう言って扉から出ていった。その姿を何と無しに見送って、この部屋が私だけしか患者の居ない個室である事に気づいた。個室ってお高いんじゃ……。あの家族が入院費を出してくれるとは思えず、自分の懐具合が不安になった。

「……お話をしてよろしいでしょうか?」

 そう声を掛けられ、スーツ姿の男性に視線を戻し頷きを返した。

「今回の件なのですが……雨宮様を始めとしたテストプレイヤーの方々をゲームサーバ内に閉じ込めたのは高畑と申しまして、このゲームのメイン開発者で……」

 そう、私が『ユエ』として存在していたあの世界は、とある開発途中のゲームだった。

 『ドラゴネット・クロニクル』という名のVRMMORPGは、大掛かりな装置無しで人間の五感の内、味覚と臭覚以外を網羅し、従来のVRより高度な没入経験が出来ると話題のゲームだった。
 開発は既に最終段階で、リリースまであと一歩と言うところで行われたのが、一万人規模のテストプレイヤーの募集だった。
 今までとは全く違う没入感が味わえるという事で、ゲーム好きはもとより普段はあまりゲームに馴染みのない人の間でも話題になっていた事から、その話題性は大きかったのが伺えるだろう。

 普段ブラック企業勤めのストレス解消もあってか、通勤等の僅かな隙間時間をゲームにあてるほどゲーム好きの私も例に漏れず、『ドラゴネット・クロニクル』の情報に胸を躍らせる一人だった。
 家族に軽視されほぼ絶縁状態、頼れる人もなくブラック企業に酷使される状況で、全くの別人としてふるまえるゲームの中だけが、私の心の安定を保っていたのだ。
 それがより深く没入できるとあっては、もう期待しかなかった。

 そんな感じだったので、テストプレイヤーの募集には一も二もなく飛びついた。
 
 そして……何の因果かテストプレイヤーの一人に選ばれ、狂喜乱舞しながら、流れるような黒髪ロングに満月色の瞳、程よいサイズ感の胸に括れたウエストをピッタリとタイトな黒ワンピで包んだ、ミステリアスな魔女の『ユエ』という私の理想をぶち込んだキャラクターを作り上げ、嬉々として『ドラゴネット・クロニクル』の世界へと飛び込んだのだ。

 そこから先はある意味お約束のような、どこかで読んだライトノベルのような展開だった。

 開発者の一人が自らの欲望のままに、ゲームサーバ内にプレイヤーを閉じ込めたのだ。まさにラノベ。
 ログインしていた一万人弱のテストプレイヤーはゲームの中からログアウトする事が出来ず、ログアウトできないとなると、現実で意識を取り戻す事もできない。その結果、本格ファンタジーなMMORPGは、ライトノベルでよくあるデスゲームへと姿を変えたのだ。

 解放される条件はただ一つ。

 ラストダンジョンの最深部に潜むラスボスを討伐する事。

 それを嬉々として告げる開発者の声が響き渡る広場で、そこにいたプレイヤーの気持ちは恐らく一つだった。

『どこのラノベだよっ!』と。

 更にお約束展開は続く。
 今回の『ドラゴネット・クロニクル』最大の特徴でもある味覚・臭覚以外の五感がリアルに感じ取れるという事は勿論痛覚もある訳で。

「ボクは知りたかったんだよねー。人は幻の痛みだけで死ねるのかって。
 だから、このゲームの中で高いトコから転落したり、モンスターに切られたり殴られたり燃やされたり吹き飛ばされたりする痛みは本物のように感じられるようにしてみたんだ!
 もちろん現実の身体に傷がつくわけじゃないけど、痛みは本物さ!死ぬ程の痛みで死ぬかもしれないし死なないかもしれないっ!ボクはそれが知りたいんだっ!!
 この世界での死が現実になるかもしれないし、ならないかもしれないっ!!どうかなー?どうなるかなー??
 あはははははっ!!
 あぁ、楽しみだなぁ!!この中のどれだけの人間が生き残れるのかなぁ!
 さぁ、みんな頑張ってゲームをクリアしてね!
 そうそう、ゲームのラスボスはボクだよ。ボク自身どれだけの痛みを感じられるのか、死ぬ程の痛みで本当に死ねるのか、楽しみでしかないっ!!」

「……狂ってやがる……」

 恍惚といった表現が相応しい声色が多くのプレイヤーが集まっていた広場に響く。

「そんな事言って、ホントは俺達の中に紛れてたり、NPCに紛れてたりするんじゃねーか?」

 そう疑り深く言ったのは熊吉さんだったか……。

「あぁ!その展開は擦られ過ぎてるから、今回は敢えて避けてみたよ!
 だからボクは大人しくラスボスとしてラストダンジョンの最下層で君達を待っているよ!
 さぁ!ゲームの始まりだ!なぁんてねっ!!」

「……くっそ腹立つ……死ねよクソが……明日別ゲでフレとレイドの予定だったんだよクソが。クソがクソがクソが。死ねよガチで。むしろコロスコロスコロス……オレがコロス…コロスコロスコロス……」

 私の隣でドスの利いた声で呪詛を呟いていたのが肉球堕天使にゃんだったのは、今となっては良い思い出だ。
 物騒な呪詛を吐いてた人がにゃんな語尾で話しかけてきた時のギャップよ……。

 そんな感じで唐突に始まったデスゲームは、一年後の今唐突な形で終わりを告げた……らしい。
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