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11.「仕事とプライベートは完全に切り離す主義なので」①
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東海林との引継ぎを終えた後、自らも新しいチームに移ったこともあって慌ただしい日常を過ごしていた祥司は、数週間ぶりにケイとアキのバーにやって来れた。
因みに言うと、店名はドストレートに「K&A」。
馴染みの客やこの界隈の人間は「ケーアン」と呼んでいたりする。
少し重たい木製のドアを開けると、聞き慣れたドアベルの音がした。
なんとなく「帰って来たな」と感じつつ足をいつものカウンターに進めると、顔を上げたアキが優しい笑顔で口を開く。
「あ、お帰り~」
「こんばんは」
「よく来たな、忙しかったのか?」
自分の心を見透かしたかのようなアキの言葉に少し笑いそうになるが、振り向いたケイの顔に心配の色が見えた祥司はすぐに表情を元に戻した。
「仕事で異動があって、少しバタついてたんですよ」
「あらー、ビジネスマンは大変ねえ。今日は何飲むー?」
軽い調子でいつかも聞いたセリフを言いながら自分を見て来るアキに、祥司は少し考えてから口を開く。
「ハイボールください」
「疲れているのなら、少し薄めにするか?」
一見強面で無骨とも言える見た目をしているケイだが、「タチ磁石」というふざけたあだ名を誰も否定出来ないレベルでモテまくっていたアキが心底惚れ抜いただけあって、とても気遣いの出来る視野の広い男性だ。
祥司はその優しさが嬉しくて素直に頷いた。
「お腹空いてるなら何か入れとく? 軽い物なら出せるわよ」
「お任せしてもいいですか?」
「もっちろーん」
アキからも提案された常連の特権でもある気安いやり取りに、祥司は自分の肩から力が抜けるのを感じる。
基本的に祥司はここに酔う為に来ていない。
祥司がこの店に通う目的は、美味しい酒を飲んで二人と会話をして日頃のストレスを少し抜くことだ。
「そうそう。東海林くんって覚えてる?」
「グッ、けほっ」
突然アキの口から出て来た名前に、祥司は口に含んでいたハイボールを思わず噴き出しそうになったが意地で耐えた。
その様子を見て、ケイもアキも驚いたような顔をする。
「ちょっ?! 何、どしたの急に?!」
「大丈夫か?」
今にもカウンターから飛び出して来て背中をさすってくれそうな二人の様子に、祥司は手のひらを向けて数回頷くことで大丈夫だと伝え、落ち着いてから小さく咳払いをした。
「大丈夫です、すみません。ちょっと別穴に入ってしまって」
「ヤだオジサンみたいなこと言って! ホントに大丈夫?」
心配そうに言ってくるアキに頷いて、祥司は不自然じゃないように話題を戻す。
「ええと、東海林さんがどうかしたんですか?」
我ながら、自然に言えたと思う。
そんなことを考えながら返した祥司を見て、ケイとアキは「本当に大丈夫か?」とどちらも考えているのが丸わかりの表情で一瞬目配せした後、同時に視線を祥司に戻した。
「あれからちょくちょくね、一人でも顔を出してくれるようになったのよ。それで祥司のことを気にしてたから、一応聞いてみただけ」
「そうですか……」
本当にそれだけだったようで、アキは別の客からのオーダーを取りにカウンターから出て行く。
その姿を視線の端で見送ってから、祥司は静かに薄めに作って貰ったハイボールを落ち着いて口に含んだ。
――仕事で会ったこと、言ってないんだな。
別にケイとアキになら言ったところで祥司にとっては何の問題も無いのだが、もしかしたら東海林からすると良くないから口止めでもしたいのだろうか。
昨今企業の、各種コンプライアンスに関する意識はとても敏感だ。
だから当事者の目線からすると「なんだその意味不明なくくりは」と鼻で笑ってしまうようなLGBTQ関連の事柄にも大真面目に取り組んでいる企業も存在する。
「(……でも、待てよ?)」
そこまで考えて、祥司は動きを止めた。
「(ゲイバーに出入りしていることがバレて困るなら……足が遠のく方が自然じゃないのか?)」
どういうことだ? と一人考え込んでいると、すぐ傍からまたあの穏やかな声が聞こえた。
因みに言うと、店名はドストレートに「K&A」。
馴染みの客やこの界隈の人間は「ケーアン」と呼んでいたりする。
少し重たい木製のドアを開けると、聞き慣れたドアベルの音がした。
なんとなく「帰って来たな」と感じつつ足をいつものカウンターに進めると、顔を上げたアキが優しい笑顔で口を開く。
「あ、お帰り~」
「こんばんは」
「よく来たな、忙しかったのか?」
自分の心を見透かしたかのようなアキの言葉に少し笑いそうになるが、振り向いたケイの顔に心配の色が見えた祥司はすぐに表情を元に戻した。
「仕事で異動があって、少しバタついてたんですよ」
「あらー、ビジネスマンは大変ねえ。今日は何飲むー?」
軽い調子でいつかも聞いたセリフを言いながら自分を見て来るアキに、祥司は少し考えてから口を開く。
「ハイボールください」
「疲れているのなら、少し薄めにするか?」
一見強面で無骨とも言える見た目をしているケイだが、「タチ磁石」というふざけたあだ名を誰も否定出来ないレベルでモテまくっていたアキが心底惚れ抜いただけあって、とても気遣いの出来る視野の広い男性だ。
祥司はその優しさが嬉しくて素直に頷いた。
「お腹空いてるなら何か入れとく? 軽い物なら出せるわよ」
「お任せしてもいいですか?」
「もっちろーん」
アキからも提案された常連の特権でもある気安いやり取りに、祥司は自分の肩から力が抜けるのを感じる。
基本的に祥司はここに酔う為に来ていない。
祥司がこの店に通う目的は、美味しい酒を飲んで二人と会話をして日頃のストレスを少し抜くことだ。
「そうそう。東海林くんって覚えてる?」
「グッ、けほっ」
突然アキの口から出て来た名前に、祥司は口に含んでいたハイボールを思わず噴き出しそうになったが意地で耐えた。
その様子を見て、ケイもアキも驚いたような顔をする。
「ちょっ?! 何、どしたの急に?!」
「大丈夫か?」
今にもカウンターから飛び出して来て背中をさすってくれそうな二人の様子に、祥司は手のひらを向けて数回頷くことで大丈夫だと伝え、落ち着いてから小さく咳払いをした。
「大丈夫です、すみません。ちょっと別穴に入ってしまって」
「ヤだオジサンみたいなこと言って! ホントに大丈夫?」
心配そうに言ってくるアキに頷いて、祥司は不自然じゃないように話題を戻す。
「ええと、東海林さんがどうかしたんですか?」
我ながら、自然に言えたと思う。
そんなことを考えながら返した祥司を見て、ケイとアキは「本当に大丈夫か?」とどちらも考えているのが丸わかりの表情で一瞬目配せした後、同時に視線を祥司に戻した。
「あれからちょくちょくね、一人でも顔を出してくれるようになったのよ。それで祥司のことを気にしてたから、一応聞いてみただけ」
「そうですか……」
本当にそれだけだったようで、アキは別の客からのオーダーを取りにカウンターから出て行く。
その姿を視線の端で見送ってから、祥司は静かに薄めに作って貰ったハイボールを落ち着いて口に含んだ。
――仕事で会ったこと、言ってないんだな。
別にケイとアキになら言ったところで祥司にとっては何の問題も無いのだが、もしかしたら東海林からすると良くないから口止めでもしたいのだろうか。
昨今企業の、各種コンプライアンスに関する意識はとても敏感だ。
だから当事者の目線からすると「なんだその意味不明なくくりは」と鼻で笑ってしまうようなLGBTQ関連の事柄にも大真面目に取り組んでいる企業も存在する。
「(……でも、待てよ?)」
そこまで考えて、祥司は動きを止めた。
「(ゲイバーに出入りしていることがバレて困るなら……足が遠のく方が自然じゃないのか?)」
どういうことだ? と一人考え込んでいると、すぐ傍からまたあの穏やかな声が聞こえた。
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