その感情が足りてない

一片澪

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12.「仕事とプライベートは完全に切り離す主義なので」②

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「こんばんは、お隣宜しいですか?」
「あ、はい。どうぞ……」

頭の中で考えていた人間が急に目の前に現れると、正直驚く。
祥司は自分の返事を聞いてから、静かに自然な動作でこの前と同じ椅子を一つ空けた隣に腰掛けた東海林を見て、心の底からそう思った。

「いらっしゃいませ。今日はどうなさいますか?」
「こんばんは、今日もマスターのおススメを頂けますか?」
「畏まりました。……まだ正直、東海林さんの好みを把握している自信は無いんですけどね」

自然な東海林の言葉にケイが少し困ってはいるけれど、どこか嬉しそうに笑う。
その表情を真っすぐに見ながら東海林はどこまでも穏やかに返した。

「ケイさんのお酒はどれも本当に美味しいですよ」
「自分の中の定番を見付けて、それを飲み続ける方が多いので東海林さんのように来るたびに違うオーダーをされる方は珍しいですよ」

ケイの言葉に祥司も話に加わりはしないものの、同感だと心の中だけで頷く。
かく言う祥司も、自分の中でこんな気分の時はアレが飲みたいと言ったこだわりが少なからずあるからだ。

「自分の好きなものは勿論把握していますけど、同じお酒でも作る方によって味わいは変わるでしょう? 色々と知りたくなるタイプなんです」
「ぽいわぁ~」

会話の途中で戻って来たアキが「いらっしゃい」と言いながら笑うと、東海林も先日よりは遥かに馴染んだトーンで挨拶を返す。

「(人当たりが良くて新しいものを受け入れることを厭わない、柔軟性のあるタイプ……か)」

出向MRだった経歴を考えると、医者との会食や接待で相当揉まれて来たんだろう。
常に新しいものを吸収していれば話題にも困らないから、趣味と実益を兼ねているんだろうな。
そんなことを考えた祥司が自分のグラスを置いた時、東海林がこちらを向く。

今日の眼鏡は、出会った日と同じ野暮ったいものだ。
一体何を基準にわざわざ付け替えているのかが、祥司にはサッパリ分からない。

「お久し振りですね、お忙しかったんですか?」
「はい。仕事が少し」

出会った時と何ら変わらないトーンで声を掛けられても、正直東海林の社会的な立場を知ってしまった今では困る気持ちが強い。

仕事とプライベートは切り分けそうな印象はあるが、自分のせいで気分を損ねさせて瀬能に迷惑を掛けたくはないからだ。
祥司がそう考えた時、隣にいる東海林は祥司の心の中を正確に読んだように口を開いた。

「構えないで頂ければ嬉しいです。私、仕事とプライベートは完全に切り離す主義なので」
「……」

一瞬息を呑んだ祥司を見て、東海林は静かに続ける。

「私たちは同い年なんですよね? 瀬能さんから聞きました。この年齢になると恋人優先だったり、家庭を持ったりで友人って普通にしていても年々減りませんか?」
「それは、確かにありますね」
「私は東京に戻って来て運良くとっても落ち着ける素敵なお店を紹介して貰えて、そこで同い年の久住さんと知り合えた。……だから、ここで久住さんとお互い気楽に話せる関係になれたらとても嬉しいです」

にこり、というよりはふわりと笑いながら真正面から言われて、祥司の脳内にまたお決まりの単語が浮かんだ。

――このノンケ、俺の性的指向を本当に理解しているのか?

でもそれと同時に『同性愛者=男だったら誰でも良い』と認識している奴らから過去に受けた侮辱的な振る舞いを思い出して、東海林が自分のことを『同性愛者の男』ではなく、『一人の人間』として見ている可能性も浮かぶ。

もし仮にそうなら、東海林を一方的に拒絶するのはとても失礼な振る舞いだ。
そう思った祥司は、小さく笑って実は少し気になっていたことを言葉にする。


「――“俺”、この店のマスター二人から祥司って名前呼びされて長いので、東海林さんから名字で呼ばれ続けるとなると……ちょっと抵抗あるんですよね」


祥司が素直にそう言うと、東海林は少し驚いたように瞬きしてから「確かに、フルネーム丸出しですものね」と野暮ったい眼鏡の奥の瞳を細めて笑う。

その表情と彼が纏う空気から、なんとなくこの人とは気が合いそうだと……祥司は思った。
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