その感情が足りてない

一片澪

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23.“いつか”恋はしたい。①

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東海林がライブのチケットを譲ってくれると言ったあの日から三日。
祥司は、少しソワソワしていた。

昼休憩の外食から戻ってふと覗いたSNS上には、チケットを取れなかった人間の嘆きと転売サイトに出品されていることへの怒り、そして当選した人間の喜びなど様々な声が今日も溢れている。

「(本当に行けるんだよな……?)」

東海林が嘘を吐く人間だとは思えないが、この天国のような気分から「やっぱりナシでお願いします」と言われる事態を想像すると祥司の心中は穏やかではない。

――もし……もし駄目になっても、その時はその時だ。
だって自力では取れなかったプラチナチケットの夢を、一時見させてもらっただけでも良いじゃないか。

祥司はスマホを机の上に置いてから、そう心の中で自分の中の期待が爆発しないように精一杯の保険をかけておく。
じゃないと、仮に本当に駄目になった時寝込む気しかしないからだ。

「誰だ?」

ブブッとつい先ほど置いたばかりのスマホが震えたので、祥司は早速確認する。
それは三日前に双方プライベート用の連絡先を交換した、東海林からの初めてのメッセージだった。

『お疲れ様です
手元にチケットの実物があった方が安心でしょうから先にお渡ししたいと思うのですが、近い内にケーアンに行く予定はありますか?』

「今夜でも大丈夫です」

そのメッセージを見て、祥司は会社のデスクにいることも忘れて普通の声量で返事をしていた。
そして最後まで言い切った後に気付いてまずい! と口を押さえ周囲を確認したが、幸いなことに近くの席の同僚たちはまだ戻っていない。

「(危ないな。いくら嬉しいからって、職場では気を付けないと)」

ふう、と一度深呼吸をしてから返事を入力し始める。
即レスはビジネス関連でする時は何も思わないというか、むしろ当然の意識で出来るのに……プライベートな連絡になるとなんだかちょっと色々なことが気になってしまうのは何故だろう。

しかしこのアプリの性質上、既読を付けてしまったのは伝わっているから仕方がない! と誰にともなく言い訳して祥司は指を動かす。

『お疲れ様です
本当にありがとうございます、私は今週なら何曜日でも大丈夫です
東海林さんのご都合に合わせます』

送信前に誤字脱字の確認をしてから送信ボタンを押すと、祥司が送ったメッセージに即既読が付いた。
このタイミングからすると、東海林はトーク画面を開いたままにしていたのかもしれない。
そしてそれが当たっていたのか、彼からの返信は早かった。

『ではもし良ければいつもの金曜日でどうでしょう?』

“いつもの金曜日”、という言葉が少しむず痒い。
しかしお互い会社員という性質上、ゆっくりと酒と会話を楽しみたいときに週末を選ぶのは自然なことだ。

『はい、分かりました
俺は何も起きなければいつもと同じ頃店に行けると思います』
『私も何もなければ同じ頃行けます
多少の遅れは飲みながらお待ちしてますので、気にしないで来てください』

――それでは、金曜日に。

そう締めくくられたメッセージを見て祥司はふう、と息を吐いた。

いくら定時というものがあっても、その時の仕事の状況次第では約束の時間に間に合わないことが発生する時もある。

「(仕事の対応で遅れたのに、よく怒られていたよな……俺)」

何時に何処、を正確に決めたがっていた元カレは仕事終わりの平日夜の約束であっても遅刻をとにかく許さなかった。
悪いことなんて何もしていない、同じ社会人同士であれば理解し合って「仕方がないよな」と言い合いたい部分の価値観がズレていたことも、今思えばストレスだったのかもしれない。

「(ほんと、終わるべくして終わったんだよな)」

静かにそう考えながら祥司は、習慣にしているスマホのスケジュールアプリに金曜日の夜の予定を入れる。
そして一目で分かりやすいように仕事と分けているプライベート用の文字色を見て、何とも言えない気持ちを抱いた。



***
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