その感情が足りてない

一片澪

文字の大きさ
25 / 49

25.なんでこうも、馬鹿なんだろう。①

しおりを挟む

「マジか――」

東海林からチケットを受け取り、帰宅した祥司はパソコンの前でそれだけを呟いて硬直していた。

秋も深まった夜。
肌寒さを感じて使用したエアコンの風のせいで、瞬きすら忘れた目が乾燥を強く訴えて来る。

最初に東海林とケーアンで出会ってから、恐らく四か月ほどだろうか?
正確な日付は曖昧だが、あの夜の出会いが自分の人生にこんな……ある意味宝くじに当たった以上の幸運を連れて来るとは想像してもいなかった。


「アリーナ席、Aブロック……五列目、中央付近……」


武道館のホームページではなく、アスナの公式サイトに掲載されていた座席表のPDFファイルと手元のチケットの座席番号を、もう軽く十回以上祥司は見比べているがその事実は一切揺るがない。

経費削減、転売防止、利便性の向上、セキュリティ強化など数々のメリットから、電子チケットの普及が目覚ましい今の時代に、敢えての『紙のチケット』を手渡された時点で「あれ?」とは確かに一瞬思った。

しかし、遅刻のお詫びとささやかなお礼に今日の会計は自分に払わせて欲しいと数回提案しても、アッサリとだが梃子でも動かぬ鉄壁の笑顔で断られたことが無くたって

「アスナのライブに行けるなら、ステージが見えない追加販売のサイド席でも大歓迎!」

と本気で思っていた祥司は、白い厚めの上質な紙で作られた封筒に入った自分の分のチケットをその場で凝視して座席の位置を見るだなんて無粋な真似は当然しない。

ただ中に入っているAstroNerdsの名前と、公演日や時間が印字されたホログラム付きのチケットを見ただけで飛び上がりそうな気持を抑えて東海林にお礼を繰り返すのがその時の祥司に出来る精一杯だった。

「コネって……マジであるもんな……すげぇな、東海林さん」

自分も微かではあるが、業界人と呼べる立ち位置にいるからこそ東海林が勤める大企業の強さが分かる。
そして、その恩恵は大企業に所属している全ての人間に対して無条件で平等に分配されているわけではないことも知っている。


――私、ちょっと頑張って取引先の先生のご厚意に甘えつつ、チケットを二枚ほど入手致しました。


そう言って悪戯っぽく笑った東海林の表情が脳裏にはっきりと浮かぶ。
こちらに負担をかけないように敢えて軽く言ってくれたんだと思うが、それまで積み上げた人脈を駆使してもこれだけのチケットを入手することは簡単ではなかったはずだ。

「(そう言えば元カレは、一緒に遠出する時のチケットの予約すら満足に出来なかったな……)」

そこまで考えて、祥司は自分以外誰もいない自宅の一室で大きく頭を左右に振る。

「(ヤバい……これは、確実にヤバい。気を付けろ、馬鹿か俺は。同じ過ちを繰り返すな!)」


ここまで回数を重ねてしまうと、流石の祥司も認めるしかない。

祥司が元カレを思い出す時。
それは、元カレを恋しく思って取り戻したい、あの頃に戻りたいと願う未練の感情からではない。

自分が元カレを思い出す時――それは決まって、東海林と比較して東海林の良さや凄さを客観的に理解する時だ。
そしてそれは、なんて恐ろしいことなんだろう。

「え、コレお礼のメッセージを入れるよな常識的に? マナー的に『こんなに良い席本当に良いんですか?』って即一報入れる案件だよな? どうするのが普通だ? なんだったら変じゃない?」

困惑しながら祥司がチケットの裏を何気なく見ると、そこには電子チケットの真逆を走る赤いスタンプがハッキリと押されていた。
色々なものが電子化されていく時代の中でも確かにまだ残っている、古風とも表現出来る業界の本質的な体質の一端が見える“特別”の証明。

【 関係者用招待席 】

一般販売なんて、そもそもされていない区画。

「――こっわ」


色んな意味で、震えた。



***
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

共の蓮にて酔い咲う

あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。 トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub ※リバです。 ※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。 ※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。 ※他サイトでも完結済

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【R18+BL】空に月が輝く時

hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。 そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。 告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。 ★BL小説&R18です。

処理中です...