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461・転じた攻め

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 絶句している様子のヒュッヘル子爵が何を考えているかおおよそ検討が付く。どうやったらこの現状を切り抜け、自らの地位を守れるか。だからさっきまでの様子は一切消え失せている。保身に入ればまだ助かる――そんな風に考えているはずだ。

「どうですか? 何か不備はありましたか?」

 対してこちらは余裕を見せつけるように笑みを深めてあげる。彼の言い分はこの任命書がある時点で通用しない。女王陛下に準ずる権限を与えられた使者としてダークエルフ族の拠点に関する事を任せられている。そこで捕らえた者をどうするかなんて私の加減一つで決めていいという事だ。
 もちろん、あれが拠点じゃなかったら私も相応の責を負う事になっていただろう。だけど現実は違う。自分に与えられた権利を行使したのだから、責められる筋合いはない。

「……いやはや、エールティア嬢も人が悪い。このようなものをお持ちなのでしたら事前に言っていただけたら――」
「その点については謝罪致します。しかし、現在ダークエルフ族の拠点は全てリシュファス家と敵対している貴族の領地で見つかっております。これが意味する事――聡明な子爵様でしたらおわかりいただけると思いますが」

 こちらはあくまで真摯的な態度を貫く。ここで『お前達のやっている事はわかっているんだぞ』としたり顔で言っても無意味な上、余計に感情的になってしまうだけだ。それは避けないといけない。私はヒュッヘル子爵と戦いにきたわけではないのだから。

「つ、つつ、まり……貴女はこう言いたいのですか? 『エスリーア家に付いている者はダークエルフ族と内通している』と」
「そう捉えられる発言をした事は申し訳ありません。ですが、事実なのです。リシュファス家に付き、エスリーア家の派閥といがみ合っている貴族達の中に彼らの拠点は見つかっておりません。それも現時点ではの話ですが」

 ここで断言してしまえば逆上される可能性がある。だからこそ『現時点では見つかっていない』という事にしておいた。どうせどちらも真実なのだしね。
 だけど追い詰められてまともな思考を停滞させているヒュッヘル子爵には確かな効果があったみたいだ。

「……なるほど。それで、私はどうなるのですか?」
「少なくともダークエルフ族との関係性を調査する事になるでしょう。拠点があった事実は確かなのですから。……そちらが積極的にお話してくれるのでしたら、こちらも融通を付けることは出来るのですが……」

 一度悩ましげな顔をして考えるように顔を下げ、しばらく待った後で顔を上げる。
 たったそれだけだけど、彼は今まさに焦っている。後で考えればもっと他の手を考えつくかもしれなかったが、それは起こりえない。ここで私達を見逃せば、間違いなくダークエルフ族は中央都市リティアに連れていかれるのだから。リシュファス家と敵対している関係上、それはよろしくない。何を言われるかわかったものじゃないしね。
 そして聖黒族はダークエルフ族と敵対関係にある。そんな連中の拠点が存在している場所の領主なんて……どうなるかわかりきっている。

 だからこそ、こんな簡単なやりとりにも惑わされる。垂らされた救いの糸のようにも思えてくる。

「本当に、融通していただけるのですね?」
「ええ。あくまで私が出来る範囲内で……という事になりますが、そこはよろしいですね?」

 ここで同意したら私の提示した案に賛同した事にでもなるとでも思ったのか、ヒュッヘル子爵はしばらくの間口を閉ざしてしまった。ただただ沈黙が場を占める中、ようやくヒュッヘル子爵は折れるように首を左右に振った。

「……わかりました。私がこの任命状を知らなかった時点で負けていたということでしょう」

 掛かった。結局化かし合いの下手な方が負ける。それが貴族の摂理というもの。任命状を破く――なんてことをしていたら更に状況が悪化しただろうし、【ツールプロテクション】で守りを固めているから無駄になっていただろうしね。そうなればもはや言い訳する事も出来ない。そこを考えると彼の行動は最も正しかったと言えるだろう。

「私に貴方が知っている事を教えてくれますね?」
「……私は何も知りませんよ」

 真剣な表情で呟いたその言葉は、軽く私を苛立たせる。結局、ここまでの話は全て無意味という訳だ。
 ヒュッヘル子爵は最初から私の側につくつもりはない――そういう訳なのだから。

「貴女がどんな気持ちで今私を睨んでいるのかよくわかる。一つだけ付け加えるのなら、本当に私は何も知らないのですよ」
「……随分可笑しなことを言いますね。ここまで来て何も知らない。そんな事あり得るとでも?」

 内心の平静を保つ為に静かに息を吸って吐き出す。たったその程度でも多少の苛立ちくらいなら抑え込む事が出来るだろう。
 しばらく睨み合いが続いたけれど、彼は言葉を選ぶような素振りを見せている。

「正確には貴女が知り得ている事以上は知らない可能性が高いという事です。それでもいいのでしたら――」

 ぽつぽつと語り出した彼の言葉に、私は内心の苛立ちを抑えて聞くことにした。
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