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565・予想外の食事(ファリスside)

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 王族御用達のお忍びの宿のフロントに戻ったファリス達の前に現れたのは先程部屋まで案内してくれた魔人族の男性だった。

「お部屋はどうでしたか?」
「ええ。とても素晴らしいところだったわ。王子様も中々気の利いた事をしてくれたわね」

 ワーゼルやククオルが話せば歯切りの悪い事になるのは間違いなかったからここはファリスが進んで受け答えをする事になった。

「それは良かったです。お酒を嗜まれる場合はあちらの階段から行ける地下酒場を。食事中心にされる場合は一階の食堂を利用される事をお勧めしております。通常より品質の高い食材を用いた料理を召し上がりたい場合はフロントにお申し付けくださればご用意いたします」

 それを聞いたワーゼル達は食事のグレードの選択権が自分達に存在する事に安心した。無理に格式ばった食事をする必要がないのはありがたいことだ。マナーなどがわからなくて恥をかかずに済むのだから。

「わかった。ありがとう」
「いえ、是非素敵なひとときを過ごしてください」

 丁寧に頭を下げた魔人族の男性はそのままフロントの受付を終えた別の客の元へと向かった。

「じゃあどっちに行く?」

 自分はどっちでもいいと言わんばかりの態度のファリスの問い。以前に一緒に行こうと誘った時は「行かない」と言っていたはずが、何を思ったのか今は行く気のようだった。そんな彼女の気持ちに水を差さないうちに……と次々と軽く手をあげる。

「やっぱり地下酒場かな」
「酒場の方ですね」
「お任せします」

 と三人が多種多様の返答をする。残ったオルドはファリスと同じようで、自然と地下酒場に行く事が決まった。ククオルは別として、ワーゼルとユヒトは既に酒を飲む気分だった。
 階段を下りて地下酒場に降りると、魔導具による照明で多少暗がりを作って雰囲気づくりを行っていた。

「へぇ……」

 つくづく地下に縁があるな……なんて思いながら階段を下りたファリスはあまり悪くないという感想を抱いた。多種多様な種族がわいわい騒ぎながら酒を注文して楽しんでいる様子だった。料理を運んでいる者や作っているであろう者達も魔人族を起用しており、猫人族の背丈では出来ない事をカバーしていた。
 適当な席に着いた五人はテーブルに置いてあったメニューを開いてウェイターに料理を注文する。オルドとワーゼルの提案で最初は飲み比べようという話からエール、ラガーといったビールにウイスキーなどのアルコール度数の高いもの。料理は大皿で取り分けできるようにして運ばれていた。

 アルコールが苦手なククオルにはシルケットで作られているミルクに果汁と砂糖を混ぜた甘い飲み物が用意されていた。

「それでは……せっかくですからファリス様に乾杯の音頭をとってもらいましょう」
「……そこまではしない」

 まさか自分に振られるとは思っていなかったらしく、視線が集まっても嫌そうに顔をしかめた。しかしお願いするかのような視線に苛まされ――結局を杯を掲げる。

「……誰一人欠けることなく生き残れたのは各々の役割を全うした結果。今後のみんなの奮闘に期待して――乾杯」
『かんぱーい!!』

 少々堅苦しくまとめて果実酒を飲み干したファリスに合わせて大きく声を張り上げ、同じようにグラスを傾ける。

「っくあー! やっぱり久しぶりに飲むと効くなー!」

 中身を飲み干したワーゼルはすっかり話し方が崩れ、素の彼が姿を表した。再び酒を頼みながら骨つきの肉を手に取り思いっきりかぶりつく。対してユヒトは雪桜花せつおうかで作られた清酒をちびちびと飲みながら野菜の炒め物を口にしていた。オルドはワーゼルと張り合うように次々と酒を飲み込んでいき、ククオルはそれを楽しそうに眺めている。

「ファリス様はあまり飲まれないのですか?」

 最初の果実酒は勢いよく飲んだファリスだったが、次は適当に何かを頼みゆっくりとしたペースで飲んでいた。てっきりよく飲む方なのだろうと勘違いしていたククオルの問いかけに少し自虐的な笑顔を向けていた。

「そういう訳じゃないけど……あんな風にぱかぱか口を開けて中身を放り込むようには飲めないってだけ」

 実際の話、ファリスの人造命具は体内に入った毒素を浄化する能力を持っている。致死量の毒を摂取してもしばらくの間極端に動きが鈍くなる程度であり、酒なども飲んだ端から浄化する為、あまり気持ちよく酔う事ができない。最初はそれを言って断ろうとしていたファリスだったが……。

(まあ、こういうのも偶には悪くないんじゃない)

 ワーゼルが騒ぎ、ユヒトとククオルがそれを見守り、オルドがワーゼルに付き合う。それは今まで彼女が見ようともしなかった光景。自分の世界にはエールティア以外必要ないのだと決めつけていた彼女ではあり得なかったことだ。

「ファリス様、これ美味しいですよ」

 ユヒトが分けてくれたのはじっくりとローストされた肉。香ばしい匂いが食欲をそそり、見るだけで既に美味しいとわかりそうな代物だ。

「ありがとう」

 あまり笑みが得意ではないファリスだったが、この日からほんの少しだけ笑みを見せるようになった。痛みだけが愛ではないように、傷を与え合う事だけが分かり合う方法ではないと知った日の出来事だった。
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