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第35話 最後の頁を越えて
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空が静かだった。
神殺しの戦いから数日。
焼け野原となっていた王都は、まるで火に洗われた灰のように沈黙を湛えている。だが、その大地の下では確かに“再生”が始まっていた。
崩壊と救済を繰り返した世界は、いまようやく息を吹き返そうとしていた。
風が吹く。
その音が、エリアスにとっては心臓の鼓動よりも懐かしかった。
彼は丘の上で、一人腰を下ろしていた。
右手には、神殺しの剣――いや、もはや“筆”とも呼べる光の欠片。
刃は形を失い、もはや力を持ってはいない。神が消えた今、この剣はただの記録の象徴になっていた。
「……静かだな。」
『穏やかね。けれど、あなたの心の中は相変わらず忙しいわ。』
ルミナの声が、春の陽射しのように柔らかく響く。
彼女の姿は今も隣にあった。
形ある女神ではなく、光と風の間に宿る意識。
けれど、それで十分だった。
「忙しいっていうか、考えることが多いだけさ。」
『何を?』
「世界をどう“生かして”いくのか。俺が神を殺したことで、人は完全に独り立ちした。
でも、あの神々が……本当は全部悪だったかと聞かれたら、即答できねぇんだ。」
『それは正しい悩みよ。神々は人を縛ったけど、人を愛してもいた。
全てを支配しようとしたのは、恐れからだった。人がどこまで行けるのか、信じ切れなかったの。』
「……だから、俺は信じてやりたい。」
エリアスは空を見上げた。
神を消した空は、青く、美しく、どこまでも果てがない。
それは“完成”ではなく、“未完”の証。
誰もまだ、この空の続きを知らない。
『ねえ、エリアス。あなたはもう筆を持たないの? 新しい世界を、あなたの手で書かないの?』
「書くよ。」
彼は迷わず答えた。
「でも、俺一人じゃ書かない。この世界を生きる人たちが、それぞれの“記述者”になる。
俺はただ、最初の一行を書いただけだ。」
『それがあなたらしいわね。』
「お前こそ。最初に出会った頃は、ずいぶん厳しかっただろ。神の声なのに、“人を試す”みたいでさ。」
『あの頃は、私も自分を信じられなかったの。
神は不変であるべきと教えられていたけど、あなたに出会って、自分が変わることを怖くなくなった。
だから、ありがとう。』
「礼なら俺が言うさ。お前がいなきゃ、俺はとっくに壊れてた。」
二人の会話に、風が笑うように流れた。
どこか遠くで子供たちの笑い声がする。
崩壊した王都にも、もうすでに人々の暮らしが戻り始めていた。
* * *
その日、王都の再建式典が開かれることになっていた。
新しい王都議会の発足。神も王もない新しい時代を告げる儀式だ。
式典会場の中央で、セレナが演説をしている。
彼女は王族でありながら、自ら王冠を手放した。
代わりに彼女が掲げたのは、一冊の白い書。
何の言葉も書かれていない、“未記述の本”。
「この世界は、一つの時代が終わり、次の頁を開こうとしています。
私たちは神に頼らず、自らを書き記す者として生まれ変わるのです。」
その言葉に、人々の間から大きな拍手が起こった。
エリアスは遠くで、その光景を見ていた。
隣ではリオ、レオナ、ミリアが微笑んでいる。
かつて灰星と蔑まれた仲間たち。
今では、誰もが“英雄”として名を残す存在だ。
「ようやくここまで来たな。」
「お前のおかげだよ。」リオが言う。
「俺なんか、まだ拳しか取り柄ねぇけどさ。
神相手に殴るって経験、二度とできねぇだろうな!」
その無邪気な笑いに、ミリアが肩をすくめる。
「いつまで経ってもあなたは単純ね。でも、そういう人間が世界を救うのかも。」
レオナが頷く。
「エリアスが帰ってきたあの日、私たちは初めて“仲間”になれた気がするの。
前は信じるより戦うことに必死でさ。
でも今は、“一緒に続ける”っていう選択が、何より大事だと思える。」
エリアスは静かに聞いていた。
声を上げる必要なんてなかった。
彼の胸の奥に、暖かい何かが滲む。
『あなたが苦しんで選んできた“孤独”は、もう終わったのね。』ルミナが囁く。
「ああ。ようやく、“世界を救う”じゃなくて、“世界と一緒に生きる”って言える。」
* * *
夕暮れ。
式典が終わり、王都の高台から一面の灯火を見下ろしていた。
軒先に吊るされた無数の光が、海の波のように揺れている。
セレナがエリアスの隣に現れた。
「これが“あなたの描いた世界”。」
「俺だけのじゃないよ。みんなで描いた世界だ。」
「ふふ、相変わらず謙遜ね。あなたがいなければ、この光景もなかったわ。」
彼女はゆっくりと歩きながら問う。
「ねえ、エリアス。これから、あなたはどうするの?」
「旅に出る。」
「……やっぱり。」
「誰かが見届けなきゃいけない。神々が去ったこの世界が、どんな未来を書くのか。」
「独りで行くの?」
「独りじゃないさ。」
そう言って彼は空を見上げた。
夜風が吹き抜け、月が顔を出す。
その光の中に、淡く浮かぶ女神の影があった。
『この空の下で、多くの人が生きていく。
その全てがあなたの物語の続き。
だから、もう一度旅に出ましょう。
“これから”という名の、最も不確かな未来を探す旅に。』
エリアスは微笑んだ。
「いいな。それこそ、終わりに書ける言葉じゃない。」
セレナの瞳が少し潤む。
「……きっと、また会えるわよね。」
「ああ。物語は消えない限り、どこかで必ず繋がる。」
彼は背を向け、ゆっくりと歩き出した。
風が彼の背に光を運ぶ。
それはまるで“筆が走る”ように、空に文字を刻んでいく。
――“希望は、歩き続ける者に宿る。”
街に夜が降りる。
それでも光は消えなかった。
誰もが手に取れる“未来”となり、共に暮らす。
* * *
そして――物語の最後の頁がゆっくりと閉じる時。
ルミナの声が静かに響く。
『ねえ、エリアス。あなたの旅が終わったら、次は私が書いてみてもいいかしら?』
「もちろん。お前の言葉なら、きっと世界はもっと優しくなる。」
『ふふ……じゃあ、こう書くわ。』
風が笑う。
淡い光の文字が空に浮かび上がる。
――“この物語には続きがある。永遠に書かれ続ける物語として。”
エリアスは空を仰ぎ、優しく頷いた。
そこにはもはや神も、恐れも存在しない。
ただ、人と、光と、果てなき未来が――確かに息づいていた。
神殺しの戦いから数日。
焼け野原となっていた王都は、まるで火に洗われた灰のように沈黙を湛えている。だが、その大地の下では確かに“再生”が始まっていた。
崩壊と救済を繰り返した世界は、いまようやく息を吹き返そうとしていた。
風が吹く。
その音が、エリアスにとっては心臓の鼓動よりも懐かしかった。
彼は丘の上で、一人腰を下ろしていた。
右手には、神殺しの剣――いや、もはや“筆”とも呼べる光の欠片。
刃は形を失い、もはや力を持ってはいない。神が消えた今、この剣はただの記録の象徴になっていた。
「……静かだな。」
『穏やかね。けれど、あなたの心の中は相変わらず忙しいわ。』
ルミナの声が、春の陽射しのように柔らかく響く。
彼女の姿は今も隣にあった。
形ある女神ではなく、光と風の間に宿る意識。
けれど、それで十分だった。
「忙しいっていうか、考えることが多いだけさ。」
『何を?』
「世界をどう“生かして”いくのか。俺が神を殺したことで、人は完全に独り立ちした。
でも、あの神々が……本当は全部悪だったかと聞かれたら、即答できねぇんだ。」
『それは正しい悩みよ。神々は人を縛ったけど、人を愛してもいた。
全てを支配しようとしたのは、恐れからだった。人がどこまで行けるのか、信じ切れなかったの。』
「……だから、俺は信じてやりたい。」
エリアスは空を見上げた。
神を消した空は、青く、美しく、どこまでも果てがない。
それは“完成”ではなく、“未完”の証。
誰もまだ、この空の続きを知らない。
『ねえ、エリアス。あなたはもう筆を持たないの? 新しい世界を、あなたの手で書かないの?』
「書くよ。」
彼は迷わず答えた。
「でも、俺一人じゃ書かない。この世界を生きる人たちが、それぞれの“記述者”になる。
俺はただ、最初の一行を書いただけだ。」
『それがあなたらしいわね。』
「お前こそ。最初に出会った頃は、ずいぶん厳しかっただろ。神の声なのに、“人を試す”みたいでさ。」
『あの頃は、私も自分を信じられなかったの。
神は不変であるべきと教えられていたけど、あなたに出会って、自分が変わることを怖くなくなった。
だから、ありがとう。』
「礼なら俺が言うさ。お前がいなきゃ、俺はとっくに壊れてた。」
二人の会話に、風が笑うように流れた。
どこか遠くで子供たちの笑い声がする。
崩壊した王都にも、もうすでに人々の暮らしが戻り始めていた。
* * *
その日、王都の再建式典が開かれることになっていた。
新しい王都議会の発足。神も王もない新しい時代を告げる儀式だ。
式典会場の中央で、セレナが演説をしている。
彼女は王族でありながら、自ら王冠を手放した。
代わりに彼女が掲げたのは、一冊の白い書。
何の言葉も書かれていない、“未記述の本”。
「この世界は、一つの時代が終わり、次の頁を開こうとしています。
私たちは神に頼らず、自らを書き記す者として生まれ変わるのです。」
その言葉に、人々の間から大きな拍手が起こった。
エリアスは遠くで、その光景を見ていた。
隣ではリオ、レオナ、ミリアが微笑んでいる。
かつて灰星と蔑まれた仲間たち。
今では、誰もが“英雄”として名を残す存在だ。
「ようやくここまで来たな。」
「お前のおかげだよ。」リオが言う。
「俺なんか、まだ拳しか取り柄ねぇけどさ。
神相手に殴るって経験、二度とできねぇだろうな!」
その無邪気な笑いに、ミリアが肩をすくめる。
「いつまで経ってもあなたは単純ね。でも、そういう人間が世界を救うのかも。」
レオナが頷く。
「エリアスが帰ってきたあの日、私たちは初めて“仲間”になれた気がするの。
前は信じるより戦うことに必死でさ。
でも今は、“一緒に続ける”っていう選択が、何より大事だと思える。」
エリアスは静かに聞いていた。
声を上げる必要なんてなかった。
彼の胸の奥に、暖かい何かが滲む。
『あなたが苦しんで選んできた“孤独”は、もう終わったのね。』ルミナが囁く。
「ああ。ようやく、“世界を救う”じゃなくて、“世界と一緒に生きる”って言える。」
* * *
夕暮れ。
式典が終わり、王都の高台から一面の灯火を見下ろしていた。
軒先に吊るされた無数の光が、海の波のように揺れている。
セレナがエリアスの隣に現れた。
「これが“あなたの描いた世界”。」
「俺だけのじゃないよ。みんなで描いた世界だ。」
「ふふ、相変わらず謙遜ね。あなたがいなければ、この光景もなかったわ。」
彼女はゆっくりと歩きながら問う。
「ねえ、エリアス。これから、あなたはどうするの?」
「旅に出る。」
「……やっぱり。」
「誰かが見届けなきゃいけない。神々が去ったこの世界が、どんな未来を書くのか。」
「独りで行くの?」
「独りじゃないさ。」
そう言って彼は空を見上げた。
夜風が吹き抜け、月が顔を出す。
その光の中に、淡く浮かぶ女神の影があった。
『この空の下で、多くの人が生きていく。
その全てがあなたの物語の続き。
だから、もう一度旅に出ましょう。
“これから”という名の、最も不確かな未来を探す旅に。』
エリアスは微笑んだ。
「いいな。それこそ、終わりに書ける言葉じゃない。」
セレナの瞳が少し潤む。
「……きっと、また会えるわよね。」
「ああ。物語は消えない限り、どこかで必ず繋がる。」
彼は背を向け、ゆっくりと歩き出した。
風が彼の背に光を運ぶ。
それはまるで“筆が走る”ように、空に文字を刻んでいく。
――“希望は、歩き続ける者に宿る。”
街に夜が降りる。
それでも光は消えなかった。
誰もが手に取れる“未来”となり、共に暮らす。
* * *
そして――物語の最後の頁がゆっくりと閉じる時。
ルミナの声が静かに響く。
『ねえ、エリアス。あなたの旅が終わったら、次は私が書いてみてもいいかしら?』
「もちろん。お前の言葉なら、きっと世界はもっと優しくなる。」
『ふふ……じゃあ、こう書くわ。』
風が笑う。
淡い光の文字が空に浮かび上がる。
――“この物語には続きがある。永遠に書かれ続ける物語として。”
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