日々の欠片

小海音かなた

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7/12『ケーキに乗せる気持ち』

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 回転台に乗せたスポンジにクリームを塗る見事な男の手さばき。
 その作業を見守る男が二人、小声で会話をしている。
「どうしたんすか? ヒカワチーフ。沈痛な面持ちで作業してますけど」
「ホールケーキのさ、プリントサービスあるじゃん」
「あぁ、写真を食品インクで転写するやつ」
「そう。あれの予約が入ったんだけど、その写真が片想いの相手だったらしくて」
「へぇ。やり甲斐あるじゃないですか」
「プロポーズ用に作ってほしいって」
「彼氏から? え、つらい」
「だから、あれ」
 いつもなら一息つく作業の合間に、今日はため息をついている。
「でも、プロポーズが失敗するようなものにはできないって」
「職人の意地ですねぇ」
「切ないよなぁ」
 後輩二人が作業しつつ見守る中、斐川は感情を押し殺し黙々と作業を進める。
 バラ口金で大輪の花をケーキの上に咲かせて、ようやく一息ついた。
 色とりどり、大小の花に囲まれ女性が微笑んでいる。
(綺麗だ……)
 女性は店の常連で、斐川とは顔見知り。二年ほど交流があるも店員と客という関係は越えられず、今日も来ない、明日は来るかと店の中で待つばかり。
 その関係性にも少し疲れが見え始めていたときに今回の注文が入った。
(これも運命なのかな)
 出来立てのデコレーションケーキを冷蔵庫に入れ、予約表に作成完了のチェックを書く。受け取りは数十分後。その後にプロポーズが決行されるのは容易に想像できる。
「今日俺、早退していい?」
 自分を見守る後輩たちに告げると、二人は何度もうなずいて承諾した。
 直接の受け渡しは接客担当スタッフが行うが、その光景はガラス張りの厨房内から見えてしまう。相手の顔を見てしまったら、なにかを想像してしまいそうで嫌だった。
 スーパーで缶ビールとつまみを買い込み帰宅する。
 明日になればまた早朝に起床して出勤し、作業に取り掛かる日常が幕を開ける。その頃にはもう、彼女は誰かのもの……。
 今日はもう、酒を飲んで寝てしまおう。
 斐川はそう考えて、缶ビールを開けた。

 数週間後、斐川の想い人が来店した。人懐こい彼女は買い物がてら、接客担当スタッフと世間話をして帰っていった。
 彼女を見送ったスタッフが厨房に半身を入れて声を投げる。「斐川さん!」
「はい」
「プロポーズ! 断ったって!」
「「「えっ」」」
 パティシエ三人の声が重なった。
「でもケーキは美味しかったから伝えてほしいって!」
 なにがどうしてそうなった。スタッフに聞いても教えてくれない。
 従業者全員に無理やり休憩へ入れられた斐川は、慌てて私服に着替えて彼女を追った。
「あ、あの!」呼ばれて振り向く彼女は、少し疲れた面持ちだった。「あ、えっと……」
 そういえば、直接話すのは初めてだと気づいて、斐川は言葉に詰まる。
「……ケーキ、作ってくださったの、貴方ですよね」
「っ、はい!」
「ありがとうございました。とても綺麗で、とても美味しかったです」
「あ、ありがとうございます」
 貴女のために、心を込めたので……とは言えない。
「あのっ」
「はい」
「よ、よければ少し、お茶でも……どうでしょう」
 不思議そうに見つめる彼女に斐川は言い訳めいた言葉を早口で投げかけた。
「いやっ、いまから休憩で、近くにオシャレなカフェがあるんですけど男ひとりじゃ入りにくくて。いや、理由はそれだけじゃないんですけどっ……どうでしょう」
 苦笑いを浮かべる斐川に、彼女は「いいですよ」と微笑みかけた。

 なにがどうしてこうなった。
 斐川と彼女はカフェ店内の客席に、向かい合わせで座っている。
 彼女は紅茶、斐川はランチプレートセットを食す。
 鼓動に合わせて震える手がフォークを揺らす。狙いを定めながらサラダを食べていたら、彼女が口を開いた。
「聞きましたか? プロポーズのこと」
「んぐっ。う、はい」
「せっかくあんなに素敵なケーキを作ってくださったのに、すみません」
「いえっ!」
 むしろ嬉しいです、なんて口が裂けても言えなくて、言葉を探しているうちにまた、無言になってしまう。
「……浮気、されちゃって」
「えっ」
「心を入れ替えるから、って言われたんですけど、初めてではなかったので……もう無理かなって」
 乾いた笑いをこぼす彼女に、斐川はフォークを置いて言葉をかける。
「それは……正解、だと思います。貴女が不幸になるのは、見ていられない」
 真摯な瞳に、彼女は嬉しそうに泣いた。
「ま、また店にいらしてください。特別なケーキをご用意してお待ちしてます」
 斐川の言葉に彼女は頷いて、美しい笑みを浮かべた。

 カフェを出て彼女とわかれた斐川は決意した。
 伝えられない気持ちの代わりにケーキを作ろう。とびきり美味しくて、とびきり綺麗で心が弾むような、そんなケーキを。
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