日々の欠片

小海音かなた

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7/13『素晴らしい事象』

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 お金がなかったとき、安価なパンばかり食べていた。
 当時のあだ名は『ナイスさん』。
 細長くて、何味だか説明できないけど美味しいクリームが挟まったあのパンの名前から来ている。
 ナイスさんこと僕は、とても貧乏だった。
 食費はカツカツ。常に特売や見切り品の世話になり、賞味期限と戦っていた。勝率は高いほうだったが、内臓が鍛えられ、慣れていただけかもしれないから真似はしないでほしい。
 給料も家賃も高くないその生活で、なににお金をかけてたかというと【研究】だ。
 僕の研究対象は【オカルト現象】。
 【オカルト】には得てして【怪しい】とか【胡散臭い】とかいう言葉が付いて回る。大半の人は、自分の目に見えないものを訝しがる傾向にあるからだ。
 シュレディンガーの猫じゃないけど、見えていないものに確実性を持たせるのは難しくて、だから自分の目に見えていないものを否定するのは勿体無い。
 見えているのに信じてもらえない人、見えてないから信じない人。どちらもとても興味深い。
 子供の頃から【不思議な現象】にとても興味を惹かれていた。霊感がなく霊的存在を見ることはできなかったけど、そういった特集のテレビ番組はよく視ていた。不思議な現象がどうして起こるのか、理由が知りたいのに結局わからないまま終わってモヤモヤした。『なぜこの現象が起きたのか、それは謎のまま……』じゃないよって、いっつも不完全燃焼だった。ならば自分で謎を解きあかす努力をしてみようと思い立った。
 心霊現象にはあまり興味がなくて、妖怪とか伝承とか、比較的明るい印象のものが好きだった。
 妖怪の大半はいたずらを仕掛けてきたりするんだけど、それでもどこか憎めないのは、有名な妖怪漫画の影響か、それとも自分が実際被害に遭っていないからなのか……。
 怪奇現象が頻発するという土地に赴いたりもした。
 河童で有名な街では釣り糸の先にキュウリをつけて川にたらしてみたし、ツチノコで有名な村では定期的に行われる捜索大会に参加した。
 どっちも成果はなかったけど面白い体験だった。
 研究といっても、大学で本格的にとかじゃなくて、個人的に色々調べてレポートを書いてネット上で公開していただけ。
 科学的根拠もなく、霊能力に基づいた実体験もない、ただの感想文。それでも面白がってくれる人はたくさんいて、ありがたいことに一定の閲覧数や反応があった。
 やりがいもあるし、貧乏のままでもいいから研究を続けようと思っていたある日、とある神社にたくさんの座敷童がいるらしいと聞いた。
 行こうと思えば誰でもいける場所にあって、恩恵にあずかる人が続出しているらしい。
 そんな話に目がない僕は、無理を言って有給を取得しその神社へ向かった。
 社殿とは別の区画にある大木が祀られた場所。その木のそばで座敷童たちが遊んでいるらしい。
 木の辺りにいるであろう座敷童に小声で話しかけた。
「座敷童さんたちー。初めましてー」
 人間の子供と喋るときのような優しい口調で語り始める。
 自己紹介といまの自分の状況、これからしたいこと。住んでいる家の場所や環境、なぜこんなに妖怪が好きなのか。
 滔々と語っていたら、周囲の目も気にならなくなっていた。僕のような人は珍しくないのか、参拝に訪れた人たちはあまり気にすることもなく通り過ぎていく。
「……と、いうことで、よろしければ家に遊びに来てください。僕にはみんなの姿が見えないので……おもてなしはできないかもです」
 一通り語り尽くして、それでは、とお辞儀をして大木から離れた。
 背後で『どうする?』『どうする?』と言いながらクスクス笑う声が聞こえて振り向いた。
 視界の中には大人しかいない。
 多分、きっと、座敷わらしの声だ。
 なんで姿が見えないんだろう。なんで僕には霊感がないんだろう。
 悲しく寂しい感情を抱えたまま、電車に乗った。座敷童が一緒に来てくれていたら、その姿が見えていたら、どんなに嬉しいだろう。
 その日のことを書いた記事をアップした数日後、記事を読んだ大学の研究チームメンバーが、一緒に研究しないかと声をかけてくれた。僕は喜び勇んで参加した。高くて手が出なかった書物を読める最高の幸せを得た。
 それからまた少しして、今度は僕が書いた記事を書籍化しないかと連絡があった。
 目まぐるしい環境の変化と幸せの到来に確信する。座敷童が来てくれてるのだと。

 僕のあだ名の元になった細長いパンをかじる。
 若い頃、このパンを一個買うのにも苦労していた。こんな未来が待っているとは思ってもいなかった。
 良く目を凝らすと、座敷童がこちらを見てニコニコしつつ、オーディオから流れる曲に合わせて踊っている。
 見えるようになったのは誰にも内緒だけど、僕は自著と妖怪たちに囲まれながら幸せな日々を送っている。
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