日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
195 / 366

7/14『月の石』

しおりを挟む
 月旅行から帰ってきて家で荷物を整理していたら、お土産にと思って拾った石にヒビが入っていた。
「兎でも生まれたりして、ふふ」
 小さく笑いながら、その石を机の上に飾った。
 それから数週間後。
 ヒビの間からなにか出ているのが見えた。浅黒い、粒のようなもの。なにかはわからないが、“生えている”というより“割って出てきている”感じがする。
 そのヒビは毎日少しずつ隙間を広げていった。
「やっぱりなにか生まれるのかな」
 少しの期待とスリルを感じながらその日は眠った。が、夜中に物音で目を覚ます。
 部屋の外からなにか聞こえる。
 照明器具を薄明かりモードで点けてベッドをおりる。
 寝室を出ようとして、閉めたはずのドアが少し開いていることに気づく。目を凝らすと、ドアの下部が割られ、無理矢理こじ開けられているのが見えた。
 嫌な予感がして、音を立てぬように気をつけてそっとドアを開け、音がする方へゆっくりと進む。その先にはキッチンがあり、物音は食料をストックしている納戸から聞こえてきていた。
 手近にあったフローリングモップを手に、電気のスイッチを押した。
 床に散らばった食料と、それを貪り食う、小さな……ヒト。
「え……?」
 こぼれ出た声にヒトが振り向いた。
 ボサボサの髪に浅黒い肌。ゴツい四肢は毛に覆われている。猫背気味な姿勢のその生き物は、こちらの存在に気づくとこちらに向かって走ってきた。
 その小ささからは想像もつかないほどの殺気を感じて身構えると、そいつはリビングを駆け抜け、窓ガラスを割って外に飛び出した。
「……なに……いまの」
 震える声と身体に、割れた窓の外から入る生ぬるい外気がまとわりついた。

 庭の低木が時折揺れる。多分さっきの生き物が揺らしている。
 一瞬だけ見えた姿に覚えがあった。学生のころ教科書で見た、【原人】だ。
 そしてその原人はきっと、あの石から生まれた。半分に割れた、中が空洞の【月で拾った石】から。
 あの野蛮そうな生き物を放置する訳にはいかず、困った挙句、月旅行を主催した会社のサポートセンターにアクセスした。緊急事態だからメールじゃなく電話をかける。
 さきほどの状況を説明するとオペレーターは困惑していたが、室内に設置された防犯カメラの映像を送信したらすぐに信じて専門家に繋いでくれた。
 専門家は私の行為に眉をひそめたが(月の物を勝手に持ち帰ってはいけないと言われていたため)、原人捕獲のために人を派遣してくれた。
 捜索と格闘が繰り広げられたのち、原人は無事保護され、割れた月の石と共に研究施設に送られた。動物を入れる小さな檻のようなケージに入れられた原人は、「グルルル」と野生のような唸り声を出していた。人語を解するまでには達していないようだった。
 人類の成り立ちを研究するための施設に送られたようだが、男の原人だけでは繁殖ができず、研究が思うように進んでいないと聞いた。
 施設は私が月から持ち帰った石と同じ物を月で探し出し、地球に有害な細菌やウイルスが付着していないかを確認した上で持ち帰った。
 レントゲンで撮影すると中に空洞があり、そのまた中に膝を抱えた人型の生き物が入っていることが確認された。石だと思って拾ったのは、原人の卵だったのだ。
 地球の環境下でないと孵らないらしいその卵は研究施設で孵化し、研究者の希望通り女の原人が誕生したそうだ。
 繁殖を重ねひとつの集落を構える人数になったころ、地球での進化を終えた我々は環境が悪くなった星に原人を残し、様々な生き物と共に近隣の惑星へ旅立った。
 原人が進化に行き詰まるとヒントが空に投影されるようプログラムが組み込まれたホログラム投影機を、自然に見せかけ設置し、残していった。
 その指南役は時に【宇宙人】のような姿であり、時に【神様】のような姿で現れた。
 そうして原人は進化を続け、荒廃した大地を耕し、汚れた水を浄化させ、火を操り文明を得た。

 それから数百万年後――。

 とある国の兄弟が世界初の有人飛行を成功させた。人間が空を飛ぶ日が来るなんて。
 いつか技術が発達したら、遥か遠くに見えるあの月へ行ける日がくるだろうか。
 どうしても行かなければならないような、帰らなければならないような、そんな焦燥感。

 人類はいつも、月に郷愁を抱いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...