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第1章 ~秘書の激務編~

4.古写真

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 「私を雇うって、本気ですか!? だって、だってだって、ついさっき会ったばかりの人間ですよ!? あのですね、人を雇うときはしっかりと書類選考して面接して、慎重に判断するものなんですよ!?!?」
 混乱する玲奈は前世の物差しで語った。前世の常識が通用するはずもなく、当然フェイバル首をかしげる。
 「よく分からんが、俺は家柄なんて気にしねぇよ」
 「いや、そういうことではなくてですね……雇用する人間の能力や本質を判断しなきゃ!」
就活の過酷さを身に染みて理解している(というか思い切り就活失敗してる)玲奈は、どうもこの男の適当さに納得がいかなかった。男の提案が彼女にとって悪い話ではないことは確かだが、それでも頭の中に自然と反論が押し寄せる。そこでフェイバルはもう一押しすべく、あえてそっと囁いた。
 「考えてみろ。お前はギルド魔導師だ。順当に行くなら、これからいろんな依頼をこなして生計を立ててくことになる。だがな、それって簡単じゃねえんだぜ? ほらさっき言ったじゃねえか。ギルド魔導師は楽な仕事じゃねえ。それに対して魔導師秘書ってのはどうだ? 安全安心の長期雇用。逃すには惜しいはずだろ。はたして、ほんとうにギルド魔導師を選んでいいのかねぇ……」
小声でもただならぬ熱意。どうも彼は本気らしい。好待遇に玲奈は揺らいだ。
 「うっ……それは……魅力的……ですけど! 私は魔導師に興味があるんです!!」
期待どおりでない答えに、フェイバルは少し考え込む。そこで譲歩すべく、またひとつ提案した。
 「……ならさ、じゃあ今度俺の現場連れてってやる」
 「え、まじ?? いいんですか!?」
 「折衷案だ。お前はギルド魔導師でありながら、俺の魔導師秘書。お前は俺の国選依頼をサポートし、俺はお前のギルド魔導師として生きる道を支える。これでどうだ?」
その申し分ない案に玲奈はすぐ親指を立てた。
 「ええ、そうしましょう! ぜひそうしましょう!!」
フェイバルは打って変わって満面の笑みを浮かべる玲奈を見ると、思わずつられた。交渉成立。二人は握手を交わす。
 「決まりだな。よろしく頼むぜ、秘書ちゃん」
新人ギルド魔導師兼魔導師書。玲奈は思わぬ形で二足のわらじを履くこととなった。



 玲奈はフェイバルに連れられて家の階段を上る。どうやら住み込みらしい。異世界に降りたって一日目、寝床まで手に入れてしまった。野宿を覚悟していた玲奈は、フェイバルの背後で小さく拳を突き上げる。見知らぬ男の家に泊められる不安など、忘却の彼方のさらにその先だった。
 「この部屋空いてるからここ使え。あとその妙な服は目立つから、ここの服でも着といてくれ。前の秘書の置き土産だ」
 「いやぁ、ほんといろいろ頂いてありがたいんですけども……」
 これから自室になる部屋へ案内されたとき、玲奈の勝ち誇った表情は跡形も無く消えていた。部屋には椅子に机、ベッド、ランプ。ありがいたことに、生活するための備品は揃っているように思われる。しかしそれを覆うように積もるのは埃。埃。埃。どうやら就職後の初仕事は、大掃除になりそうだ。
 「んじゃ、俺はこの後用事あるから。また明日なー」
フェイバルは平然とした態度でそこを立ち去ろうとする。玲奈は咄嗟に後ろ襟を掴み彼を引き留めた。
 「フェイバルさん。二二時から二三時は掃除がスケジュールに入っています。時間が押していますので、さっさと始めましょうか……」
 「……」
しばし硬直するフェイバル。彼はすぐに彼女の狡猾さに気がついた。
 (――まずい。この女、秘書という立場を逆手に……)
玲奈は悪い笑みを浮かべたまま述べた。
 「私はこの部屋を掃除しますので、とりあえずあなたは一階の居間をどうにかしてください。あそこ、今後は私の居間でもあるんですから!」
こうして深夜の大掃除が幕を開けた。



 ひとり自室の掃除をしている玲奈は、隅に横たわったある写真に気がつく。なんとなく興味を引かれ、それを拾い上げた。
 「ん? 誰だろ、これ?」
 場所はどうやら先程のギルド・ギノバスで間違いなさそうだ。見覚えのある依頼掲示板の前で肩を組む男二人と女二人。男のうちの一方が持つ無気力な眼には、どうも既視感しかない。
 「これ、フェイバルさんだよね。ちょっと若いけど。あれ、ちゃんと髭剃ってる」
 もう一方の男は眼鏡をかけた小太り。女は茶髪のボブヘアー。フェイバルの隣で幸せそうに笑っている。どことなく玲奈自身と似た雰囲気だ。そしてもう一人、美しい長髪の女性は仲間たちを見守るように微笑んでいた。
 玲奈はそれをふと裏返す。するとそこには、書き殴られた手書きの文字。
"煌めきの理想郷ステトピア"
 「気になる。けどこういう写真って、大抵過去の伏線だったりするんだよな。私のオタク遍歴が詮索するなと言っている……」
 玲奈が達観した表情でメタ発言をかましていれば、それを見計らったかのようにフェイバルが現れた。
 「おーい。一階は終わったぞー」
写真を手に振り返ればフェイバルと目が合う。玲奈は咄嗟にその写真を背に向けた。
 「お、お、お疲れ様ですう!」
明らかな挙動不審は、いくら鈍感なフェイバルだろうと勘づいてしまう。
 「おい。今何か隠したろ? 雇用者命令だ、見せな」
 「うっ」
あっけなくバレてしまった。玲奈は大人しく写真をフェイバルに手渡す。
 フェイバルはしばし写真と睨み合うと、しばしの沈黙が流れた。
 そして男はようやく言葉を発する。その写真を思い出すというよりかは、玲奈に写真をどう説明しようか考えているような間だった。
 「ここに落ちてたのか。こいつは、俺の昔の仕事仲間の写真だな」
 「そ、そうなんですね」
 (いや、そんだけかい……)
フェイバルはたったそれだけを告げると、写真を持って玲奈の自室を後にする。
 「二階も早く終わらせろよー。俺はピカピカの居間で少しばかりくつろいでるから」
そして彼は写真と共に階段を降りていった。



 自室の掃除を終えると玲奈も一階の居間へ降りた。掛け時計は二三時を示す。
 「さ、掃除はこれで終わりですね。これからはできるだけ汚さないようにしてくださいよ! ゴミはゴミ箱へ!」
 「ったく、分かったよ」
 玲奈はふとメモ帳を開く。とりあえず書き留めたスケジュールを読み上げておいた。
 「ええっと、明日は一三時から王国騎士団幹部との共同作戦会議があります。さっさと寝ましょう」
ここでフェイバルは、先程も述べていた用事について言及した。
 「あ、俺今からちょっと一杯……いや一〇杯くらい行ってくる用事があんだわ。先寝といてくれ」
男はそのまま平然と玄関へ向かう。玲奈はコートを羽織ろうとする男を急いで止めた。
 「ねえってば! いまからそんなに飲んだら、明日までお酒抜けなくなっちゃいますよ!」
 「ああもう、分かった分かった。んーと……六杯にしとくから!」
微妙なラインの譲歩を見せるフェイバルは玲奈の手を振りほどく。そして彼はそのまま足早に家を後にした。
 (――まずい。私の雇用者自由すぎる……)
為す術無い玲奈は、仕方なく自室に戻り眠ることにした。



 バーの扉が慌ただしく開く。フェイバルは入るやいなや、すぐにとある男の隣に腰を下ろした。
 「おいおい。まったくお前の遅刻は不治の病なのか?」
 「いやあ、すまねぇすまねぇ」
 「その平謝り、人生であと何回聞くんだか」
愚痴をこぼしながらも不機嫌ではないその男は、眼鏡に小太り。写真でフェイバルと肩を並べた一人である。
 その男は店の掛け時計を見て呟く。
 「あと四十三分で、三年だな」
 「早えもんだ。あ、マスターその酒とグラス四つ」
酒瓶と四つのグラスが届くと、フェイバルはそれぞれに注ぎ始める。テーブルに四つのグラスが並んだとき、彼はふと男に尋ねた。
 「最近どうよ、お前が運営する研究所ってのは。何か成果挙げたのか?」
 「最近だと科学誌の隅に載ったが、まあ科学なんてのは魔法の二の次だから、微妙なとこだな。相変わらず金には困ってるぜ。国選魔道師様や、寄付してくれてもいいんだぜ?」
 「バカ言え、お前も相当蓄えあんだろ」
 「国選魔道師様ほどじゃねーよ」
 「その呼び方やめろ」



 時計の長針と短針が出会ったその時、男たちの談話は途切れた。
 「時間だ。煌めきの理想郷ステトピアに乾杯」
男たちはテーブルに置かれたグラスへ、自分の持ったグラスを順々に優しくぶつけてゆく。四つのグラスは数回乾いた音を奏でた。そして二人は、ようやくグラスの中身を飲み干す。
 「全員とはいかねぇが、またこうやって集まれたな。よかったぜ」
フェイバルは懐から先程の写真を取り出し、集結を喜ぶその男に見せてやる。
 「懐かしいのが家に転がっててよ。覚えてるか? コレ」
 「こいつは、西の陸路付近で山賊討伐に行った時だな。俺の武器がちょうどそんときの世代だ。にしても、またよくこんなに古いモン見つけたな」
 「うちの秘書がたまたま見つけてな」
 「どうせお前のことだから、秘書に掃除させられて見つけたんだろ? アイツにもよく同じようなこと言われてたしよ」
 「……うるせえ」
 男たちは写真の全員がその場にいなくとも、密かに再会を喜んだ。彼らにとってはかけがえのない時間がそこに流れる。






【玲奈のメモ帳】
No.4 フェイバル=リートハイト

ギルド・ギノバスに在籍する魔導師の男。二八歳。身長は一八二センチ。三白眼と伸びきった赤毛の髪が特徴的。いつも気だるげで適当な性格だが……
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