脳筋令嬢は三度目の恋をする。

黒田悠月

文字の大きさ
5 / 13
幼年期。

4

しおりを挟む
 あー、うん。 
 なんというか、うん。
 絵本って絵だけなんだね。

 文字ないんだ。

 スカーレットは敷布の上に胡座をかいてううんと唸っていた。
 5歳のスカーレットの曖昧な記憶の中では、寝る前に絵本を眺めながら母が話を語っていた。
 だからなんとなく文字が書かれている気でいたのだけれど。
 実際の絵本はどちらも文字が一切ないやたらと写実的な掠れてボケボケな絵が描かれているだけだった。

 考えてもみれば100年前の時点では平民の識字率は0に近かった。
 100年も経てば多少上がっていても良さそうなものではあるが、それでもスカーレットの家は田舎の農家である。
 書けない読めないは珍しくもないし、そもそも必要性もない。
 
 肝心の話自体は口頭で語り継がれているものなのだろう。
 こうなってくると母やミリアナに話してもらうにしても話の正確性は酷いものに違いない。
 言い伝えやらおとぎ話なんぞというものは人の口を介す内に少しずつ変わっていってしまうものだ。

 しかし母はこのペラッペラな数枚の絵が描かれただけの代物でいったいどうやって昼までの時間を潰せというつもりだったのだろうか。

 あっという間に手持ち無沙汰もいいところなのだが……。

 家中うろつき回ってもみたが、他に本らしいものもなし、これといって興味の惹かれるものもなし。

 農家の朝は早い。
 おかげで母が迎えに来るまでにはまだ二刻ほどもある。
ーーヒマだ。

 以前、100年前はこういう時、どうしていたんだっけか。
 基本、身体を鍛えていたように思う。
 腹筋とか、背筋とか、素振りとか。
 ……5歳児がいきなりそれはムリだろう。
 後は武器の手入れ?
 ない。
 台所に錆びの浮いた包丁ならあったが。
 そういえば研ぎ石もあったな。
 そう思い、スカーレットはヒマ潰しに包丁を研ぐことにした。

 ショリショリショリショリ。
 ショリショリショリ。

 一心不乱に包丁を研いでいたスカーレットだったが、ふと、気づいた。

 5歳児が一人で包丁を研いでる情景って、ちょっとヤバくないか?と。
 なんだかおかしい。
 多分普通の5歳児はしない。
 しかも丁寧に研いで布で拭くと、ボロい包丁なりにそこそこピカピカになった。
 絶対にバレる。

 スカーレットはたら、と額から汗が流れる気分で手の中の包丁を眺めてから、そそくさと台所に戻した。

「とにかくしらばっくれるしかない。私は知らない!包丁なんかこれっぽっちも触ってない!うん、これでいこう」

 頭の片隅では「そんなの通用するか?」と呆れ声で囁いている自分がいるが。

「……寝よう」

 そうだ。
 とりあえず一回寝て、そんで忘れよう。
 その方がホントに知らない気になって信憑性がでるかも知れない。

 そんなわけはないが、スカーレットは掛布を頭からひっかぶって目を閉じた。
 流石は5歳児というべきか、眠かったわけでもないのに目を瞑ったらあっさりと夢の国に誘われた。

 夢の中で懐かしい顔が呆れ顔で苦笑していた。

「お前、もう少し思いつきを実行する前にちょっと考えような?」

 長くてヒンヤリとした指がスカーレットの白銀の髪をくしゃりとかきあげて頭のてっぺんをグリグリとする。
 新緑の緑。
 その色の瞳がスカーレットの赤い瞳を覗き込んで心臓を跳ねさせる。

「ーーー」

 譫言に名を読んで、目が覚めた。
 頬が冷たい。

 触れると涙に濡れていた。


 しばらくそのまま余韻に浸って、そして思った。

 
 そういえば彼は、彼らは今どうしているんだろう、と。

 スカーレットの恋人であったひとと、主、仲間であった者たちは。

 100年前の時点で死んでいないのなら、現在も生きている可能性が高い。
 何故なら彼らは皆魔力が一概に高く、そのため長寿だから。
 生きていたら、私はどうするのか。
 会いたいのか。
 わからない。
 いや、会いたいといえば会いたいのは間違いないと思う。
 
ーーけれど今の自分はスカーレットだけれどもスカーレット・オーギュスではない。

 私は、
 どうしたい?

 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。 庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。 思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは――― 短編予定。 救いなし予定。 ひたすらムカつくかもしれません。 嫌いな方は避けてください。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...