笑わないこけし

第一章:滑らない詐欺師

健太のマッチング戦略は、三段階だった。  

第一段階：誘導
プロフィール写真は、すべて「偶然」に見えるように工夫された構図。  
・スーツ姿で、高級ホテルのラウンジに座る。  
・手前にグラスが写り、氷が光る。  
・背景のピアノが、遠くにぼんやりと見える。  
（実際は、友人の結婚式の二次会で借りた写真。ピアノは式場のもの。氷は、コンビニで買ったカフェオレの透明カップから取り出した。）  

第二段階：誘い出し
メッセージは、常に「軽さ」を装う。  
> 「今、ちょうどミシュランの店でワインを飲んでるんですが、ふと、あなたを思い出しました。笑」  
> 「実は、今週、上海に一時帰国する予定なんですが、その前に、東京で会えると嬉しいです。」  
（上海行きは、彼の妄想。ミシュランの店は、彼が行ったことのない場所。）  

第三段階：落とし込み
待ち合わせは、必ず「高級感のある場所」で。  
だが、実際の行き先は——  
・「本日限定！3,000円で飲み放題＋デザート付き」の居酒屋。  
・「新宿の隠れ家カフェ」——実態は、地下一階の狭いスペースにテーブル2つとカウンター1つだけの、看板のない店。  
・「ちょっとしたトラブルで口座が凍結した」——これは、彼の絶対的保険。  
「今月の資金繰りが厳しくて……でも、あなたと会いたい気持ちは本気なんです」と言い、  
女性の財布に手を伸ばす前に、「笑い」で場を和ませる。  

「俺、昔、お笑いやってたんですよ。  
だから、金がないって言ったら、女の人、『じゃあ、笑わせて』って言うでしょ？  
——で、俺、ちゃんと笑わせるんですよ。  
これ、実は、お笑い芸人としての最終兵器なんですよ。  
『笑わせれば、払ってもらえる』って、業界の常識なんですよ。」  

彼はそう言って、軽く肩を叩き、目を細めた。  
すると、大抵の女性は、クスッと笑った。  
そして、その笑いは、彼の「支配」を認める印になった。  

「俺の話は、ウケる。  
——舞台では笑わなかったけど、この小さなテーブルの上では、  
俺の言葉が、ちゃんと『ウケる』。  
つまり、俺は、間違ってなかったんだ。」  
何てことない話でも、リズム、タイミング、フィーリング、ロケーション、あと抑揚をつけときゃ女はちょろい。あとはほどほどの共感。あと、非常識にならないようにするのは気をつける必要ある。

彼は、そう思っていた。  
そして、その「思っている」こと自体が、  
彼の世界を、静かに、確実に、歪ませていた。