笑わないこけし

バルス

文字の大きさ
3 / 8

第ニ章:こけしの森

しおりを挟む
「こけしプレイ」が、社会現象だと報じられたのは、2023年秋だった。  

最初は、ネット掲示板の「オカルト板」に、「彼氏がこけしの口を私につけた」という書き込みが、何気なく投下された。  
それが、数週間で「こけしシンドローム」という造語とともに、SNSを駆け巡った。  

メディアは、最初は「若者文化の変化」として軽く扱った。  
だが、2024年春、厚生労働省が「若年男性の性機能低下率の全国調査」を公表。  
20~29歳の約38%が、「勃起維持に困難を覚える」と回答。  
その背景として、  
・長時間労働(平均残業42時間/月)  
・SNSによる過剰な自己評価意識(他人との比較による劣等感の増加)  
・「女性の言葉」への過敏な反応(女性の会話が「攻撃的」に感じられる)  
——などが挙げられた。  

そして、その「反動」が、  
「こけしプレイ」だった。  

それは、単なる性的フェティシズムではなかった。  
それは、  
「言葉の暴力」から逃れるための、男の自己防衛反応だった。  

「女が話すと、俺は、全部、否定されている気がする。  
『つまんない』『ダサい』『金ないなら死ね』……  
その言葉が、毎回、男の脳の裏を這う。  
でも、こけしにしてしまえば……  
——言葉がない。  
——表情がない。  
——反論がない。  
——ただ、そこに、ある。」  

それが、彼らの「安心」だった。  

健太は、最初、この現象を、嗤っていた。  

「こけし?  
笑わせられないから、黙らせる?  
俺は、話術で女を濡らす男だ。  
道具なんか、いらない。」  

彼はそう言い、自分を「旧世代の芸人」と位置づけ、  
「こけし派」の男友達を、陰で「精神的未熟児」と呼んでいた。  

だが、状況は、彼の予想を裏切った。  

ある日、彼が誘った28歳のOL・千夏(ちなつ)とのデートの帰り。  
彼は、いつものように、「ちょっと飲みに行かない?」と誘った。  
千夏は、ニコニコと笑って、  
「いいですよ。でも、今日は、あなたが払ってくださいね?」  

健太は、心の中で舌打ちした。  
——彼女は、彼の「年収2000万円」設定を、すでに疑っていた。  
だが、彼は、笑顔で返した。  

「いや、実は今月、ちょっと……」  
「あっ、そうなんですか? じゃあ、今日は、私が払いましょうか?」  
「いやいや、それは……」  
「いいですよ。  
——でも、その代わり、次は、あなたが、『こけしプレイ』していいですよ。  
うち、道具、一式揃えてありますから。」  

健太は、一瞬、耳を疑った。  

「……え?」  

「こけしプレイ、やったことないんですか?  
えー、もったいない。  
今、流行ってるんですよ。  
『黙ってれば、女は、ちゃんと金出す』って、SNSで話題なんですよ。  
男の人は、黙ってればいいし、女は、黙ってれば、楽だし。  
Win-Winなんですって。」  

千夏は、そう言って、小さなバッグから、  
赤い布で包まれた小さな箱を、さりげなく見せた。  
中には、さるぐつわ、手首と足首を縛るレザーバンド、そして——  
「笑わないこけし」の顔を模した、白いマスクが入っていた。  

健太は、その場で、一歩、後ずさった。  

「……それは、俺のスタイルじゃない。」  

「そうですよね。  
でも、あなた、ちょっと、『滑る』タイプですよね?  
——お笑い芸人だったって、プロフィールに書いてましたけど、  
実際、話してて、ちょっと……  
『ウケてない』気がします。」  

千夏は、そう言って、優しく微笑んだ。  
その笑顔は、まるで、彼の「ウケない」ことを、  
すでに見抜いた、観察者のような笑顔だった。  

健太は、その日、千夏に払わせた。  
そして、二度と連絡を取らなかった。  

だが、彼の心には、初めてのひびが入った。  

「俺は……滑ってるのか?」  

彼は、その問いを、すぐに否定した。  
「いや、違う。  
あの女が、バカだから、俺の話の本質が分からなかっただけだ。」  

しかし、その否定の裏で、彼の「話術」への信頼は、  
少しずつ、溶け始めていることに、彼は気づかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が喜んでくれた絵

バルス
大衆娯楽
この小説のヒーローは父親ですがみなさんにこんなヒーローになれますか? ちなみにこの小説は介護の話のほっこり小説です。 これもAIで勝手に佐伯真紀子さんって名前がついたのですが私個人でその名前に問題があったので(真巳子まみこ)さんにしました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...