笑わないこけし

バルス

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第五章:公開処刑

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7月25日、日曜日。  

健太は、朝、目覚めた。  
目が覚めると、すぐにスマホを手に取った。  
彼は、いつも通り、SNSをチェックした。  
そして、その瞬間、彼の手が、凍りついた。  

LINEの通知が、37件。  
TwitterのDMが、128件。  
Instagramの通知は、数字が「999+」と表示されていた。  

そして、トップに表示されていたのは、  
あるコラムのタイトルだった。  

> 『こけし』になりたがる男達と、日本脱出を図る女達。  
> ——ある元芸人の滑稽な末路  

著者名:玲子・リョウコ
肩書き:「社会観察ライター/『女性と社会』オンライン・コラム主催」  

健太は、その記事を、手が震えるほどに、ゆっくりと開いた。  

---

> ■ こけしプレイとは、何なのか?
> それは、単なる性的フェティシズムではない。  
> それは、「言葉の暴力」から逃れるための、男の、最後の防衛本能だ。  
> 彼らは、女性の言葉を、全て「否定」と読み取る。  
> 「つまんない」=「俺は価値がない」  
> 「金ないなら死ね」=「俺は、存在価値を失った」  
> その反動として、彼らは「言葉のない女」を、求め始める。  
> ——こけし。  
> ただ、そこに、ある。  
> ただ、そこに、黙って、ある。  
> それが、彼らの、唯一の安心だった。  
>   
> ■ だが、この現象の本質は、もっと深い。
> 彼らは、自分自身の「滑り」を、認められない。  
> だから、彼らは、「滑らない」ために、  
> 女性を、滑らないようにする——つまり、こけしにする。  
> つまり、こけしプレイは、  
> 「俺が滑るのを、誰にも見せたくない」という、  
> 男の、最もプライベートな羞恥心の、社会的投影なのだ。  
>   
> ■ では、なぜ、彼女たちは、それに応じるのか?
> 簡単だ。  
> おごってもらえる。  
> ブランド品がもらえる。  
> そして、そのプレイの後には、  
> 彼女たちは、豹変する。  
> 「つまんない男」「金ないなら死ね」と罵り、  
> 金品を巻き上げる。  
> これは、彼女たちの「復讐」ではない。  
> これは、彼女たちの「逃避」だ。  
> ——日本という舞台から、逃げ出すための、  
> 一時的で、不気味な取引なのだ。  
>   
> ■ そして、この構造の、最も滑稽な結末が、  
> ある元芸人・K氏のケースである。
> K氏は、舞台で笑いを取れず、  
> 「観客がバカだった」として、芸能界を去った。  
> だが、彼は、その「笑いの技術」を、  
> マッチングアプリという、新しい舞台に持ち込んだ。  
> 彼の武器は、嘘だった。  
> 「年収2000万円」「海外留学経験」「経営者」——  
> すべてが、彼の、滑らないための、偽りの布景だった。  
>   
> 彼は、嘘で女を誘い、嘘で金を浮かせ、  
> 嘘で支配しようとした。  
> そして、その支配が、最終的に、  
> 「こけしプレイ」という形で、具現化した。  
>   
> 彼が、ある女性に要求した「笑顔のこけし」は、  
> 滑稽を通り越して、哀れだった。  
> 彼は、自分が笑わせられなかった舞台の、  
> その失敗を、こけしという形で、  
> 女性の身体に、押し付けようとしたのだ。  
>   
> しかし、その女性は、彼のこけしを、  
> ただの支配の道具として受け入れなかった。  
> 彼女は、そのこけしを、  
> 「社会という舞台の、滑稽な道化」を記録する、  
> ある種の観察機器として使った。  
>   
> 彼女の目は、決して、従順ではなかった。  
> 彼女の目は、ただ、  
> 「この男が、どこまで、自分を欺いているのか」を、  
> 静かに、克明に、観察していたのだ。  
>   
> ■ 最後に、この男に、一言。
> あなたは、今、自分を「面白い」と信じている。  
> でも、あなたが、本当に面白いのは、  
> 「自分が、面白いと信じているその姿」だけだ。  
>   
> 日本の男達は、女が生身の人間であることが怖くて『こけし』にしたがる。  
> そして、唯一の武器だと思っていた『笑い』さえも、  
> ただの虚勢という名の騒音に成り果てた。  
>   
> だが、私達は、  
> 言葉の通じない外国人や、  
> 画面の向こうの韓国アイドルに夢を見る。  
> そこには、少なくとも、  
> 『こけし』を要求する湿っぽいプライドはないのだから。

——以上、コラム『こけし』になりたがる男達と、日本脱出を図る女達。  
著:玲子・リョウコ(社会観察ライター)  

---

健太は、その記事を、3回、読み直した。  
そして、4回目で、彼は、スマホを床に叩きつけた。  

「……嘘だ……  
全部、嘘だ……  
俺は、面白いんだ……  
俺は、面白いんだよ……!」  

彼は、部屋の中を、うろうろと歩き回った。  
そして、スマホを拾い上げ、  
玲子のSNSのアカウントを、開いた。  

そこには、彼とのデートの写真が、  
すべて、克明に、アップされていた。  

・彼が、クーポンをスマホで見せながら、  
「今日は、ちょっと安めの店にしようかと思って……」と、  
恥ずかしそうに笑う写真。  
(キャプション:「彼の、ケチさは、自己防衛の表れ。  
彼は、金を出せない自分を、  
『面白い男』という虚勢で、覆い隠そうとしている」)  

・彼が、玲子の手を、優しく握りながら、  
「俺、あなたを、愛してるから……」と、  
目を潤ませる写真。  
(キャプション:「愛の言葉は、支配の布石。  
彼は、『愛している』という言葉で、  
相手の思考を、自分の論理に取り込もうとしている」)  

・そして、最後の一枚。  
彼が、玲子の口に、さるぐつわを装着し、  
「笑顔のこけし」を、彼女の顔に装着しようとしている、  
その瞬間の、静止画。  

(キャプション:「これは、笑いではない。  
これは、滑稽だ。  
彼は、自分が、もう、誰にも笑われていないことに、  
気づいていない。  
——ただ、自分が、笑っているだけだ。」)  

健太は、その写真を見つめながら、  
静かに、泣き始めた。  

彼の涙は、怒りでも、悲しみでもなかった。  
それは、  
自分が、誰かの笑いの対象であることを、  
ようやく、認めざるを得なくなった瞬間の、  
静かな、自己の崩落の音だった。
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