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7.桜守(2)
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視界をちらちらと、煌めく白い光が激しく舞う。
まるで桜吹雪みたいだ。
眉をしかめ遮ろうとして、く、と指先に力を込められ引き止められた。
「ん……ああ……寝ちゃったんだ、私も」
瞬いて洋子はつぶやいた。
護王は、昨夜洋子をかき口説きながら、それでも答えあぐねている洋子の返事を待つまでもなく眠りに落ちてしまった。今はベッドで顔だけこちらへ向けたうつ伏せで、微かな寝息をたてて洋子の指を自分の指で絡めて眠っている。
その隣の僅かな場所に手を握られたまま体を倒し、どうしようかと悩んでいたつもりだったのだが、結局洋子も眠ってしまったようだ。
(また……何か桜の夢を見た…)
見ている間はかなり鮮やかに内容を覚えているようなのに、起きてみるとあちこちばらばらと欠けてしまうのは夢の特徴、再現が難しい。
(誰か……泣いていた……それとも…夕べのことだったのかな)
おかしな体勢で眠っていたせいで、体のふしぶしがぎしぎし鳴る。指はまだ護王の手の中に固く握り込まれて、いまだに離してくれる気配さえない。
ただ、護王もかなり回復はしてきたようで、カーテンの隙間から差し込む光に浮かび上がった顔は随分穏やかなものになっていてほっとした。
濃いまつげの影を見ながら、それを濡らしていた涙を思うと、また胸が騒ぐ。
「殺せ…ってか」
気持ちを沈めようと、一つ大きな息をつく。
「看護師相手に…無茶を言う」
ぼやいて、なおもしっかりと洋子の手を握ったまま眠っている護王を横目で睨む。
(それとも、もうとっくに看護師じゃないから……そういうことを求められたのかな)
ちり、と胸の底を痛みが焦がした。
首を掻き切られた綾子の最後のことばが「研究発表」だったこと、嵯峨の切々と綴られた手紙、もう看護師はできないと思い定めた瞬間の詰まるような思いが次々と体に溢れていく。
そして、それらの未来の前に立ち塞がった日高に言いようのないどす黒い気持ちが育っていくのも感じる。
(護王じゃなくて、日高相手なら)
殺すのだってためらわないかもしれない、その発想の暗さに苦笑いする。自分の中にこれほど濃い闇があることを今まで気づかなかったのが不思議だ。予想していてもよかったはずだ、医療者としては。虐待経験、かけがえのない身内を理不尽に奪ったのが実の両親という虚しさ、殺意が育つきっかけには事欠かない、いやだからこそ。
(気づかないふりを、していたのか)
「…」
護王の安心しきったような寝顔を見つめる。
(だけど……)
日高も桜里の出身だったとは驚きだった。しかも、村上の話によれば、花王紋のある女を探していたのは、護王だけではなく日高もまた探していたと言う。
(でも、わからない)
日高はせっかく手に入れかけた嵯峨を手放し綾子に乗り換えようとしていた。なのに、その綾子も扱いが面倒になったのか、さっさと手にかけてしまう。
たとえちやほやされて心身ともに未熟な医師だったとしても、命は消えてしまえば戻らないことは承知だろう。
日高はいったい何のために花王紋の女を探していたのだろう。
(私にも、花王紋があったと知ったから、とか?)
最終的に誰か独りでよかった、ということなのだろうか。
でも、さっきの護王の話によれば、花王紋があるのは『姫さん』と呼ばれる存在が繰り返し転生してきた徴だ。輪廻転生についての科学的実証はないにしても、一人の人格が同時に、つまり同じ時空間に数人に転生していることなどあるのだろうか。第一、そんなことになったのなら、護王はどうやってその中から一人を選び出していたのか。
(……今までは、なかったのか?)
そうでなければ、いくら花王紋があるからとは言え、護王が『姫さん』をすぐに確認できたとは思い難い。
あれやこれやと考えていて、別の可能性も思いつく。
(たとえば、『姫さん』が『男』だったりした場合はどうなるんだろう? 護王に応じたかな)
『姫さん』の転生ならば、性別を越えてでも必ず護王に応じる、というルールがあったとか。
ちら、とさっきよりはましな顔色で眠っている護王に目をやった。
疲労の色が濃いそげた頬に僅かな赤みがさしている。まつげはまだ涙で湿っているのか、しっとりと影を落としている。薄く開いた唇が柔らかな呼吸を紡いでいる。幼い顔に、昨夜の洋子を惑わせたあやうい微笑が重なっていく。
(……ありえたかも…)
手段も選ばず、護王が本気で迫っていたら、惑いながらも応じたのではないか。
ゆら、と胸で黒い炎が動いて、慌てて呼吸で追い出した。
(……今までの相手のほうはどうだったんだろう?)
インドやチベットならまだしも、この日本で、あなたは俺と生きると決めていた『姫さん』の転生なのだから、俺と一緒に暮すんです、はい、そうですか、なんて具合に話が進むとは思えない。
けれど、護王の話でいけば、そうやって拒まれる場合はなかったみたいだ。
(それだけじゃない)
その代々の『姫さん』は死ぬときには、一番初めの『姫さん』と同じく、また転生してきて護王と一緒に生きていく、と再会の意志を伝えた気配さえある。
(姫さんの側にも、何か確証、のようなものがあったのかもしれない)
護王が護王であると認めるような証が。護王と自分が確かに繋がっているとわかるものが。
(それは何だろう?)
ふいに、呼応するように脳裏を巨大な桜のイメージが過って、ぎょっとした。
暗く灯もほとんどない山奥に立つそめいよしの、ピンクというよりは白く見えるほどの花吹雪が視界一面を覆っていく。
(夢の桜?)
「っ…」
首の花王紋がいきなり疼いて、顔をしかめる。左手で探ると微かに熱を持ち脈打っている。この間まではつるりとした感触だったのに、今は少し盛り上がっているように思える。
(護王を見たときも痛んだな……ああ、そう言えば…)
『姫さん』に関わる人間に近づいたり、この一件に関わって気持ちが揺れるようなことが起こったときに痛むのかもしれない、と考えて、病棟で日高と話していたときにも首筋が痛んだことを思い出した。
(なるほど)
花王紋と、その痛みと桜の夢。
それが『姫さん』の証なのだろうか。
けれど、それでも、性別を越えてまで見知らぬ男を受け入れる気持ちの基盤には繋がらないだろう。
(それとも……)
洋子は思いついて唇を噛んだ。
(私が『姫さん』じゃないから……わからないのかな)
事実、護王も洋子を『姫さん』ではないから、桜里へ行かなくていい、と言っている。ただ一緒にいてくれればいい、と。
(でも、私が『姫さん』じゃない、ってことは)
護王が暮すべき『姫さん』は他にいて、相手は護王を待っているということではないのか。その『姫さん』は放っておいていいのか。
(綾香…)
あれほど護王が自分のために奔走してくれていると信じてやまないのに、そして祭礼が終われば一緒に暮そうと言い交わしてまでいるようなのに。
(やっぱり……ここに居るべきじゃないよなあ)
『姫さん』でもなく、定められた相手でもないのに、護王の側にいる理由が見つからない。自分はさっさとここを出て、護王から離れるべきではないのか。
その気持ちが流れ込んだように、護王の手が再びきつく、すがるように洋子の指を握りしめてきて胸が詰まった。
ああんああんああん。
どこかで赤ん坊が泣く声がする。
(今は無理だ…)
そう、とにかく桜里に入って、綾香か、あるいは本当の『姫さん』に護王を委ねるまでは。
せめて、これ以上護王が壊れてしまわないように。
洋子は溜息をついて握られた手をそのままに、もう一度護王の隣に顔を乗せた。
これほど側にいるけれど、絶対に届かない距離にいる相手。触れてはいるけど、触れることを望まれているわけではない相手。
(ちぇ……切ないなあ)
綺麗で端整な幻。強く握りしめると粉々に砕けてしまう夢。
(まあ……いいか)
「イツデモ死んでやるって言ったもんな」
所詮、こちらも幻の命だものな。
あえてぶっきらぼうにつぶやいたとたん、それが目覚めの呪文でもあったように、ぱち、と突然護王の目が開いた。
「……」
相手は無言で洋子を凝視している。昨夜とは打ってかわって澄み渡った目だ。そこに洋子がいるのに驚いてもいない。ずっと昔から、ずっとそこにいた、とでも言いたげな信頼の色。
あまりにもまっすぐに見つめられて気恥ずかしくなり、洋子は体を起こした。
「おはよ」
「!」
声をかけた瞬間、びくっと体を震わせ、護王は目を大きく開いた。瞬きを繰り返し、やわやわと自分が握っている洋子の指を弄ぶ。ふいにぴた、と動きを止めて今度は不思議そうに洋子を見つめ、次に自分の手を見つめた。再び感覚を確かめるように洋子の指を握ってみる。
唐突に自分の方が洋子の手を握りしめているのだと気づいたらしく、熱いものにでも触れたように突き放して飛び起きた。みるみる赤くなった混乱した顔で周囲をきょろきょろと見回す。
「えっ……えっ……あっ…」
(これは…)
「俺……えっ……ここ…」
(覚えてないな…)
洋子はもう一度溜息をついて、目一杯うろたえている護王に声をかけた。
「えーっと、ね」
かちん、と護王は固まった。凍りついたようにベッドの上に座り込んで洋子を見ると、隙をうかがうようにそろそろと布団を腰のあたりにかき寄せる。
「あの……勝手に部屋に入ってごめんね?」
ぐ、だか、げ、だか、喉を締めつけられたような声を出した護王がひきつった表情で洋子を見返す。何かを言おうと努力はしているが、一つもことばにならないようだ。
「い、あ…あ…」
「あ、でも、おかしなもの、なかったよ?」
「あ……」
かああああっと擬音が入ったのが聞こえたほど、護王は重ねて派手に赤面した。乱れた髪の下で神経質にぱしぱしと瞬きする。
「ず…」
「ず?」
「…ず…ずっと……ここ…に…?…」
ようやくことばが形を成したが、震えひび割れしゃがれている。
「うん」
あまりと言えばあまりにひどい照れ方、思わずつられて洋子も顔が熱くなる。
曖昧に目を逸らせたのは照れくささからだけではない。ベッドの上に座り込んで真っ赤になっている護王がとても成人男子とは思えないほど可愛らしく見えたせいだ。
「手…離してくれなかったから…」
ぼそぼそと答えると、護王は体を震わせた。何を思い出したのか、さっきまで洋子の指を握りしめていた手を今更急いで背後に隠す。
「手…あの…あれは…いや…あれって…」
必死に弁解しようとする声が上ずっていき、また文章にならない。
「あれって…あれ…あの…夢……夢じゃ……あの…」
「あのさ」
混乱の度合いを増す護王がさすがに可哀想になって、洋子は椅子から立ち上がった。怯えた顔で息を呑んで黙ってしまう相手に、そっと笑ってみせる。
「ほんとは今日桜里に行こうって言ってたけど、もし護王がよかったら、今日はゆっくりして、桜里のことを話してくれる? で、明日にでも行こう」
「明日? ……俺と…?」
ぽかんと口を開いた護王は、呆然とした顔で繰り返した。
「うん」
(うわ)
洋子が答えた瞬間、護王はふわあっと目を細め、唇を綻ばせた。そのまま光に蕩けそうな甘い笑顔に思わず目を見張る。
(そんなに嬉しいのか)
くすぐったい温かみが胸に広がった。
(こんなことが、そんなに嬉しいなら)
しばらく一緒に居てもいいかもしれない、と思う。甘い。べたべたに甘い。自分の甘さに苦笑する。と、いきなり護王がはっとした。
「わかった! うん、すぐ、着替えて、あ、朝飯一緒に食う? どっか行く? まだやってへんかな、あ、でも、うまいパンの店知ってるし! あ、あ!」
「護王!」
早口に言いながら動こうとした護王は、なんと布団にからまりながらベッドから転がり落ちた。急いで近寄り、起き上がるのに邪魔な布団を剥がそうと洋子が手をかけると、
「わあああっ!」
今度は洋子を突き飛ばしそうな勢いで悲鳴を上げながら逃げる。
「ご、護王?」
「も……も……ええってえ」
体を竦めてくしゃくしゃと顔を歪めた。
「へ?」
「す、すぐ行くさかい……そっちの部屋で待っててえなあ」
真っ赤になって必死に言い募りながら、腰のあたりの布団をしっかり押えつけている。
「う、うん?」
今にも泣き出しそうな顔で頼み込まれて、洋子は立ち上がった。
(なんだ?)
わけがわからない。夕べはあれほどきわどい迫り方をしたくせに。
ふと相手のことばを思い出す。
『あれって…あの…夢……夢じゃ……あの…』
(夢……ああ…そうか)
ふいに納得した。
夢だと思っているのだ、護王は。つまりそれは。
(私じゃないって……可能性もあるわけだ…)
夢は自分が自分じゃなくなるときがある。相手も相手じゃなくなるときがある。そのときの気持ちにぴったりの配役を無意識のアレンジが選びだしてくる。
(なんだ……そうか…)
気力が抜けた。
迫られたのは洋子ではなかったのかもしれない。月のことだって、この前のことではなくて、護王の記憶の中に似た場面があったのかもしれない。
(自惚れちゃった…のか)
ここまで自分勝手に、護王の隣にいる気持ちになっているのだ。苦く嗤う。だから関係ないことをも何もかも、自分に結びつけて考えてしまうのだ。
(気をつけなくちゃ)
これから桜里に、綾香のいるところに、しかも護王と一緒に出かけるつもりなら、よほど気を引き締めていないと、揺れる心はすぐに独りよがりを繰り返す、幻の期待を相手に押し付ける。
(どれだけしんどいことか、わかってるはずなのに)
吐息を重ねて首を振り、向きを変えた。
「あれ?」
部屋を出ようとして、ミニテーブルの下に小さな紙が落ちているのに気づく。何か……写真、のように見える。ただし、かなり古い。
屈んで手を伸ばし拾い上げてみる。
それはやはり写真だった。だが、最近のように薄い紙ではなくてしっかりとした厚手の、しかもカラーではなくてセピア色の写真。
気づいてテーブルの上を見てみると、載せられたファイルは書類を閉じたものもあるが、写真が整理されているものもあるようだ。
ここから落ちたのかと戻しかけ、再度写真に目をやってどきりとした。
写っているのはどこかの小さな空港だった。山の中に見えるほど、滑走路が狭い。眩い陽射しは濃く影を落とし、夏なのだろう、セピアの画面からも熱気が伝わってくるようだ。
小型のプロペラの飛行機の前に数人の男女が立っている。先端が黒くて残りは白っぽい飛行機には日の丸がくっきりと描かれており、パイロットらしい飛行服を着た青年の首には白いマフラーのようなものが巻き付けられている。たぶん……第二次大戦中のもの、だろう、青年の格好は映画の予告で見たことがある。
だが、その古めかしい写真の右端の隅、穏やかな微笑を向けている和服の女性の背後に隠れるようにして写っている少年の姿がある。歳のころ……十四、五、いやもう少し年上だろうか。白いカッターシャツ、黒のスラックス。スポーツ刈りというより、坊主に近い頭髪は半端に伸びたところらしく、切れ長の目もとに僅かにかかるぐらいになっている。妙に射すくめるような視線の強さがおどおどしたような姿勢と不似合いだ。しかも、かなり目鼻立ちの整った顔をしているので、いっそう写真の中で目を引く。
だが気になったのは、少年の端正さや異様な気配のせいではない。その顔が、見間違えようのない確かさで、背後にいるはずのこの部屋の主そっくりだということだ。
「これ…護王…?」
写真は古いものを焼き直ししたもののようだ。少なくみても、五十年はとうにたっている世界の、日本が戦争を経験している最中の代物だ。
なのに、そこに写っているのは、どれほど幼く見ても中学生ぐらいには見える姿で。
『待ってよ、て……言い聞かせてた……何度も待ったやんか……大丈夫や、て……姫さんが死んで……生まれてくるの待ったみたいに……待つのなんか……なれてるやんか、て…』
掠れた甘い声が耳の底に蘇る。
だが、今それが呼び起こすのは、込められた疼くような切なさではなく、そのことばが持っている深い意味だ。
転生する『姫さん』を待ち続けながら生きている。
死なないで。
ずっと、生きている。
護王は、ずっと、生きている。
「……」
唾を呑み込み、ミニテーブルの上の写真ファイルを見た。
(あの中にあるのは、ひょっとすると)
何十年もほとんど成長することなく、この世界を生き続けている男が辿ってきた記憶なのだろうか。
(どんな世界を、どんな姿で)
体が動きかける。知りたい、護王の暮らして来た時間を。けれどしかし。
(ああ…そうか…)
ふいに、護王がこの部屋の何を洋子に見せたくなかったのかに気づいて、写真をテーブルの隅からファイルの下へそっと滑り込ませた。
きっと、こんなものは残しておかないほうがいいのだろう。
姿形がどんどん変わっていくのならまだしも、誰がどう見てもこれは護王に見える。
この写真、あるいはこのファイルは、ごまかしがきかない。誰に見られても取り返しがつかないほど面倒なことを引き起こす可能性の方が高い。
それでもファイルは残してある。
残さずにはおられないのだろう。
眠れない夜……ひょっとしたら一昨日も、護王はこのファイルをめくっていたのかもしれない。そこに写った、もう取り戻せない、戻ってこない大事な人の記憶を一枚一枚確かめていたのかもしれない。
誰もいない部屋で。
誰も彼もが通り過ぎていくばっかりのこの世界で。
自分だけが取り残されていく時間の中で。
『俺が……どんな気持ちで……あんたを見送ったかなんて……いっつも…全然気づいてへんのや…気づいてへんから……そんなこと……言うんや…』
どれほど大切にしたい絆も、どれほど手放したくない繋がりも、時が容赦なく奪っていく。護王が必死に抱えた腕の中から引き剥がし連れ去っていく。
『ずっと、俺と』
『俺と……ここで…』
言い切れない気持ち。
そんなことは無理だとわかっている。
人は必ず護王より先に死ぬ。
無理だとはわかっていても、求めてしまう、気持ちの傷み。
『俺と一緒に行く必要…ない…? 俺と一緒には……いられへん…?…』
そんなことはわかっている、と昨日は聞こえなかった声が聞こえた。
ずっと一緒にいられない、そんなことは言われなくともわかっている。
だから、少しだけでも。
だから、この一瞬だけでも。
側に居て。
それがだめなら、どうか殺して。
もう一人ではいたくないから。
もう一人で生きていたくないから。
ああんああんああん。
「っ」
耳もとで小さな子どもの甘い泣き声が響いて洋子は我に返った。背後で物音が響き、思わず振り返る。
「わ!」
風呂場からタオルを頭からかぶって出てこようとしたらしい護王が声を上げて引っ込んだ。
「なんでまだおんねん!」
「あ、ああ、ごめん」
慌てて部屋を出ていこうとして、ふいと尋ねてみる。
「シャワー浴びたの? どして?」
「ーーっ!!!!」
「ごめんごめんごめんごめん」
洋子は慌てて部屋を飛び出した。
まるで桜吹雪みたいだ。
眉をしかめ遮ろうとして、く、と指先に力を込められ引き止められた。
「ん……ああ……寝ちゃったんだ、私も」
瞬いて洋子はつぶやいた。
護王は、昨夜洋子をかき口説きながら、それでも答えあぐねている洋子の返事を待つまでもなく眠りに落ちてしまった。今はベッドで顔だけこちらへ向けたうつ伏せで、微かな寝息をたてて洋子の指を自分の指で絡めて眠っている。
その隣の僅かな場所に手を握られたまま体を倒し、どうしようかと悩んでいたつもりだったのだが、結局洋子も眠ってしまったようだ。
(また……何か桜の夢を見た…)
見ている間はかなり鮮やかに内容を覚えているようなのに、起きてみるとあちこちばらばらと欠けてしまうのは夢の特徴、再現が難しい。
(誰か……泣いていた……それとも…夕べのことだったのかな)
おかしな体勢で眠っていたせいで、体のふしぶしがぎしぎし鳴る。指はまだ護王の手の中に固く握り込まれて、いまだに離してくれる気配さえない。
ただ、護王もかなり回復はしてきたようで、カーテンの隙間から差し込む光に浮かび上がった顔は随分穏やかなものになっていてほっとした。
濃いまつげの影を見ながら、それを濡らしていた涙を思うと、また胸が騒ぐ。
「殺せ…ってか」
気持ちを沈めようと、一つ大きな息をつく。
「看護師相手に…無茶を言う」
ぼやいて、なおもしっかりと洋子の手を握ったまま眠っている護王を横目で睨む。
(それとも、もうとっくに看護師じゃないから……そういうことを求められたのかな)
ちり、と胸の底を痛みが焦がした。
首を掻き切られた綾子の最後のことばが「研究発表」だったこと、嵯峨の切々と綴られた手紙、もう看護師はできないと思い定めた瞬間の詰まるような思いが次々と体に溢れていく。
そして、それらの未来の前に立ち塞がった日高に言いようのないどす黒い気持ちが育っていくのも感じる。
(護王じゃなくて、日高相手なら)
殺すのだってためらわないかもしれない、その発想の暗さに苦笑いする。自分の中にこれほど濃い闇があることを今まで気づかなかったのが不思議だ。予想していてもよかったはずだ、医療者としては。虐待経験、かけがえのない身内を理不尽に奪ったのが実の両親という虚しさ、殺意が育つきっかけには事欠かない、いやだからこそ。
(気づかないふりを、していたのか)
「…」
護王の安心しきったような寝顔を見つめる。
(だけど……)
日高も桜里の出身だったとは驚きだった。しかも、村上の話によれば、花王紋のある女を探していたのは、護王だけではなく日高もまた探していたと言う。
(でも、わからない)
日高はせっかく手に入れかけた嵯峨を手放し綾子に乗り換えようとしていた。なのに、その綾子も扱いが面倒になったのか、さっさと手にかけてしまう。
たとえちやほやされて心身ともに未熟な医師だったとしても、命は消えてしまえば戻らないことは承知だろう。
日高はいったい何のために花王紋の女を探していたのだろう。
(私にも、花王紋があったと知ったから、とか?)
最終的に誰か独りでよかった、ということなのだろうか。
でも、さっきの護王の話によれば、花王紋があるのは『姫さん』と呼ばれる存在が繰り返し転生してきた徴だ。輪廻転生についての科学的実証はないにしても、一人の人格が同時に、つまり同じ時空間に数人に転生していることなどあるのだろうか。第一、そんなことになったのなら、護王はどうやってその中から一人を選び出していたのか。
(……今までは、なかったのか?)
そうでなければ、いくら花王紋があるからとは言え、護王が『姫さん』をすぐに確認できたとは思い難い。
あれやこれやと考えていて、別の可能性も思いつく。
(たとえば、『姫さん』が『男』だったりした場合はどうなるんだろう? 護王に応じたかな)
『姫さん』の転生ならば、性別を越えてでも必ず護王に応じる、というルールがあったとか。
ちら、とさっきよりはましな顔色で眠っている護王に目をやった。
疲労の色が濃いそげた頬に僅かな赤みがさしている。まつげはまだ涙で湿っているのか、しっとりと影を落としている。薄く開いた唇が柔らかな呼吸を紡いでいる。幼い顔に、昨夜の洋子を惑わせたあやうい微笑が重なっていく。
(……ありえたかも…)
手段も選ばず、護王が本気で迫っていたら、惑いながらも応じたのではないか。
ゆら、と胸で黒い炎が動いて、慌てて呼吸で追い出した。
(……今までの相手のほうはどうだったんだろう?)
インドやチベットならまだしも、この日本で、あなたは俺と生きると決めていた『姫さん』の転生なのだから、俺と一緒に暮すんです、はい、そうですか、なんて具合に話が進むとは思えない。
けれど、護王の話でいけば、そうやって拒まれる場合はなかったみたいだ。
(それだけじゃない)
その代々の『姫さん』は死ぬときには、一番初めの『姫さん』と同じく、また転生してきて護王と一緒に生きていく、と再会の意志を伝えた気配さえある。
(姫さんの側にも、何か確証、のようなものがあったのかもしれない)
護王が護王であると認めるような証が。護王と自分が確かに繋がっているとわかるものが。
(それは何だろう?)
ふいに、呼応するように脳裏を巨大な桜のイメージが過って、ぎょっとした。
暗く灯もほとんどない山奥に立つそめいよしの、ピンクというよりは白く見えるほどの花吹雪が視界一面を覆っていく。
(夢の桜?)
「っ…」
首の花王紋がいきなり疼いて、顔をしかめる。左手で探ると微かに熱を持ち脈打っている。この間まではつるりとした感触だったのに、今は少し盛り上がっているように思える。
(護王を見たときも痛んだな……ああ、そう言えば…)
『姫さん』に関わる人間に近づいたり、この一件に関わって気持ちが揺れるようなことが起こったときに痛むのかもしれない、と考えて、病棟で日高と話していたときにも首筋が痛んだことを思い出した。
(なるほど)
花王紋と、その痛みと桜の夢。
それが『姫さん』の証なのだろうか。
けれど、それでも、性別を越えてまで見知らぬ男を受け入れる気持ちの基盤には繋がらないだろう。
(それとも……)
洋子は思いついて唇を噛んだ。
(私が『姫さん』じゃないから……わからないのかな)
事実、護王も洋子を『姫さん』ではないから、桜里へ行かなくていい、と言っている。ただ一緒にいてくれればいい、と。
(でも、私が『姫さん』じゃない、ってことは)
護王が暮すべき『姫さん』は他にいて、相手は護王を待っているということではないのか。その『姫さん』は放っておいていいのか。
(綾香…)
あれほど護王が自分のために奔走してくれていると信じてやまないのに、そして祭礼が終われば一緒に暮そうと言い交わしてまでいるようなのに。
(やっぱり……ここに居るべきじゃないよなあ)
『姫さん』でもなく、定められた相手でもないのに、護王の側にいる理由が見つからない。自分はさっさとここを出て、護王から離れるべきではないのか。
その気持ちが流れ込んだように、護王の手が再びきつく、すがるように洋子の指を握りしめてきて胸が詰まった。
ああんああんああん。
どこかで赤ん坊が泣く声がする。
(今は無理だ…)
そう、とにかく桜里に入って、綾香か、あるいは本当の『姫さん』に護王を委ねるまでは。
せめて、これ以上護王が壊れてしまわないように。
洋子は溜息をついて握られた手をそのままに、もう一度護王の隣に顔を乗せた。
これほど側にいるけれど、絶対に届かない距離にいる相手。触れてはいるけど、触れることを望まれているわけではない相手。
(ちぇ……切ないなあ)
綺麗で端整な幻。強く握りしめると粉々に砕けてしまう夢。
(まあ……いいか)
「イツデモ死んでやるって言ったもんな」
所詮、こちらも幻の命だものな。
あえてぶっきらぼうにつぶやいたとたん、それが目覚めの呪文でもあったように、ぱち、と突然護王の目が開いた。
「……」
相手は無言で洋子を凝視している。昨夜とは打ってかわって澄み渡った目だ。そこに洋子がいるのに驚いてもいない。ずっと昔から、ずっとそこにいた、とでも言いたげな信頼の色。
あまりにもまっすぐに見つめられて気恥ずかしくなり、洋子は体を起こした。
「おはよ」
「!」
声をかけた瞬間、びくっと体を震わせ、護王は目を大きく開いた。瞬きを繰り返し、やわやわと自分が握っている洋子の指を弄ぶ。ふいにぴた、と動きを止めて今度は不思議そうに洋子を見つめ、次に自分の手を見つめた。再び感覚を確かめるように洋子の指を握ってみる。
唐突に自分の方が洋子の手を握りしめているのだと気づいたらしく、熱いものにでも触れたように突き放して飛び起きた。みるみる赤くなった混乱した顔で周囲をきょろきょろと見回す。
「えっ……えっ……あっ…」
(これは…)
「俺……えっ……ここ…」
(覚えてないな…)
洋子はもう一度溜息をついて、目一杯うろたえている護王に声をかけた。
「えーっと、ね」
かちん、と護王は固まった。凍りついたようにベッドの上に座り込んで洋子を見ると、隙をうかがうようにそろそろと布団を腰のあたりにかき寄せる。
「あの……勝手に部屋に入ってごめんね?」
ぐ、だか、げ、だか、喉を締めつけられたような声を出した護王がひきつった表情で洋子を見返す。何かを言おうと努力はしているが、一つもことばにならないようだ。
「い、あ…あ…」
「あ、でも、おかしなもの、なかったよ?」
「あ……」
かああああっと擬音が入ったのが聞こえたほど、護王は重ねて派手に赤面した。乱れた髪の下で神経質にぱしぱしと瞬きする。
「ず…」
「ず?」
「…ず…ずっと……ここ…に…?…」
ようやくことばが形を成したが、震えひび割れしゃがれている。
「うん」
あまりと言えばあまりにひどい照れ方、思わずつられて洋子も顔が熱くなる。
曖昧に目を逸らせたのは照れくささからだけではない。ベッドの上に座り込んで真っ赤になっている護王がとても成人男子とは思えないほど可愛らしく見えたせいだ。
「手…離してくれなかったから…」
ぼそぼそと答えると、護王は体を震わせた。何を思い出したのか、さっきまで洋子の指を握りしめていた手を今更急いで背後に隠す。
「手…あの…あれは…いや…あれって…」
必死に弁解しようとする声が上ずっていき、また文章にならない。
「あれって…あれ…あの…夢……夢じゃ……あの…」
「あのさ」
混乱の度合いを増す護王がさすがに可哀想になって、洋子は椅子から立ち上がった。怯えた顔で息を呑んで黙ってしまう相手に、そっと笑ってみせる。
「ほんとは今日桜里に行こうって言ってたけど、もし護王がよかったら、今日はゆっくりして、桜里のことを話してくれる? で、明日にでも行こう」
「明日? ……俺と…?」
ぽかんと口を開いた護王は、呆然とした顔で繰り返した。
「うん」
(うわ)
洋子が答えた瞬間、護王はふわあっと目を細め、唇を綻ばせた。そのまま光に蕩けそうな甘い笑顔に思わず目を見張る。
(そんなに嬉しいのか)
くすぐったい温かみが胸に広がった。
(こんなことが、そんなに嬉しいなら)
しばらく一緒に居てもいいかもしれない、と思う。甘い。べたべたに甘い。自分の甘さに苦笑する。と、いきなり護王がはっとした。
「わかった! うん、すぐ、着替えて、あ、朝飯一緒に食う? どっか行く? まだやってへんかな、あ、でも、うまいパンの店知ってるし! あ、あ!」
「護王!」
早口に言いながら動こうとした護王は、なんと布団にからまりながらベッドから転がり落ちた。急いで近寄り、起き上がるのに邪魔な布団を剥がそうと洋子が手をかけると、
「わあああっ!」
今度は洋子を突き飛ばしそうな勢いで悲鳴を上げながら逃げる。
「ご、護王?」
「も……も……ええってえ」
体を竦めてくしゃくしゃと顔を歪めた。
「へ?」
「す、すぐ行くさかい……そっちの部屋で待っててえなあ」
真っ赤になって必死に言い募りながら、腰のあたりの布団をしっかり押えつけている。
「う、うん?」
今にも泣き出しそうな顔で頼み込まれて、洋子は立ち上がった。
(なんだ?)
わけがわからない。夕べはあれほどきわどい迫り方をしたくせに。
ふと相手のことばを思い出す。
『あれって…あの…夢……夢じゃ……あの…』
(夢……ああ…そうか)
ふいに納得した。
夢だと思っているのだ、護王は。つまりそれは。
(私じゃないって……可能性もあるわけだ…)
夢は自分が自分じゃなくなるときがある。相手も相手じゃなくなるときがある。そのときの気持ちにぴったりの配役を無意識のアレンジが選びだしてくる。
(なんだ……そうか…)
気力が抜けた。
迫られたのは洋子ではなかったのかもしれない。月のことだって、この前のことではなくて、護王の記憶の中に似た場面があったのかもしれない。
(自惚れちゃった…のか)
ここまで自分勝手に、護王の隣にいる気持ちになっているのだ。苦く嗤う。だから関係ないことをも何もかも、自分に結びつけて考えてしまうのだ。
(気をつけなくちゃ)
これから桜里に、綾香のいるところに、しかも護王と一緒に出かけるつもりなら、よほど気を引き締めていないと、揺れる心はすぐに独りよがりを繰り返す、幻の期待を相手に押し付ける。
(どれだけしんどいことか、わかってるはずなのに)
吐息を重ねて首を振り、向きを変えた。
「あれ?」
部屋を出ようとして、ミニテーブルの下に小さな紙が落ちているのに気づく。何か……写真、のように見える。ただし、かなり古い。
屈んで手を伸ばし拾い上げてみる。
それはやはり写真だった。だが、最近のように薄い紙ではなくてしっかりとした厚手の、しかもカラーではなくてセピア色の写真。
気づいてテーブルの上を見てみると、載せられたファイルは書類を閉じたものもあるが、写真が整理されているものもあるようだ。
ここから落ちたのかと戻しかけ、再度写真に目をやってどきりとした。
写っているのはどこかの小さな空港だった。山の中に見えるほど、滑走路が狭い。眩い陽射しは濃く影を落とし、夏なのだろう、セピアの画面からも熱気が伝わってくるようだ。
小型のプロペラの飛行機の前に数人の男女が立っている。先端が黒くて残りは白っぽい飛行機には日の丸がくっきりと描かれており、パイロットらしい飛行服を着た青年の首には白いマフラーのようなものが巻き付けられている。たぶん……第二次大戦中のもの、だろう、青年の格好は映画の予告で見たことがある。
だが、その古めかしい写真の右端の隅、穏やかな微笑を向けている和服の女性の背後に隠れるようにして写っている少年の姿がある。歳のころ……十四、五、いやもう少し年上だろうか。白いカッターシャツ、黒のスラックス。スポーツ刈りというより、坊主に近い頭髪は半端に伸びたところらしく、切れ長の目もとに僅かにかかるぐらいになっている。妙に射すくめるような視線の強さがおどおどしたような姿勢と不似合いだ。しかも、かなり目鼻立ちの整った顔をしているので、いっそう写真の中で目を引く。
だが気になったのは、少年の端正さや異様な気配のせいではない。その顔が、見間違えようのない確かさで、背後にいるはずのこの部屋の主そっくりだということだ。
「これ…護王…?」
写真は古いものを焼き直ししたもののようだ。少なくみても、五十年はとうにたっている世界の、日本が戦争を経験している最中の代物だ。
なのに、そこに写っているのは、どれほど幼く見ても中学生ぐらいには見える姿で。
『待ってよ、て……言い聞かせてた……何度も待ったやんか……大丈夫や、て……姫さんが死んで……生まれてくるの待ったみたいに……待つのなんか……なれてるやんか、て…』
掠れた甘い声が耳の底に蘇る。
だが、今それが呼び起こすのは、込められた疼くような切なさではなく、そのことばが持っている深い意味だ。
転生する『姫さん』を待ち続けながら生きている。
死なないで。
ずっと、生きている。
護王は、ずっと、生きている。
「……」
唾を呑み込み、ミニテーブルの上の写真ファイルを見た。
(あの中にあるのは、ひょっとすると)
何十年もほとんど成長することなく、この世界を生き続けている男が辿ってきた記憶なのだろうか。
(どんな世界を、どんな姿で)
体が動きかける。知りたい、護王の暮らして来た時間を。けれどしかし。
(ああ…そうか…)
ふいに、護王がこの部屋の何を洋子に見せたくなかったのかに気づいて、写真をテーブルの隅からファイルの下へそっと滑り込ませた。
きっと、こんなものは残しておかないほうがいいのだろう。
姿形がどんどん変わっていくのならまだしも、誰がどう見てもこれは護王に見える。
この写真、あるいはこのファイルは、ごまかしがきかない。誰に見られても取り返しがつかないほど面倒なことを引き起こす可能性の方が高い。
それでもファイルは残してある。
残さずにはおられないのだろう。
眠れない夜……ひょっとしたら一昨日も、護王はこのファイルをめくっていたのかもしれない。そこに写った、もう取り戻せない、戻ってこない大事な人の記憶を一枚一枚確かめていたのかもしれない。
誰もいない部屋で。
誰も彼もが通り過ぎていくばっかりのこの世界で。
自分だけが取り残されていく時間の中で。
『俺が……どんな気持ちで……あんたを見送ったかなんて……いっつも…全然気づいてへんのや…気づいてへんから……そんなこと……言うんや…』
どれほど大切にしたい絆も、どれほど手放したくない繋がりも、時が容赦なく奪っていく。護王が必死に抱えた腕の中から引き剥がし連れ去っていく。
『ずっと、俺と』
『俺と……ここで…』
言い切れない気持ち。
そんなことは無理だとわかっている。
人は必ず護王より先に死ぬ。
無理だとはわかっていても、求めてしまう、気持ちの傷み。
『俺と一緒に行く必要…ない…? 俺と一緒には……いられへん…?…』
そんなことはわかっている、と昨日は聞こえなかった声が聞こえた。
ずっと一緒にいられない、そんなことは言われなくともわかっている。
だから、少しだけでも。
だから、この一瞬だけでも。
側に居て。
それがだめなら、どうか殺して。
もう一人ではいたくないから。
もう一人で生きていたくないから。
ああんああんああん。
「っ」
耳もとで小さな子どもの甘い泣き声が響いて洋子は我に返った。背後で物音が響き、思わず振り返る。
「わ!」
風呂場からタオルを頭からかぶって出てこようとしたらしい護王が声を上げて引っ込んだ。
「なんでまだおんねん!」
「あ、ああ、ごめん」
慌てて部屋を出ていこうとして、ふいと尋ねてみる。
「シャワー浴びたの? どして?」
「ーーっ!!!!」
「ごめんごめんごめんごめん」
洋子は慌てて部屋を飛び出した。
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