『よいこのすすめ』

segakiyui

文字の大きさ
52 / 74

52

しおりを挟む
 院長室をノックする。
 居ないでほしいと思うとき必ず居るのは、運命の女神が悪戯好きだということだろうか。
「どうぞ」
「はぁ…」
 正志は溜め息をつきながら、院長室に入った。
「高岳」
「……これ、郵便物。三上さん宛てのものが混ざってました」
「すまないな、手間をかけて」
 三上は穏やかに笑って封筒を受け取り、手早く差出人を確認しながら、ふと正志が立ち去らないのに気づいたらしく顔を上げた。
「何だ? 用か?」
 薄い色の瞳は最近ずいぶん柔らかい。きりきり尖っていた肩の線も、伸ばした背筋を切り取ったようだったのだが、今は何となく肉厚になったというかがっしりしたというか、最近ではここが院長室ではなくオフィスビルの一画で、三上は若き切れ者社長という感じになってきた。
「……あの、ですね」
「うん? 倉沢のことか?」
「あ、いや、それもあります、けど」
 いきなりじゃあんまりだよなあ、と思いつつ、正志はことばを選びかねる。外では絶対倉沢としか呼ばない三上が、猛と二人になった時だけは静かな声で「たける」と呼ぶのを聞いたことがある。
 それはそれだけで、三上の思いを語るようなもので。
 ああ、なんでこうややこしくなっちゃうんだか。
「はぁあ……泣きてえ……」
「泣くなら違う場所で頼む。いささかうっとうしい」
 倉沢ならいいけどな、と臆面もなくしらっと惚気てくれる相手に、とりあえずさくさくやるしかねえんだ、とやさぐれて決心を固めた。
「まずですね」
「まず?」
「えーっと、片桐桃花、知ってます?」
「ああ、この前の歌手な」
 ちゃんと頭に入ってんじゃん。
「彼女のこと、どう思います?」
「は?」
 三上は訝しそうな顔で見上げた。
「どう、とは?」
「えーと、一般的でいいです」
「ぶっ飛んでる」
「あ」
 や、それはあまり凄い表現じゃ、と怯んだ正志に、ちょっと考えて、
「いい歌い手だ」
「はぁ」
「子どもが喜んでいた」
 そっか、意外とこの人は子ども好きなんだね、そう思って、じゃあ、猛相手ってのはどうなんの、とついつい考えてしまった。
 養子とか? でもそれも、親が子ども好きだからって引き取られる子どもってのも嫌だよなあ、おもちゃやペットじゃないんだし、と考えると、それを読み取ったのか、微かに苦笑した三上が再び書類に目を落とした。
「子どもは好きだが、誰でもいいってわけじゃない」
「じゃあ、猛の子どもとか」
「どっちが産むんだ?」
「う」
 非生産的な質問をしてしまった、と正志は引きつった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...