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院長室をノックする。
居ないでほしいと思うとき必ず居るのは、運命の女神が悪戯好きだということだろうか。
「どうぞ」
「はぁ…」
正志は溜め息をつきながら、院長室に入った。
「高岳」
「……これ、郵便物。三上さん宛てのものが混ざってました」
「すまないな、手間をかけて」
三上は穏やかに笑って封筒を受け取り、手早く差出人を確認しながら、ふと正志が立ち去らないのに気づいたらしく顔を上げた。
「何だ? 用か?」
薄い色の瞳は最近ずいぶん柔らかい。きりきり尖っていた肩の線も、伸ばした背筋を切り取ったようだったのだが、今は何となく肉厚になったというかがっしりしたというか、最近ではここが院長室ではなくオフィスビルの一画で、三上は若き切れ者社長という感じになってきた。
「……あの、ですね」
「うん? 倉沢のことか?」
「あ、いや、それもあります、けど」
いきなりじゃあんまりだよなあ、と思いつつ、正志はことばを選びかねる。外では絶対倉沢としか呼ばない三上が、猛と二人になった時だけは静かな声で「たける」と呼ぶのを聞いたことがある。
それはそれだけで、三上の思いを語るようなもので。
ああ、なんでこうややこしくなっちゃうんだか。
「はぁあ……泣きてえ……」
「泣くなら違う場所で頼む。いささかうっとうしい」
倉沢ならいいけどな、と臆面もなくしらっと惚気てくれる相手に、とりあえずさくさくやるしかねえんだ、とやさぐれて決心を固めた。
「まずですね」
「まず?」
「えーっと、片桐桃花、知ってます?」
「ああ、この前の歌手な」
ちゃんと頭に入ってんじゃん。
「彼女のこと、どう思います?」
「は?」
三上は訝しそうな顔で見上げた。
「どう、とは?」
「えーと、一般的でいいです」
「ぶっ飛んでる」
「あ」
や、それはあまり凄い表現じゃ、と怯んだ正志に、ちょっと考えて、
「いい歌い手だ」
「はぁ」
「子どもが喜んでいた」
そっか、意外とこの人は子ども好きなんだね、そう思って、じゃあ、猛相手ってのはどうなんの、とついつい考えてしまった。
養子とか? でもそれも、親が子ども好きだからって引き取られる子どもってのも嫌だよなあ、おもちゃやペットじゃないんだし、と考えると、それを読み取ったのか、微かに苦笑した三上が再び書類に目を落とした。
「子どもは好きだが、誰でもいいってわけじゃない」
「じゃあ、猛の子どもとか」
「どっちが産むんだ?」
「う」
非生産的な質問をしてしまった、と正志は引きつった。
居ないでほしいと思うとき必ず居るのは、運命の女神が悪戯好きだということだろうか。
「どうぞ」
「はぁ…」
正志は溜め息をつきながら、院長室に入った。
「高岳」
「……これ、郵便物。三上さん宛てのものが混ざってました」
「すまないな、手間をかけて」
三上は穏やかに笑って封筒を受け取り、手早く差出人を確認しながら、ふと正志が立ち去らないのに気づいたらしく顔を上げた。
「何だ? 用か?」
薄い色の瞳は最近ずいぶん柔らかい。きりきり尖っていた肩の線も、伸ばした背筋を切り取ったようだったのだが、今は何となく肉厚になったというかがっしりしたというか、最近ではここが院長室ではなくオフィスビルの一画で、三上は若き切れ者社長という感じになってきた。
「……あの、ですね」
「うん? 倉沢のことか?」
「あ、いや、それもあります、けど」
いきなりじゃあんまりだよなあ、と思いつつ、正志はことばを選びかねる。外では絶対倉沢としか呼ばない三上が、猛と二人になった時だけは静かな声で「たける」と呼ぶのを聞いたことがある。
それはそれだけで、三上の思いを語るようなもので。
ああ、なんでこうややこしくなっちゃうんだか。
「はぁあ……泣きてえ……」
「泣くなら違う場所で頼む。いささかうっとうしい」
倉沢ならいいけどな、と臆面もなくしらっと惚気てくれる相手に、とりあえずさくさくやるしかねえんだ、とやさぐれて決心を固めた。
「まずですね」
「まず?」
「えーっと、片桐桃花、知ってます?」
「ああ、この前の歌手な」
ちゃんと頭に入ってんじゃん。
「彼女のこと、どう思います?」
「は?」
三上は訝しそうな顔で見上げた。
「どう、とは?」
「えーと、一般的でいいです」
「ぶっ飛んでる」
「あ」
や、それはあまり凄い表現じゃ、と怯んだ正志に、ちょっと考えて、
「いい歌い手だ」
「はぁ」
「子どもが喜んでいた」
そっか、意外とこの人は子ども好きなんだね、そう思って、じゃあ、猛相手ってのはどうなんの、とついつい考えてしまった。
養子とか? でもそれも、親が子ども好きだからって引き取られる子どもってのも嫌だよなあ、おもちゃやペットじゃないんだし、と考えると、それを読み取ったのか、微かに苦笑した三上が再び書類に目を落とした。
「子どもは好きだが、誰でもいいってわけじゃない」
「じゃあ、猛の子どもとか」
「どっちが産むんだ?」
「う」
非生産的な質問をしてしまった、と正志は引きつった。
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